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第3話

 ぐらりと目眩がした。  蔵之介(くらのすけ)が手にした充希(みつき)を素に戻す卑猥な道具。  学生時代に起業して成功し、先見の明を持つ麒麟児と持て囃された充希は、常に周囲に気を張っていなくてはならない状況だった。  成功を収めているとはいえ、まだ若い会社だ。一つ失敗すれば負の連鎖で立ち行かなくなってしまう。最高責任者としてプレッシャーに耐える充希はいつもストレスまみれだ。  その充希を蔵之介は受け止めて、抱き潰して、充希の中に凝り固まった(ストレス)を押し出してくれる。  蔵之介の前でだけ、充希は誰に憚ることもなく自由でいられた。 「だいぶ疲れているねー、みっちゃん。みっちゃんは真面目だからなぁ」  玄関でへたり込んだ充希の頭を蔵之介がしゃがみ込み、幼子にするように撫でてくる。大きな手のひらの動きは優しく丁寧で、その手にボールギャグを持っていなければほのぼのとした光景だっただろう。 「大丈夫、みっちゃんのことは俺が一番がよく知っているからさ。ちゃんとデトックスしてあげるって」    ボールギャグを持ったまま、充希の頬を両手で包んで唇と唇を重ね合わせる。啄むような接吻は甘やかで労りに満ちていた。 「……蔵之介……」 「ん? どうした、みっちゃん?」  蔵之介の指の腹が頬の線をゆるやかに撫でる。擽ったいような刺激は、疲れていないときは心地よく感じて笑えたが、今日の充希は疲れ切っていた。  足りない。  この程度の刺激では、ぜんぜん足りない。  体の中に溜まって澱む、他人の期待や羨望、嫉妬や利用してやろうとする下心の感情に毒されて、身も心もずしりと重かった。  ――だから……。 「俺を、癒やしてくれ……蔵之介……」  ゼリーパック飲料を握って潰し、派手に中身を押し出すみたいに、どろどろになった全身の毒を吐き出させて欲しい。  疲弊して萎れてしまった充希を見ていた蔵之介の瞳が、急激に温度を失ってきゅうっと細く眇められた。 「そうだと思っていた……さぁみっちゃん、ちょっとデトックスしようか?」  耳元に金属の音が響いた。  先見の明がある麒麟児、若き成功者、時代の寵児と呼ばれた男が呼吸を乱しながらよろよろと廊下を四足で歩いていた。 「みっちゃんは有名になり過ぎだし、お陰で散歩もままならないんじゃ、そりゃストレスも溜まるよな」  手にしたリードを強く引きながら蔵之介が充希を見下ろしている。  リードは黒い革製の首輪に繋がり、その首輪を嵌めているのは四つん這いのまま犬みたいに歩く充希だった。  着ていたはずのオーダーメイドスーツは既に玄関で脱ぎ捨てたままだ。  一糸纏わぬ姿で四つん這いで歩く充希を、誰が新進気鋭のCEOだと思うだろう。  しかもリードを持つ蔵之介へ媚びるようにむき出しの尻を振っているのだ。  だが引き締まった臀部から生えるはずの尻尾がなかった。いつもなら犬や豚の尻尾が付いたアナルプラグを装着して身悶えているのに。  首輪とボールギャグは装着させられたからこそ最後のひと押しが足りない。充希は蔵之介の手で家畜の尻尾を着けてもらい、人権を放棄して惨めな気分になりたかった。  蔵之介が与えてくれない恥辱に尻が切なくて堪らない。 「みっちゃん、ぷりぷりと尻を振り過ぎじゃねえの? エアチンポで妄想セックスでもしてんの?」  堂々とした世間に向けた姿とは違い、充希はマゾヒズムの趣向を持つ男だった。  表向きの堂々とした顔とは天と地も違う充希の姿――それを知るのは幼馴染みの蔵之介だけだ。  そして幼馴染みの二人はうまい具合に趣向が合致し、蔵之介の方は充希好みのサディストだった。 「……んっ、ぐ……ッ」  口に嵌ったボールギャグのせいでまともな言葉が吐き出せない。  尻を振ってしまうのは蔵之介に構ってほしいから。蔵之介がみっちゃんと呼ぶ間は、サディスティックな振る舞いをしても蔵之介はセーブしているのだ。  気分次第ではそんなソフトな日も悪くない。だが今はもっと蔑まれ、性欲を受け止めるだけの家畜のように扱われたかった。  

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