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第2話

 薬師寺充希(やくしじ みつき)は疲れていた。  学生時代に起業したアプリ開発会社は時世に乗って瞬く間に業績を伸ばし、その勢いのまま本業はもちろん、充希のルックスの良さも後押しして、SNSを中心に充希はテレビでもよく見かける有名人だ。  アッシュグレイの清潔感がある束感ショートは線の細い整った顔によく似合って、企業家というよりも芸能人を思わせる。二重のはっきりした目鼻立ちは柔和さの中に凛々しさも兼ね揃えてた美男子ぶりだ。  充希の会社が何かと話題になるのは、女性受けしやすい容姿が一助になっているのは否めない。  充希は有名税の怖さも、顔を知っていようが知っていまいが、本人と会社の引っ張ってやろうと思う輩に狙われていることを知っている。  下手に炎上しないよう発言や行動に気を遣い、ネットリテラシーにも充希を始めとする関係者は細心の注意を払っていた。  業績がよく、CEOの任に着いているとはいえ、起業して数年の会社だ。盤石とは言い難い時期なのも確かであり、クリーンさを演出するのはやり過ぎるくらいが丁度良いとさえ思っていた。  だからこそ充希は疲れている。  羽目を外すこともできないし、ちょっとした気晴らしにも気を遣う毎日に。  一年前に購入したばかりのタワーマンションのエントランスに辿り着き、コンシェルジュからクリーニング済みのYシャツを受け取って部屋に急ぐ。 「……疲れたな……」  エレベーターでの呟きは本心からの物だった。  肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が体に留まり、排出されないまま濁って重たい澱となる。  こんな日は同居している幼馴染みに一日中構って欲しい。  幸い明日から二連休だ。まる一日を自分のために使ってくれないかと聞いてみようか――。  充希の幼馴染みの毒島蔵之介(ぶすじま くらのすけ)を居候と言う人も居るだろう。彼は仕事をしておらず、生活費も遊興費も充希がまるごと面倒を見ている状態だ。  幼稚園時代の記憶でも充希は蔵ノ助におやつを分けたり、クレヨンの金色や銀色を上げたりしていた。蔵之介が欲しそうにしているものがあったり、困っていたりすれば、食べ物でも玩具でも知識でもなんでも分け与えてきた。  そうして出来上がったのが、切っても切れない縁になったヒモである。  本人いわく、“みっちゃんの毒にも薬にもなる洗練されたヒモ”だそうだ。これを真顔で言うのだからしょうがない男である。  けれど、充希には大事な男だった。必要とする男だった。  充希が本当に大事なものは欲しがらないし、困っていれば助けに来るし、充希が欲しいものや言葉があれば惜しんだりしない。  蔵之介はそういう男だ。  鍵を開け、部屋の扉を開ける。目に入ったのは、充希より頭半分以上は大きい筋肉質で長身な男。  サイドを刈り上げたマンバンヘアと耳に幾つも穿たれたピアス、硬質の頬に線に沿う短い顎髭などが強面を演出するが、笑った顔は子供みたいに無邪気に見える。  コンシェルジュから充希の帰宅を知らされていたのだろう。蔵之介はドアを開けてすぐに蔵之介が両手を広げて待っていた。   「おかえり、みっちゃん。ご飯にする? お風呂にする? それとも俺?」  鉄板の問いかけだ。ただし新婚夫婦にありがちなという言葉が付くが。 「食事はしてきたし、まずは風呂かな」  充希の鞄とクリーニング済のシャツを受け取り、手早く片付けてた蔵之介が別の物を手にして再びにっこりと笑う。 「じゃあ風呂までどうやって行く? 口枷にする? 首輪にする? 尻尾にする?」  じゃらりと充希の前に心臓を震わせる道具が見せつけられた。  赤い色のボールギャグ、リードが着いた首輪、犬や豚の尻尾が着いたアナルプラグ――。  充希が弱くて、好きな道具だった。  

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