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後日談:結婚をするということ。
「馬鹿じゃないっすか、朝もヤったのに昼前もヤるとか」
「そんなに言うならヴィンスターが朝からしなきゃ良かったんだよ。ねえ劉蓮」
「そうですよ。私たちは劉蓮のかつてのお見合い相手、あなたは本来ただの執事でしょう」
長いテーブルの短辺側に一人腰掛けた劉蓮の両側に、ルジェとスレイが座っていた。
セックスをした後、劉蓮の部屋に呆れた様子のクガイが昼食にと呼びに来て、体力もないくせに馬鹿だあほだと言われながらも整えられて今である。
しかし劉蓮は特に気にした様子もなく、クガイとレシアが作った昼食を美味しそうに頬張っていた。
「劉蓮様、お茶をどうぞ」
「ん、ありがとうレシア」
劉蓮が嬉しそうに笑う。それだけでレシアは嬉しくて、にっこりと笑みを返していた。
「ネコ同士ってのはいいねえ、見てて和む」
「一理あるね。彼なら劉蓮の側にいることを許せるよ」
「この屋敷の使用人、オメガしか居ませんよね。私が唯一安心できるところです」
「じゃあヴィンスターは辞めないとね」
「いいぜそれでも、隣国の王子として帰ってきてやるよ」
「げぇ、厄介ー」
食事の合間に会話を繰り返し、嫌そうな顔をしながらも三人はなんだかんだと仲が良さそうだ。劉蓮もそれが分かっているから口を挟むこともなく「今日もこの世界の”ヤサイ”は美味しいなあ」と機嫌よく手を進めていた。
すると遠慮がちに扉が開かれる。クガイとレシアは来客に驚いたように振り返ったが、その姿を見てすぐに興味を失くしたようだった。
「やっぱりここに居たな、スレイ、ルジェ」
ゼレアスは少し固い表情を浮かべて、まずは劉蓮の元へとやってきた。
「御機嫌よう、劉蓮。今日も可愛いね」
「いらっしゃいゼレアス」
劉蓮の言葉を聞いてすぐ、ゼレアスは触れるだけのキスをする。
「執事くん、勝手に入ってすまない。少し急ぎだった」
「あの番犬が引っかからなかったんだからいいんだよ。なあレシア」
「そうですね。彼は優秀ですから」
玄関前には、縮んだとはいえ人よりは大きな天弦 が居る。彼は番犬の役割をはたしており、この屋敷に近づく劉蓮が教えた者以外の進入を一切許さないようにしてある。
最初こそ天弦に怯えていた五人も、天弦を可愛がるまではできなくとも横切ることくらいは平気になった。
そんなセコムにスルーされてやってきたゼレアスは、どこか固い顔をしていた。怒っているようにも焦っているようにも見える。何かがあったのかと全員が注目したが、ゼレアスはじっとルジェだけを見ていた。
「今夜のパーティーの件だが、こちらの家は説き伏せたぞ。スレイはともかく、ルジェの家は了解は得られたのか?」
「まあ、そうですねえ。まだ何かやかましく言ってはいますが、強行突破します」
「やっぱり……今朝おまえの兄君がうちに来て、ルジェを説得してくれと頭を下げられたよ。怒っているというよりは弱ってる感じだったが」
ゼレアスが席につくと、レシアがすかさずカップを出す。
「なんだルジェ、まだ説得できてないの? じゃあ手を引いてもいいよ」
「そう言うと思いましたよスレイ」
「俺はルジェがしたくないことをさせたくない。……夜までに一緒に説得に行こう」
「……つか、なんの話? 内輪揉めは外でやってくんない?」
この会話の中にどうやって口を挟もうか、気になるけれど入れないと動けなかったレシアにとっては、クガイのその豪胆さが今は眩しかった。しかし劉蓮はただ三人の行く末を見守っているだけで、内容にはあまり興味がないらしい。ひたすら昼食を楽しんでいる。
「今夜、グランフィード侯爵家が主催で王宮で大規模なパーティーをするんだ。そこで、俺とスレイとルジェの結婚が発表される流れになっている」
「結婚!?」
レシアは素直に驚きを示したが、クガイは「へえ」とその程度だった。
しかし三人が同じ男と結婚するなど、スレイのところはともかく、グランフィード侯爵家とアルフライヤ伯爵家が許すはずがない。重婚が認められているとはいえ、高位貴族の元に何人かが集まるのではなく、高位貴族が揃って一人の人間と結婚を望むなど、そんなパターンは前代未聞である。
