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18ルジェの結論

 肌がぶつかる乾いた音が、断続的に室内に響いていた。  揺さぶられているシグラは枕に頬を引っ付けて、とろけた顔で吐息を漏らす。口の端からは唾液が垂れているし、目もとろりと垂れていた。  後ろから突かれているからいいところに深く当たる。シグラはその気持ちよさに浸りながら、お尻だけを突き出した体勢でクガイを受け入れている。  柔らかな蕾に締めつけられて、クガイの快楽も増していく。限界が近いのか、自然と律動が早くなっているようだった。 「クガイ、あ、気持ち、イくぅ、イく、」 「ん、俺も……どこに出します?」  クガイの手がシグラの両腕を掴み、突然後ろに引っ張った。  さらに腰がくっついて、ナカの熱が奥を貫く。がくがくと揺らされながら、シグラは荒い呼吸の合間になんとか言葉を吐き出した。 「っ! あ! な、か、ナカ、に……!」 「いいっすよ……っ!」  グガイがナカに吐精すると、ナカに出される快楽も癖になっているのか、シグラもすぐに吐精した。 「あ、自分で擦ってたんすか。ダメですよ、中イきしないと」 「は……だって……」  クガイは自身のモノを引き抜いて、すぐに服を着る。そうして何事もなかったかのようにシグラの体を拭き始めた。 「……うう、僕、昨日も一昨日もえっちしたのに、今朝もした……」 「すごいですね、でも好きでしょ」 「好き。気持ちいいこと楽しい」 「馬鹿っすよねシグラ様って」  シグラが目を覚ますと、すでにクガイのモノが後ろに入っていた。起き抜けのその光景に驚くよりもまず気持ちが良いという感覚が勝ってしまったから、シグラは根っからの快楽主義者なのだろう。  結局、寝ている間に好き勝手していたクガイを責めることもなく、その後も好き勝手に突き上げられて今である。  一昨日にはゼレアスとした、昨日はスレイとした、そして今日はクガイとしている。毎日の快楽漬けに、シグラも感覚が麻痺してきそうだ。 「何かに興奮してたの?」 「まさか。俺は本能で生きるアルファとは違うんすよ」 「じゃあなんで朝から? 珍しくない?」  シグラの問いかけと同時に、蕾が綺麗に拭き取られた。 「気持ちいいこと続けてれば、帰るなんて言わなくなるかなあと」 「…………なにそれ」  パンツを穿かされながら大真面目に変なことを言われて、シグラは思わず苦笑を漏らす。 「ところでオメガのサロンどうでした? 紹介できそうな子居ました?」 「いるいる。たくさんいる。オメガってやっぱりみんな綺麗だよね。すごい癒される場所だった……」 「今更ですけど、あの三人にオメガ紹介するとか無駄な行動だと思いますよ」 「まあフィーリングっていうのがあるからね」 「そうじゃなくて」  しっかりとシャツを着せられた頃、ようやくレシアがやってきた。どうやら朝食を持ってきてくれたようだ。  今日も顔色はいい。レシアはあのチョーカーをつけてから調子の良い日が続いている。 「レシア、おまえさ、お見合いした三人にオメガ紹介して、あいつらがそっちになびくと思う?」 「……思いませんが……いきなりなんですかヴィンスター。あなた朝礼にも出ていませんでしたよね」 「小言はやめろ。ま、そういうことですよ、シグラ様」 「……でもオメガだぞ?」 「バース性で言うなら、ベータなのに三人……あー、俺も入れて四人のアルファに気に入られてる今のシグラ様の状態のほうが異常ですけどね。本能ではなく惹かれる部分があったってことなら、余計に厄介だって分かってください」 「まあ仕方がありませんよ。シグラ様ですから」  朝食を並べたレシアがベッドに歩み寄り、シグラに触れるキスをする。  シグラは釈然としない顔をしていた。 「…………ゼレアスはともかく、ルジェとは何もなっていないし、スレイに関しては僕をオモチャか何かだと思ってたけど」 「まあ見ててくださいよ、その辺もこれから分かるでしょ」 「見たくない知りたくない。僕はクガイとレシアとハッピーエロライフを楽しむだけでいい」 「それいいっすね」 「光栄です」  両側から頬にキスをされて、それでもシグラは困ったように眉を下げていた。  シグラがルジェの家に着いたのは、13時を回った頃だった。屋敷の前に馬車を停めて降りると、すぐにルジェがやってきた。  相変わらず派手な見た目だ。髪が銀で肌も白いからか、陽の下に居れば光って見える。少しだけ目を細めて、シグラはひとまず頭を下げた。 「犬に会いにきました」 「ふ、あはは! 第一声がそれですか、いいですね。ようこそ、アルフライヤ伯爵邸へ。