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欠落

豊としばらく外を歩いた。 夕暮れのオレンジ色の空の下を並んで歩いた。 「なにがいい?」 ふと公園近くの自販機で豊は足を止めた。 「....なんでもいい」 「なんでもって」 豊が笑う。 俺は...そっぽを向いた。 「ほら」 りんごジュース...。 手渡されたペットボトルを眺めてる。 「....いいのに。別に」 「俺も喉乾いてたし」 豊はなにを選び、飲んでる、かな。 顔が見れないや。 「....初めてお前の父親、見たような気する」 胸が...胸が軋む。 見下ろしていた豊のくれた、りんごジュースが、アスファルトが...歪んで見える。 「...そうだっけー?あんま、父さんいないからなー、今日は出張じゃなかったみたい!」 「....なんでお前は笑うんだ?」 ああ....ホントだ。 「....大丈夫か?涼太」 「....なにが?」 「....笑わないでくれ、泣いてくれ、頼むから」 ....なに、それ。 ....ああ、あれ、思い出した。 そうだ。忘れてた。 俺は笑ったらいけなかったんだった。 「....ごめん!笑ってごめんねー、ホントごめん!」 また俺は笑う。キャハハと笑う。...でもなんでだろ、....豊を見れない。 「なんで...謝るんだ?」 ああ、また俺...笑ってる。豊を見ずに笑ってる。 「だってさー、気持ち悪いでしょ!?俺の笑顔!」 豊が...黙った。 ほらね、やっぱり、気持ち悪いんだ、俺の笑顔。 「....笑顔が...気持ち悪い?なんだそれ...意味が、意味がわからない...なんだそれ」 俺はまた笑う。 豊は見ないまま、微笑んで、りんごジュースのラベルを眺めながら...頭ん中は空っぽだ。 なんにも浮かばない。 ただ、豊に嫌われる。終わる、そう感じる。 少し、切ないなあ...。 「誰に...言われた、気持ち悪いなんて、誰が...言った...」 「父さん!父さんが幼いときにね、いっつも言った!気持ち悪いから笑うな、て、俺の笑顔は気持ち悪い、て。だから昔から俺はぶたれてたし!中学からはオメガだってわかるなりセックス!ああ、樹みたいに可愛く笑えてたら、俺、ぶたれたり犯されもしなかったかなあ!」 また、俺はきゃはは、と笑い、りんごジュースのキャップを空けた。 ....ようやく楽に、なれた気がする。 豊とは...もう終わるかもしれないな...。 仕方ない、か...。 全部、俺が悪いんだもんな。 「樹みたいに...?」 ごく、とりんごジュースを飲んだ。 乾いてた喉に爽やかなりんごジュースが染みて、美味しかった。 「そう。樹はさ、樹は...俺、おもちゃを取り上げたんだよね。小学校の頃にさー。あ、豊が転校してくる前ね!樹はさすがに覚えてないだろうけどさ」 「...何があった?」 「んー?俺、おもちゃ、取り上げたのに、樹さ、きょとん、として、それ気に入ったの?僕もそれ好きなんだ、一緒だね、欲しかったらあげる、またお願いしてみるからいいよ、てにこって笑って、俺、びっくりして。えっ、怒んないんだ、て。...そのおもちゃ、別に興味なんてなかったんだけど」 豊の視線を感じながら、空を見上げて笑いながら。 豊とせっかく付き合い始めたけど、まあ、仕方ないな。 「ああ、樹みたいに笑えたらいいのに。俺の笑顔は気持ち悪いのに。だから父さんは俺をぶつってのに。 樹は優しいなあ、て。誰にでも優しくって、いつもにこにこしてていいなあ、羨ましいなあ、て。 だからかな、樹を好きになったのかなあ、仲良くなりたい、て思ったんだよねー、昔ばなしみたいだけど!」 「....樹を好きになったのは...樹の笑顔が好きで羨ましくて...。それで、お前、お前は樹を...。 ....お前の笑顔が、気持ち悪い...?お前、父親に、そんな...そんなことを....」 ああ、また、笑った。 父さんの前じゃ笑わないのにな。全然。 笑ってんのに、なんでかな、目尻に涙? なんだこれ。変なの、俺、本当に変なやつ...。 「....俺、豊と付き合っていいか、わっかんない!」 「....ごめん、俺...お前を...傷つけた」 ....俺を?いつ? ようやく俺は豊を向いた。 豊は泣いていた。 ....どうして、豊は泣くの? わからない。豊はどうしてそんな辛い顔をしているの...? わからない...。 「....小学校の頃、同じクラスだったとき、俺、お前を馬鹿にした、そして、笑った...」 「....あった?そんなこと...」 意味がわからない、わからないけど、目を見開いた。 いつから豊はそんな顔で、そんな涙目で俺の話しを聞いてたのかな。 聞けないな。怖い、な。 「....お前の話し聞いていて思い出した。お前、水泳、いっつも休んでた。どうして水泳休むんだ?て俺、聞いて....お前、泳げないから、て俺、お前、カナズチなの?て笑った...お前のことを...なにも知らずに笑った...」 「....泳げなかったもん。水着になったら痣がわかるでしょ、豊が気にすることじゃ....」 唐突に豊に抱き締められた。 「な、なにいきなり!ジュースが零れ...」 唐突に唇を奪われた。 「や、やめてよ!こ、こんなとこで!」 豊に抱き竦められたから...心臓の音が...うるさい。 力強く、抱き締めるから、うるさい。 ...でも凄く激しく鼓動してる、心配なくらいに。 どうして...? どうしてそんなに豊は泣いたりするの、心臓の音がうるさいの...? 「....笑ったりしてごめん...泳げない理由を、聞かなくて、ごめん...。だったら、泳ぎ方を、教えるよ、て、言わなくてごめん....本当に本当にごめん、あの時に俺が気づけたら、お前は、お前は....」 豊が...震えながら泣いてる....。 「....本当は豊とは...俺、付き合ったらいけない。幸せになっちゃいけないんだよね」 「父親にそう、言われてたんだな、笑うなとか幸せになったらいけないだとか...お前はずっと...小学校から、ううん、もしかしたらもっと前から....だから、お前、寮のある高校ばかり...選んで....」 ああ...もう...話さなきゃ、いけない、のかな。 話したく、なかった...んだけどな。

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