反対も当然だ。逆に説き伏せられたゼレアスのところが不思議なくらいである。息子によほどの信頼があったのか、それまでの家族間の絆がしっかりとしていたのか……ゼレアスのまっすぐな人間性を思えば、両方持ち得ていたのかもしれない。
「でもね、ゼレアス。ルジェが居なくなったらもっと劉蓮を独占できるよ。協力なんてしないほうがいい」
「そうそう、そのまんま放置してたらいいだろ」
スレイとクガイが言葉を続けたが、ゼレアスは決して同調はしなかった。
「いや。俺はルジェとずっと一緒に育ってきた。だからこそ分かるんだよ。……小さい頃からルジェは周囲との希薄な関係に悩んでいて、それを気にしすぎる自分の内面にも疲れていた。俺やスレイのように割り切って生きたほうが楽だと分かっていながらできずに、ずっと苦しそうだったんだ。でも最近はそんなことはない。劉蓮が側にいると本当に楽しそうに笑うんだ」
「あんたってあれだよな、いい奴すぎて損するタイプだよな」
「ゼレアスは昔っからこうだよ」
「だからルジェ、強行とか言わず今から説得に行こう。きっと伯爵も家族も分かってくれる」
「いいんですよ、もう」
「ルジェ」
ごっくん、と大きく喉を動かして食事を終えると、そこでようやく劉蓮が口を開く。
「ルジェ、困ってるんですか?」
「……え、ああ、いえ。大丈夫ですよ」
「分からないけど、僕、どうにかしましょうか。なんでもできますよ、殺したり、消したり」
「わー待て待て、劉蓮が言うと冗談にならないんすよ」
「冗談じゃないよ? ルジェ、困らされてるんでしょ?」
劉蓮の気遣いに、全員がふるふると頭を振っていた。あまりことを荒立てると本当にやりかねない。それでもそこまで気にかけてくれているのかと嬉しく思えて、ルジェはなんとも言えない気持ちだった。
「劉蓮、今回の件は俺たちだけでどうにかしたいんだ。気持ちはありがとう」
「爽やかくんの冷静さというか鈍感さが今は羨ましい……」
「奇遇だねヴィンスター、オレもだよ」
ゼレアスがどう言おうとも、ルジェは渋い顔をするばかり。それには見かねたスレイが「あーあーもう」と心底嫌そうに声を出して、気怠げに立ち上がった。
「分かったよ、協力すればいいんでしょ。でもゼレアスは必要ないからね、アルフライヤ伯爵家一つくらいオレだけで説得できるし」
「スレイ……!」
「やめてくれないその目……無駄にキラキラさせないでよ、なんか居心地悪い……」
「……でもあなた、」
「いいから行くよ。早くしないとゼレアスはうるさいし、劉蓮が伯爵家を消しちゃうし」
面倒くさそうに踏み出したスレイは、すぐに劉蓮の元に向かった。そうしてキスをして、部屋を出ようと背を向ける。ルジェも慌てたように立ち上がりしっかりと劉蓮にキスだけは落として、スレイの後に続いて出て行った。
「騒がしかったなー。嵐が去った」
「嵐の目は残されましたが」
「ああ……あんた昼飯食べた? いる?」
「いや、俺は食べてきたよ」
クガイとレシアは、スレイたちの食器の片付けを始めた。
劉蓮も終わっていると察したゼレアスはすぐに席を立ち、劉蓮に手を差し伸べる。
「劉蓮、少し外を歩かないか。今日は天気が良いから気持ちいいよ」
「歩く……僕浮いててもいいですか? 歩くの慣れてなくて」
「ふっ、構わないよ。今のはただの誘い文句だから」
ゼレアスが微笑んだ理由は分からなかったが、許可を得たために劉蓮は少し浮いた状態でゼレアスに続いた。
重ねたままの手が離れない。それは庭園に向かう間も着いてからも離れることはなく、むしろさらにきゅっと握り締められた。
「向こうの世界は大丈夫そう?」
「ん、はい。新しい真神が生まれたようで、なんか騒がしくしてます。ちょっと楽しそう」
「……楽しそうか……劉蓮は戻りたいって思う?」
遠慮がちな声音だった。しかし劉蓮は気付かないまま、質問の答えをしっかりと考える。
――あちらの世界を「楽しい」と思ったことなんかない。だけど今「楽しそう」と言えたのはきっと、自分がこちらに居るからである。劉蓮が向こうに居たなら「みんな楽しそうだ」なんてことは絶対に言えなかっただろう。