我が家の愛犬もシグラを心待ちにしてましたよ」  楽しそうに笑いながら、ルジェが上品に肘を差し出す。前のときにも思ったが、ルジェは振る舞いや仕草が紳士的だ。落ち着いていて、表情からも気品を感じる。  ベータのシグラを選ばなくても、ルジェに媚びないオメガなんてたくさん居るだろうに……なんだか可哀想な気持ちになってきたけれど、シグラは賢明にも表情には出さなかった。 「うちの犬は大型で、名前をアルムと言います。男の子です」 「大型の”イヌ”……」  シグラはわくわくとしながら、ルジェに案内された応接室へと踏み入れた。  わん! と聞こえたかと思えば、次には茶色の巨大な毛玉が飛びついた。視界いっぱいに茶色が広がり、シグラは勢いに負けて背後に倒れ込む。 「わー! 何、何!?」 「こらアルム。驚いていますよ」  両腕で顔をガードするが、茶色の毛玉はシグラから離れない。むしろシグラの体を嗅いでは舐めて、隅々まで何かを確認しているようだった。 「これ、が、え!?」 「落ち着いて」  ルジェが毛玉を退けると、ようやくシグラの視界が開けた。  おそるおそるそちらを見ると、陽気な顔をした四足歩行の大きな毛玉が、口を開けて断続的な呼吸を漏らしている。その愛らしい顔にまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けたシグラは、震える指を毛玉の鼻先に近づけてみた。 「わあ!」  ペロン、と。  伸びてきた長いベロがシグラの指を舐める。 「あはは! 面白いですね。これが犬ですよ、シグラ。可愛いでしょう」 「か、可愛い……可愛い! 言葉は話せる?」 「話せません。アルムおいで。シグラも、お茶にしましょう」  ルジェがテラスにあるテーブルへと歩むと、アルムは当然のようにそれに続く。シグラも仕方なく立ち上がってルジェを追いかけてはいたが、その視線はずっとアルムに注がれていた。  ルジェの腰ほどまでの大きさの、ふわふわでもこもこで可愛らしい生き物だ。|彼《・》がかつて生きていた前の世界にも愛玩の存在はあったが、こんなにも愛らしいものではなかった。椅子に座ってもシグラはじっとアルムを見つめて、目をキラキラと輝かせていた。 「あの、これはどこに行ったらもらえるんですか? 僕も欲しいです」 「街に行ったらそういった店がありますから……今度案内しましょうか?」 「え、いいんですか!?」 「ええ、いい口実です。シグラとデートできるんですから」  さらりとそんなことを言って、ルジェは優雅にカップを持った。  そこでシグラもようやく思い出す。そういえばルジェは、シグラとの結婚を進めたいと言っていたのではなかったか。  準備されたテラス席からは美しい庭が一望できる。風が気持ちよくて温かでさらには香りも良いはずなのに、それらは今のシグラにとってはまったく心地良いものとは思えなかった。 「あー……えっと。僕は結婚するつもりはないので、デートという名目でしたら今後はお会いすることもできないのですが……」 「……どうしてもですか?」 「はい」  犬が可愛いことに気を取られてルジェとの関係を忘れるところだったが、シグラは結婚するつもりは毛頭ない。ゼレアスにも結婚に関しては断りを入れているし、スレイも断った。あとはルジェだけである。 「……それは、シグラが快楽主義者だから?」  かちゃん、と、陶器のぶつかる音がした。カップを戻す手に力が入ってしまったようだ。  シグラはすぐにルジェを見つめる。その表情に変化はない。いつものように穏やかで温和な雰囲気の、上品なルジェがそこに居る。 「ゼレアスとは幼馴染と言ったでしょう。今も仲が良いので、あなたのこともよく話します。……いつだったか、ゼレアスがぼんやりとしているときがありました。あなたと狩猟に行った日ですね」 「うっ……ゼレアスはその日のことを……」 「教えてくれましたよ。野外での行為は楽しかったですか」  やけにトゲのある声音だ。シグラはなんとなく目を逸らして、必死に言葉を探していた。決して後ろめたいわけではない。シグラはただ今度こそオメガのサロンへ導きたいために、優位に立ちたいだけである。  何をどう伝えればうまく話を持っていけるのか。シグラはとにかくそればかりを考えていた。 「ゼレアスには釘を刺されました。あなたに結婚を迫るのはやめろと。……自分が体だけの関係で落ち着いたからでしょうね、私に出し抜かれることを危惧しているようです」 「ゼレアスの話はいいとして、僕実は知り合いにオメガの、」 「それは、あなたがオメガのサロンに出入りしていることと関係がありますか?」  