1 / 5

第1話

 毒島蔵之介(ぶすじま くらのすけ)はヒモである。それも赤いザイル製の年季が入った極太のヒモだった。  蔵之介を養ってくれているのは、大学生時代にアプリ開発会社を立ち上げてCEOに就任し、順調に業績を伸ばし続ける出来る男・薬師寺充希(やくしじ みつき)である。  ちなみに蔵之介と充希は幼稚園のころから幼馴染みだ。  幼馴染みゆえに蔵之介が学生時代は宿題も提出物も、なんなら教師や他の生徒との間だって充希が取り持って折衝した、控えめに言って神のような男だ。しかもイケメン。金持ち。甲斐性が天元突破。  もはや付け入る隙がない。  そんな充希に養ってもらう蔵之介こそ、実に由緒正しいヒモと言えよう。  蔵之介は20代半ばになっても短期のバイト経験しかない男だった。有り体に言えば甲斐性というものがない。しかも社会人? 就職活動? 面接? ナニソレ精神でここまで来た男なのだ。  逆に蔵之介を養う充希は、生まれながらに優秀な男だった。  小学校時代から優等生で大人たちからも信任厚く、充希がいれば何をしても叱られなかったし、大人たちは充希がリーダーならおかしなことになるまいと容認してくれる。1グループに充希、それは(くだん)のグループには成功が約束された名前なのだ。  ちなみにそのグループには幼稚園時代から、常にしれっと蔵之介が居たりもする。  神童と名高い充希が地元を離れ、最高学府に入学したのは当然の流れであり、残念なことに充希と一緒に蔵之介も地元を出た。東京の大学に通うためにルームシェアをする訳ではない。蔵之介はそもそも大学受験などしていなかったし、ましてや就職もしていなかった。  つまりは純粋に充希に着いて行っただけ。目的は本人しか預かり知らぬところだ。  短期バイトならともかく、正規雇用のために企業面接などしたこともない蔵之介は、まずは充希の学生マンションに転がり込んだ。大学に入って二年目で充希が起業し、手狭になった学生マンションから広いマンションに引っ越した充希の後ろには蔵之介。  起業したアプリ会社が軌道に乗って成功した充希が買ったマンションにさえ、やっぱり後ろから転がり込む正々堂々としたヒモ、それが毒島蔵之介という男だった。  もはや背後霊かなにかである。  だが転がり込む蔵之介も蔵之介だが、毎回毎回それを嫌がらず受け入れる充希も充希である。幾度となくいくら幼馴染みでも……と訳知り顔で忠告するお節介な輩に対し、充希は「幼馴染みだからだよ」笑顔でスルーするばかりだ。  もっとも充希の両親や蔵之介の両親、充希と一緒に起業した仲間は苦笑いしながらも蔵之介を受け入れている。  蔵之介は企業戦士としては落第だが、家政夫さんとしてはまぁまぁできる男なのだ。  時代の寵児、麒麟児と言われる充希に変な女の影など有ってはならないことだ。アプリの開発という仕事に関する情報漏れも警戒しなくてならない。どこぞの信用が置けないハウスキーパーを雇うより、物心が着いたころから気心が知れた蔵之介が簡単な家事をしてくれる方が助かると言うわけだ。  もっとも充希自身が身の回りを整理整頓するため、広い部屋にお掃除ロボットが活躍し、ワイシャツやスーツはクリーニングでプロに頼む。少ない部屋着は全自動洗濯機が乾燥までふんわり仕上げしてくれるし、ウーバーイーツがドアベルを鳴らすお陰で数少ない食器洗い洗浄機の出番も少なかった。  ……スーパー主夫、スーパー家政夫ならまだしも、この仕事ぶりではやはりヒモと言わざるを得ない。  それでも蔵之介は充希の部屋に居座り、充希は蔵之介を追い出すことはなかった。

ともだちにシェアしよう!