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第10話・悲しげな横顔の理由③
「ん。よし、陽斗登っていいぞ。一応下で支えてはおくから」
「ああ。サンキュ。じゃあ、すぐに取って来るので待っててくださいね」
「うん。気を付けてね。赤城君」
斎藤先輩に見守られながら俺は梯子を軽々と登っていく。
律樹の言葉じゃないが、身体能力には自信がある。
こう言うのは得意と言えたので、あっという間にハンカチまで少し手を伸ばせば届く位置までの馬力ると、手を伸ばして、藤色のハンカチをしっかりと掴み取り、そのまままた梯子を下りて行く。
「よっと、ただいま」
「ご苦労様」
「はい、先輩。これで良いんですよね?」
「うん。有り難う、赤城君」
手にしたハンカチを先輩の方へと差し出せば、先輩は大事そうに受け取って頷いてくれる。
「本当に有り難う。とても大事な物だったから、失くしたらどうしようって思って。本当によかった…」
そう言って、先輩は綺麗に折りたたんだハンカチを胸元に抱き込むように持ちそっと目を閉じる。
先輩の日―その姿に余程大事な人から貰ったものなのだろうと思い自然に問いかけていた。
「大事な人から貰ったものなんですか?」
「大事な人…。うん、そうだな。とても大事な友人……だった人に貰ったものだよ」
問いかけにそう答えると、先輩はフェンスの方へと顔を向けて空を見上げる。
その横顔が余りにも寂し気で。
昨日、飛び降りようとしていた先輩を思い出してしまい、なんだか黙っていられずに俺は言葉を続けていた。
「友人だった人…。あの、何かあったんですか?その友人と。俺で良ければ話聞きますよ?」
「赤城君……。うん、そうだね。少しだけ、聞いて貰おうかな」
「はい。勿論話せる範囲でいいので、話した方が楽になる事もあるし。何か解決策も見つかるかもしれませんから」
「うん。そうだね。…そうだといいな」
「それなら陽斗、折角だし生徒会室に案内したらどうだ?ここでは他に誰か来る可能性もあるし、話しづらいだろう」
「あ、そうだな。流石、律。よく気が利くな」
「お前が気が利かな過ぎなんだ。全く。帰りはちゃんと鍵をかけて帰ってこいよ?」
「え?」
律樹の言葉に俺は不思議に思って首を傾げる。
当然律樹も一緒に先輩の相談相手に乗ってくれるものだと思っていたから。
「鍵かけるのは良いけど、律。お前も一緒に先輩の話を聞くだろ?」
「は?……いや、俺は先に帰るつもりだったが…」
俺の言葉に何故か律樹は困惑したように瞳を揺らして告げて来た。
「え?何でだよ。お前も一緒にいればいいだろ?」
「いや、だが俺がいては邪魔だろう?」
「邪魔?何でだよ?」
「…何でって……先輩も大勢には聞かれたくはないだろうし」
「ああ、僕の事なら気にしないで。別に誰かに聞かれたくない話でもないから」
「ほら、先輩もこういってくれてるし、律も一緒にいればいいだろ。お前の方が相談に乗るのも上手いしな」
斎藤先輩からの言葉を聞いて当然のように告げると、律樹はやはり困惑した様子で俺達から視線を背けて何か小さく呟いたような気がした。
「……何故、お前はそうやっていつも……」
零された言葉は余りにも小さくて俺達の耳には届く事はなかったのだけれど、何かを呟いた時の一瞬浮かべた表情がとても悲し気で、少しだけ胸が痛んだ気がしてかける言葉を失ってしまう。
「律…?」
「……はぁ、分かった。そこまで言うなら俺も同席しよう。よく考えたら、お前に任せていたら先輩の悩みが余計に深くなってしまう可能性もあるからな」
それでも何とか名前を呼んだ時には、いつもの涼しげな表情に戻っていて返事を返してきた為、結局問いかける言葉を放つ事は出来なかった。
だから、俺も代わりにいつも通り、突っかかっていくように言葉を放つ。
「失敬な!俺だって格好いい解決策の一つや二つ出せるからな!」
「悩みの相談において、必要なのは有効な解決策であって格好良さは必要ないんだ。馬鹿」
「まだ馬鹿って言ったな!そんな馬鹿馬鹿言われて本当に馬鹿になったらどうしてくれる!?」
「もう既になっているから問題ないな」
「ぐぬぬぬぬぬっ!」
なんて気が付けばいつも通りの言い合いになってしまっているのを見守っていた先輩がくすくすとおかしそうに笑みを零す。
「本当に仲が良いんだね。二人共。おしどり夫婦の痴話喧嘩を見ているみたいだよ」
「「ただの幼馴染ですから!」」
楽しげに零された先輩の言葉に、俺と律樹の反論する声が綺麗にハモって屋上に響き渡ったのだった。
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