突き刺すほどの鋭い目がまっすぐにシグラを射抜く。  誰にも話したことはないのだが、なぜルジェがそれを知っているのだろうか。そんなシグラの疑問に気付いたのか、ルジェは難しい顔をしてため息を吐いた。 「私は結婚相手のことはなんでも知っておきたいんですよ。率直に言えば調べました。あなたの過去も含め、黒いところがないか、すべて」 「え……えー、それは……」  なんという怖い話だろう。 「最近、隣国の者が運営しているオメガ専門のサロンに出入りしていましたね。あのお見合いの日の少し後からでしたっけ。私もゼレアスもあなたから簡易的なプロフィールを聞かれましたが、まさかそのサロンからオメガを引っ張って紹介するつもりではありませんよね? それで私たちが引くとでも?」 「いやー……えーっと」 「ゼレアスはまっすぐで誠実な男なので、あなたがそんなことをしていたとは知りません。勝手に人のことを探るなんて真似もできないでしょう。このことを知っているのは私だけなので安心してください」  ――待てよ。  考えを知られているということは、いっそ真正面から包み隠さず紹介してみたら良いんじゃないか?  まるで名案でも閃いたかのように、シグラの頭には突然そんな結論が浮かんだ。  そうだ、バレているのなら誤魔化すだけ無駄である。それならいっそここで事実を認めて、改めて素晴らしいオメガを紹介してやったほうがいい。それで引くわけがないだろ、とルジェは思っているのかもしれないが、実際に美しく理想的なオメガを目にすれば気持ちはコロリと変わるだろう。  アルファもオメガも本能には逆らえない。ベータには分からない感覚だが、BL漫画にはいつだってそう書いてあった。 「一度、理想のオメガに会ってみませんか」 「あなたすごいですね。この状況でそこを押し進めるんですか」 「ルジェの理想にあったオメガの方は三名いました! 男性体のオメガが二人と、なんと一人は女性です!」  この世界では女性は珍しいからきっと喜ぶだろうと、特別力を入れて前のめりにプレゼンしてみる。  しかしルジェは変わらない様子でゆっくりとカップを持ち上げると、上品な仕草で紅茶を楽しんでいた。 「その子たちは、私をバース性で見ない?」 「そのあたりも調査済みで、管理者いわく慎ましやかでバース性にとらわれることもなくおおらかな人柄だそうです」 「へえ、あなたより?」 「……ぼ、僕?」 「そう。あなたより、僕のことを僕として見てくれるんですか?」  そんなこと知るわけがないだろ。面倒くさいことを言う前にひとまず会ってみたらどうだよ。そんな言葉が頭を過ぎったが、シグラはしっかりとすべてのみ込んだ。ここは穏便に済ませたい。足元をすくわれれば、厄介なことになりそうだ。 「そうですねえ……分からないので、会ってみましょうか」 「却下です」 「どうしてですか」 「あなたもめげませんね……そもそも私はあなたと結婚したいと言っているのに、ずいぶん酷い扱いをしてくれますね」 「でも僕何回も断ってますし……」 「結婚を申し込んできたのはそちらですが?」 「それを言われると……」  中身が変わったのでやっぱりなしで! と言えたならどれほど楽だっただろう。  面倒くさいことにはしたくないために、シグラはまたしても頭を抱える。 「……ふふ。すみません。少しいじめすぎましたね」 「……へ?」 「実はね、もう結論は出ているんですよ」 「結論?」  シグラの足元で丸くなっていたアルムが、突然立ち上がって両手を突っ張り体を伸ばす。気持ちよさそうな顔をして大きく口を開けると、今度は激しく体を震わせた。  そんなアルムがトットット、と軽快な足取りで室内に入っていくのを見送りながら、シグラはゆるりとルジェに視線を戻す。 「ゼレアスと話し合ったんです。釘を刺されたのはそのときでした。……結果的に、あなたは絶対に折れないから二人で一緒に諦めようと説き伏せられまして。だから私も、今は結婚の意思はありません」  ――結婚の意思はない。  断言されて、シグラの頬が思わず緩む。  これでクガイとレシアとのハッピーエロライフ開幕への第一歩が踏み出せる。  そんな確信と共に、満面の笑みさえ浮かべそうになったのだが。 「ですが、私だけ仲間外れというのも癪に障ります」  その言葉にピタリと、シグラの体が強張った。 「なので、私もその輪の中に入れてもらうことにしました」  快楽主義なら受け入れてくれますよね? と。  ルジェの笑顔は、やけにキラキラと晴れやかに輝いていた。  

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