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前編

「おい、もうええじゃろ...ぼちぼち抜けぇや」 「はぁ? お前だけが気持ち良うなったらええんか? 次は俺の番じゃろうが。もうちぃと付き合うてくれぇや」 「バカか、もう散々したろうが。暑いんじゃって」 のし掛かってくる男が身動ぎするたびに、ボトボトと滝のように汗が降り注いでくる。 体の中も外も、熱くて暑くて堪らない。 「ほんまに、ちょっともう勘弁...出るモンも無いが」 「何言いよんな? お前体力落ちすぎじゃろ、情けない。それともあれか? 俺とする前になんぞ悪さでもしてきたせいでタンク空っぽなんか?」 「......こがいなオッサンと悪さしたがる物好きおらんわ。お前ぐらいよ、俺なんかに突っ込みたがるん。そもそも、アスリートのお前とおんなじだけの体力求めるなや」 上の男がニヤリと口許を歪めれば、体内を穿つ熱が更に容積を増した。 もうこれ以上は無理だ...とクールダウンを試みていた俺の体が、その圧迫感に再びゆらりと温度を上げていく。 「お前なぁ...何をまた大きいしよんな」 「あ? お前が俺の独占欲満たしてくれるけ、嬉しいなったんじゃろ」 どうにも抑えきれない欲が塊となり、捌け口を探して体内を駆け巡る。 独り占めできる事を悦んでるのが...自分だけだと思うなよ? もう何年も前から、今の季節はこいつの為にある。 日本中の視線を一身に浴びているこいつの目の中に映るのは、あの頃と変わらず俺一人だと実感できるのが本当は嬉しくて仕方ないのに、長過ぎる付き合いのせいでつい悪態を吐くのは俺達の間ではデフォルトだ。 「たまには可愛い事でも言うてみいや」 「三十路過ぎた男の口から可愛い言葉聞きたいとか、ええ趣味じゃのお」 顔を見つめ合い、穏やかに笑いながらも少しずつ俺を追い詰めるような動きは大きくなっていく。 男の欲とは違う快感の高まりに、俺は逞しい背中に必死にしがみついていた。 「亮治...亮治...好き...好き...じゃ......」 「お、お前、反則...っ......」 今更恥ずかしくて素直になれない俺の口からその言葉が出るのは、感極まったこの一瞬だけ。 快感と幸福感に理性が飛ぶその瞬間に思わず口走るその言葉こそ、俺の積み重ねてきたコイツへの思いそのものだ。 苦しいのかと言いたくなるほど眉間の皺を濃くすると、俺の奥深い所に先端を強く押し付けてきた。 みっちりと内襞に包み込まれていた塊がグググッと膨らみ、パチンと弾ける。 その瞬間、コイツも...亮治も快感と、他の感情がたっぷりと入り交じった切なげな顔を見せる。 この後にコイツから出てくる言葉は、いつも同じだ。 そして、返す俺の言葉も... 「なあ隆史...お前もええ加減に......」 ********** 俺と亮治の付き合いは、もう20年も前に遡る。 母子家庭だった亮治が転校してきたのは小学4年の時だった。 関西から身内も誰もいないこの地方都市にわざわざ越してきたのは、酒癖のひどく悪かった父親から逃げる為だったらしい。 小さいながらも堅実な経営と拘りの味で人気のある酒造メーカーである俺の実家が、年々減りつつある若い杜氏を育てる為にも...と『寮完備』と打ち出した求人を職安から勧められたんだそうだ。 勿論あくまで『独身』の『若い男性』を探していた両親は、当初は困惑したらしい。 しかしその母親の事情を知り、良くも悪くもお人好しな両親は彼女の受け入れ先になる事を決めた。 亮治が俺と同い年だったというのも理由としては大きかったのだろう。 落ち着いた環境の中で、子供には伸び伸びと育って欲しいのだと彼女に笑いかけた親父の顔は、息子から見ても本当にカッコ良かった。 亮治達には寮ではなく、うちの隣に建っていたマンションの一室が宛がわれた。 まだ小学生で、おまけに知らない土地に越してきたばかりの亮治を一人ぼっちにはしたくないだろうとの配慮だった。 学校は勿論、先生達にも事情は説明してたとの事で、亮治は俺のクラスに転入になった。 つまり、出勤前にうちに亮治を連れてきて一緒に朝飯を食い、昼は教室で給食を、そして夜は勉強をしながら彼女を待ってみんなで晩飯を食ってから二人は部屋に戻る...という、1日の殆どの時間を亮治と一緒に過ごす生活を送る事になったのだ。 