余裕があるからこその思考である。それを理解して、劉蓮は頭を振った。
「戻りたいとは思いません。……まあ、こちらに居る条件はありますから、そのときは戻らないといけないけど」
「そうか。それならいいんだ」
少し微笑んで、ゼレアスはもうその話題には触れなかった。
庭園には多くの花が咲いていた。向こうの世界には花なんてなかったから、劉蓮にはそれも新鮮に思えた。
顔を寄せれば香りも分かる。劉蓮が不思議そうな顔をするたび、ゼレアスが嬉しそうにその花について教えていた。
ゆっくりと戻ってくると、庭園の一角に長いソファとテーブルが用意されていた。クガイはそんな気遣いはしないだろうから、きっとレシアが用意してくれたのだろう。
「休もうか」
ゼレアスはそう言って、手を握り締めたままでソファに腰掛けた。劉蓮は浮いたままだったが、手を握られているために離れることもできない。大人しくソファに座るような姿勢で浮いていた。
「……今夜、俺たちときみの結婚報告をするんだ」
「……結婚?」
「そう。死が分かつまで側にいる。それまでずっと愛して、宝物みたいに大切にするっていう約束」
結婚。
劉蓮はどこかぼんやりとした様子でつぶやいて、じっとゼレアスを見つめていた。
結婚という概念は、劉蓮の世界には存在しない。子どもを産むのにセックスも必要ない。誰かと共にあることもない。たぶんこの世界の人間が持っているほどの「情」も、あちらの人間にはないだろう。それでも劉蓮が”結婚”を知っていたのは、BL漫画を一通りたしなんでいたからである。
劉蓮は”結婚”が嫌だった。誰かに縛られるなんて考えられなかった。
結婚は契約だ。自由を奪われる契約。小さなカゴに入る約束。もともと自由な劉蓮はその堅苦しさが嫌で、自分に当てはめようと思ったことはない。
それでもゼレアスの言う「死が分かつまで」「愛して」「大切にする」という言葉は耳心地よくすんなりと入り、体に温かく広がっていく。
少しだけ認識が変わる。”結婚”という言葉が優しく馴染んで、悪くないなとすら思えた。
「分からなくてもいいんだ。俺たちは分かってる。……劉蓮。これからも長く共に居よう。楽しいときも、悲しいときも、嬉しいときも苦しいときも、共に分かち合って生きよう」
二人の間に、柔らかな風が吹く。ぬるやかで優しいそれは劉蓮の頬を撫でて、そこで初めて劉蓮は”風”を意識した。
向こうの世界には風なんかない。こんなにも心地が良いものを、劉蓮はまったく知らなかった。
この世界と同じだ。この世界みたいに綺麗で、優しくて、温かくて、泣きたくなるくらいに居心地が良くなる。
「たまには間違えて、たまには喧嘩して……子どもができたらもっと楽しいぞ。今より賑やかになる。俺たちの子どもは美しく賢く、もしかしたら劉蓮の力を引き継いでいるかもしれないな。そのときは向こうに連れて行かれないように必死に隠しておかないと」
「……ふ、ふふ、でもバレますよきっと」
「そうかな。それじゃあそのときは、また条件を探そうか」
劉蓮の瞳が潤んでいた。ゼレアスは困ったように笑うと、劉蓮を抱き寄せて頭に口付けを落とす。
すると劉蓮はゼレアスの膝に向かい合って座るように移動して、正面からぎゅうと強く抱きしめた。
「そうだ、今度また狩りに行かないか。次は劉蓮も狩ってみるといい。もちろん銃でね」
「……うん」
「泣かないで。きみが泣くと、どうすればいいのか分からなくなる」
ゼレアスの手が、劉蓮を落ち着けるように繰り返し背を撫でる。
すると、劉蓮がちらりと上目にゼレアスを見つめた。そうしてすぐ近くにあった唇にキスを落として、ゼレアスの首に腕を回す。
「……劉蓮?」
「ゼレアス……キス……」
「ま、待って……ここは外だから」
「僕たちは外に縁があるんですよ、きっと」
そういえば最初も勢いで――それを思い出したゼレアスは、すぐに砕けた笑みを浮かべた。
「それもそうだ」
始まりがそれだったのなら仕方がない。
ゼレアスはすぐに劉蓮に顔を寄せる。劉蓮は口を開いて舌を伸ばし、ゼレアスのキスを受け入れた。
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