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第151話

病院に運び込まれ、すぐに診察になったけれど期待なんてしなかった。 運ばれたのは父の病院だったから尚更だ。 医者を目指さないと打ち明けた頃から険悪の仲で、中学時代は俺は厄介者だったし、俺になんの報告もなく勝手に全寮制の高校に入学されていて。 自宅から追い出され、俺の後追い自殺に父は貢献しようとしていたんだから。 右手が不自由になるかもしれない不安すら更々なかった。 ただ、今回は遥斗を庇えて良かったと思う。 ただ、樹が泣いている...悲しませたくない、笑顔でいて欲しいと尽くしてきたはずが水の泡になった...。 すぐに涼太や豊が駆け付けた為、樹の傍にいて欲しいと頼んだ。 「止血は済ませた。手術になるが...しばらくは利き手なだけに不自由かとは思うが」 いつものように無愛想ながら視線を合わせようとはしない父がいた。 「...それは完治する、ということ...?」 「それは当たり前だ。医療も発展しているからな。完治までには2、3ヶ月はかかるかもしれないが、無理をしなければの話しだ」 「...何故、治す、の...父さん」 不意に白衣を着た父と目が合った。 真剣でいて射抜くような眼差しに釘付けになった。 「...申し訳なかった。和斗くんのご両親も後ほど謝罪に来るそうだ。全て私の責任だ。申し訳なかった」 「...本気で言ってる....?」 父は俺の瞳を捕らえたまま答えずに席を立った。 「手術は明日、私が行う。責任を持って。それまでの間、ゆっくりしていなさい。お前の友達や彼氏も心配しているだろう...お前の母親もだ。...また私は責められるだろうな、彼女に。致し方ない」 「...母さんから別居を申し出たの...?」 「見合いではあったがまだ10代の彼女に一目惚れしてね。彼女には彼氏がいたんだそうだ。強引な親の勧めから逃れられなかったらしい。そんな彼女を私は幸せにしようと昔、自分に誓った。だが、彼女の今の幸せはお前たち、子供たちの幸せだ。彼女から未だに多くのことを学ばされるよ」 普段、父が診察を行うこともまた珍しく、温厚な表情すらも...珍しいとはまた違う、初めて、かもしれない...。 「医者にならないと言ったお前が羨ましくもあった、あの父の跡を継ごうという兄弟がなかなかいなくてね。それに、お前と父...お前にとっては祖父だが、よく似てる。きっといい医者になるだろうに、と、それもまた腹立たしくもあり、だが、彼女の言う通り、私は叶わなかったがそれぞれの人生を選択していい。眞司は医者になるつもりらしいが広樹は悩んでいるようだ」 「....そう、なんだ」 「...お前の目標はなんだ?」 「俺は...笑われるかもしれない。けど、ピアノをやりたい、それでコンクールに向けて個人練習してる、ずっと...」 父さんの目の色が変わった。 「...コンクール?それはいつだ」 「秋、だけど...」 「...間に合うかどうか...最善は尽くすつもりだが...」 険しい顔で正面に貼ったレントゲン写真を見つめ顎を摩る父の姿に、俺は微かに頬が綻んだ。 「中学の頃の、あの子をね、助けられなかった、その天罰か戒めだと思ってるから、平気だよ」 再び父の瞳が微笑を浮かべる俺に移動した。 「...そんな訳がないだろう。正直、運び込まれたときにはもう息を引き取っていた。お前は私を恨んでいるかもしれないが、どうすることも出来なかったんだ」 「だったらどうして、いじめによる自殺、て報道を揉み消したの」 「彼女は望まないだろうからだ。彼女のご両親とは直接、話して、世間に加害者の名前や顔も公表はされない。被害者ばかりが公表される。いじめで自殺した子だと一生、彼女は記録に残されてしまう。私自身、不条理だと思っているからだ」 初めて、父の本音を知った俺は言葉をなくした。 「...俺を全寮制の学校に入学させてたのは...」 「それは彼女と話し合って決めたんだ。当時、自宅にもマスコミが凄かったからね、お前のインタビューが欲しいだとか。まあ、払いのけたんだが」 「...謝らなきゃいけないのは...父さんだけじゃない...俺もだ、よ。父さん...」 こんな形で真実を知ることになるだなんて...。 父の病院の診察室で親子の会話をしているだなんて...過去の自分からは想像がつかないはずだ。

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