けれど何故か、その頃の俺は一度もそれを嫌だとか苦痛だなんて思った事は無い。 一人っ子でずっと弟が欲しいと願っていた俺にとって、体が小さくて大人しい亮治は弟のように感じていたのかもしれない。 実際関西弁を使うせいでからかわれる事の多かった亮治を守る為に同級生と大喧嘩になった事もある。 とにかく亮治は、とても自然に、ごく当たり前に一番身近な存在へとなっていた。 夏休みに入っても、俺達はやっぱり一緒にいた。 うちで宿題をして、二人で学校の開放されたプールで遊び、戻ればお袋が用意してくれたかき氷を食べて昼寝する。 一人で過ごさなくて良い長い休みはこんなに楽しいのかと、毎日ワクワクした。 そんなある日だ。 宿題をしながらふと思い出し、俺はテレビをつけた。 普段は勉強しながらテレビを見るなんてしないから、亮治はちょっと不思議そうに俺を見ていた。 映し出されたのは真夏のグラウンド。 丁寧に整えられた黒土には水が撒かれ、そのグラウンドを取り囲むスタンドには溢れそうなほど人が詰めかけている。 「あれ? 高校野球?」 「うん、今日はうちの県の代表が出るけぇね、やっぱり応援せにゃあいけんじゃろ。今年は強いみたいなんよ...あ、ほら、出てきたじゃろ。あの背番号1番。あれ、この辺の出身でねぇ、今年のドラフト候補なんじゃって。今大会屈指の右腕。ほんで、今からバッターボックス入る背番号5番もねぇ、打率と盗塁成功率ナンバーワン! 今年のチームはええんよ...期待できるんで」 父親からの受け売りの知識を、ずいぶんと偉そうに話して聞かせたように思う。 うちの県はプロ野球の球団もあり、また昔から高校野球の強い地域でもあったから、比較的野球熱は高い。 俺も熱狂的ファンとまではいかないまでも、赤いヘルメットを見れば気持ちは昂るし、夏のこの時期は県代表の勝敗にハラハラしていた。 「ええのぉ...いっぺん甲子園で応援してみたいのぉ」 「たかちゃん、自分がやりたいとは思えへんの?」 「俺ぇ? 俺、球技嫌いじゃもん。野球なんか、ボール投げても届かんし、バット振っても当たらんけぇね。無理じゃ、無理」 そんな俺の言葉をどんな気持ちで聞いていたんだろう。 隣の亮治が、いきなり真面目な顔で俺の手を握りしめてきた。 「わかった。そしたら僕がたかちゃんを甲子園に連れてったげる」 「はぁ? お前急に何?」 「僕、一生懸命野球の練習頑張って、県代表になって、たかちゃんに応援席から応援してもらう」 小さくて大人しい亮治が急にハッキリキッパリと言い切って、たぶん俺は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてただろう。 けど、『バカじゃない?』『無理だろ』なんて言うつもりは無かった。 亮治の本気を感じたから。 ひょっとしたら、本当に甲子園に連れていってもらえるんじゃないかと思ったから。 「わかった。俺も応援する! まずは、この辺で一番強いリトルリーグ探して入団テスト受けるところからじゃ」 「たかちゃんと一緒の時間減ってまうけど、でもめっちゃ頑張るから。もし勉強遅れるようやったら、たかちゃんが教えてな?」 「勉強じゃったら任しとけぇや。亮治が行きたい学校ならどこでも入れるように、俺が家庭教師しちゃるけん」 俺と亮治の間に共通の目標ができた。 親父や亮治のお母さんに話してみれば、地元に馴染める良いチャンスだと喜んでくれ、早速全国大会常連だというリトルリーグに連絡を取り、時期が外れているからと渋るチーム側に頼み込んで入団テストを受けさせてもらえた。 結果は...なんと一発合格。 体は小さくとも、未経験者だと思えないほどのセンスと筋力を見せたらしい。 後で聞いた話によると、亮治の親父さんは元々社会人野球の花形選手だったんだそうだ。 プロ入りが期待されるもドラフトにかかる事はなく、その後肩を壊して野球を辞めたらしい。 合格の知らせを聞いて、やはり血は争えないと嬉しそうな苦しそうな、少し複雑な顔をしていた亮治のお母さんを今でも覚えてる。 それからの亮治は、まるで取りつかれたかのように練習に明け暮れた。 いつの間にか白かった肌は真っ黒になり、頼りなげに小さな声で発していた関西弁は少しずつ俺達と同じ訛りになっていった。

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