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優しく触れただけなのに

部屋に差し込む柔らかな朝日で目が醒める。 最近はこの部屋で朝を迎えることも多くなってしまった。起きた瞬間から香るいつもの煙草の香りと、ほんのりと鼻孔を擽るこの人の香り。 後者は――魔力(マナ)の残滓。 「だから、動けないんですって……」 気付くと抱き込まれていて、いつも抜け出すのが大変だった。 鼓動の音を聞くと安心すると言ってしまったばかりに、毎回この形で抱き込まれてしまう。 大体自分が先に眠ってしまうから、裸のままで抱き込まれていることすら少しずつ慣らされてしまっている。 「……嫌じゃないけど」 諦めて、もう少しだけ体温を感じていることにする。 トク、トク、トク―― 規則正しいけれど、普段とは違って静かで温かな鼓動。 やっぱり、この鼓動を近くで聞いているのが好きだ。この音を独り占めできるのが自分だけだといいなと、そう思う。今のところはきっと、自分だけだと思うけれど。この先どうなるかは分からない。 「今だけは――今だけは独り占めしていても、いいですよね……?」 瞼を閉じて鼓動に耳を澄ませながら、この人の寝顔をそっと覗く。 いつも眠っていればいいのにと思ってしまうくらい穏やかな顔で。 起きている時は憎たらしい表情ばかり見る気がするのに、こういう優しい表情を見ることができるのも好きだ。この時間から起きてこないことをいいことに、たっぷりと堪能しておく。 「いつも、これくらい穏やかで優しい顔だったらいいのに。どうしてあんなに憎たらしい顔をしているんですか?」 腕を伸ばして、そっと頬に触れる。 指を滑らせるとすぐに無精髭に触れてチクチクするので擽ったい。 同時に、意識していないのに唇に指先が触れると自分の鼓動が早くなったのが分かる。 少しだけカサついているはずなのに、気付くとしっとりと濡れて自分を離してくれない唇。 昨日のことを思い出して1人で恥ずかしくなったので、いい加減離れて起きようと決意した。 その時―― 有無を言わせない力強い腕が、俺を引き寄せる。 口だけは負けないようにしようと開きかけたのに、先に優しく塞がれてしまう。 唇は少しだけひんやりとしていて、カサついているはずなのに。 触れてしまえば、何故か熱を帯びてくるような気がする。それは優しい口付けなはずなのに―― 「……おはよう?」 「ん……って、起きてたなら言ってくださいよ、もう。おはようございます、テオ」 顔がほんの少し離されると、いつもの不遜な笑みがこちらを向いている。 それでも、自分に向けられる表情と他の人に向けられる表情が少し違うことに最近気付き始めた自分が恥ずかしい。その違いを無意識で探しているだなんて、絶対に言えない。 腕の中から抜けようとすると、追撃のように髪にも唇が触れる。 この感じだと流されてしまいそうだから、いつものように無理矢理拘束から抜けようと両腕に力を込めるのに、逆に腕の中に閉じ込められる。 「……もっと触ってくれてもいいのによ」 「なっ……お、起きてたなら起きてるって言ってくださいよ!」 「何か、レイちゃんが可愛かったから?」 「朝っぱらから、何言ってるんですか、この人は……って。も、起きますよ、起きるんですからね!!」 意地悪なのに楽しそうに笑うこの人に、やっぱり敵わないなと思ってしまう自分がいた。 口には出したくないけれど、そんなテオのことが――やっぱり、好きだ。

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