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第9話・悲しげな横顔の理由➁

ああ、本当に危なかった。 打ち所が悪かったら大怪我するところだった、あの落ち方だと。 まだ、心臓がバクバク言ってるな。 なんて思いながら、斎藤先輩をお姫様抱っこするように抱き方で抱きとめたまま、大きく息をつく。 「あ、有り難う。赤城君」 「いえ、無事でよかったです。というかどうしたんですか、またフェンスになんて登って」 「あ、あれは、本当に違うんだ!もう死のうとなんてしないよ。ただ、ハンカチが…」 「ハンカチ?」 「うん。大事なハンカチが風に飛ばされて、フェンスの上の方に引っかかってしまって」 言われるまま上の方を見上げると、確かに藤色の布切れのようなものが、フェンスの上の方のとがったところに引っかかり風に靡いているのが見られる。 「ああ、本当にありますね。あれ、斎藤先輩のなんですか?」 「そうなんだ。それで何とか取れないかなと思って」 「なるほど、そういう事でしたか」 先輩の説明に合点がいったと頷いた丁度その時だった。 ガチャリと音を立て屋上の扉が開き屋上に誰かが姿を現す気配を感じて、視線をそちらへと向けると。 「陽斗。いるか?何故また屋上なんかに…あ」 姿を現したのは律樹だった。 俺達の方へと視線を向けて、何故か双眸を軽く見開き言葉を止める。 「あれ、律。お前先に帰ってたんじゃなかったのか?」 「……いや、お前の用事が終わるまで待っていたんだが。どうやらお邪魔だったようだな」 「は?お邪魔って?何が…」 「いや、構わん。ゆっくり二人で過ごしてくれ」 「二人でって…おわっ!?」 律樹の言葉にようやく俺は先輩をお姫様抱っこしたままの状態で会話を続けていた事に気が付き、俺と先輩はお互いの顔を見合わせてからはっとすると、慌てて先輩の体を下へと下ろした。 「な、なんかすみません。先輩!すっかり忘れてて」 「う、ううん。大丈夫。気にしないで」 なんだかすごく照れ臭さを感じて謝る俺に、先輩も少し恥ずかし気に頬をうっすらと染めつつ答えてくれる。 照れている姿もやっぱり可愛らしいし綺麗だななんて思えば、先程とは違った胸の高鳴りを感じて、俺まで赤くなりそうなのを必死に抑えた。 「やはり俺は邪魔なようだな」 「待て待て待て!違うんだって、律!誤解だから!先輩がフェンスから落ちそうになったのを助けただけなんだって!」 再び立ち去ろうとする律樹を慌てて呼び止める。 誤解したままで行かれるのは流石に不味いと思ったし、このまま二人きりにされてしまうのも色々な意味で気まずいというか気恥しいと思ったから。 「先輩がフェンスからって…まさか、また?」 「あ、いや、それは違うんだよ。実は」 怪訝気に眉根を潜める律樹に事情を説明すると、律樹はようやく理解してくれたのか一つ頷いた。 「ああ、この時期屋上にはたまに強風が吹く事があるからな。何人か同じような状態になった事があったらしく何とかしてくれと生徒会の方にも連絡が来ていたな」 「へ?」 律樹の言葉に俺は軽く首を傾げた。 「そんな報告来てたか?」 「お前がサボっている間にな」 「うぐっ」 「ですがそういう事なら大丈夫ですよ。先輩。フェンスを登らなくても、給水塔の近くに梯子を用意していますから、それを使えば安全に登って取ることも出来ますから」 「え?梯子なんて用意されてたか?」 「三日前お前が処理して書類の中にその件についてのものがあったはずだが?」 にっこりと綺麗に笑って告げてくる律樹の言葉に、俺は頬を引きつらせて乾いた笑いを浮かべてしまう。 目が、目が笑ってないです律樹さん。 「は、ははっ…そ、そうだったな。うん。俺としたことがすっかり忘れていた…」 「全くお前と言う奴は…!」 「は、はは。優秀な副会長を持って俺は幸せだなー…」 「…はぁ。とにかく、梯子を取って来るから、お前が登って取ってやるといい」 「ああ、サンキュ、律」 「え、本当に大丈夫なの?危なくない?」 「大丈夫ですよ。先輩。フェンスによじ登るよりはずっと安全ですし、こいつは馬鹿ですが俺より身体能力には優れているので」 「おい、律!馬鹿は余計だ、馬鹿は!」 なんて俺の抗議も完全に無視して、律樹は足早に梯子を取りに行き戻ってくるとフェンスの方へと立てかけ、長さを伸ばして設置してくれた。

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