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第2話

「青柳くん」  呼ばれた名前に足を止めて視線を上げれば、『好きではない』その人の存在がそこにあった。  神代先輩の隣には同じクラスの草薙。俺を指さしていることから、先に移動教室から戻った草薙に神代先輩が俺の所在を聞いたというのが正解なのだろう。  さも親しげに、人好きのする笑みを浮かべて歩み寄ってくる。片手に持っているCDは確か俺が司先輩に貸した――。 「司くんがね、これを青柳くんに返しておいて欲しいって」  ――何故だか物凄く、言葉で表現が出来ないもやもやとした感情が俺の胸の中で渦巻いた。 「……ああ、ハイ」  自分でも理解の出来ないこの感情に意識を取られて、返事がワンテンポ遅れた。神代先輩はそれに気付いたようで、少しだけ眉が動いたように見えた。  司先輩に貸したCDを神代先輩から返して貰う、ただそれだけだ。  差し出されたCDの下で、ほんの少しだけ触れた、神代先輩の指先。  ガシャンッ  CDが廊下に落ちて、アクリルケースに蜘蛛の巣のような罅が入った。 「えっ……」 「ちょっと、どうしたの?」  草薙も不安そうに神代先輩の背後から覗き込む。  俺の右手は受け取ろうと差し出した時よりずっと下がっていた。力が一切入っていない。神代先輩が手を放すとそのままCDは落下し、ケースは割れた。  神代先輩はすぐに屈み込んでCDを拾う。中身を確認してCD本体に傷が無いことを両面共に確認してからケースに戻して折り畳む。 「すまないね。手を放すのが少し早かったみたいだ」 「あ、あの……」  何か言わなければと思っても喉につかえて言葉が上手く出て来ない。 「申し訳無いけれど、弁償させて貰って良いかな?」  屈んだまま見上げる神代先輩の視線。心臓の音がやけに早くて、まだそんな季節ではないのにやたらと暑い。  謝らないと、と頭では分かっていても体が上手く動かない。 「あ、ねえ危な――」  草薙の声を聞いたのが最後だった。

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