4 / 5

第4話

 蔵之介(くらのすけ)が手にしていたリードを引くと、充希(みつき)の首輪が硬い音を鳴らした。首輪で頸動脈が圧迫されて苦しい。だがその苦しさが悦びに擦り変わり、悦びが快楽になって充希は陶然となってしまうのだ。 「駄目だよみっちゃん。メスチンポのヨダレで廊下を汚すなよ」  リズムを刻むようにリードを引かれ、首輪に当たる頸動脈が圧迫されて脳がくらくらする――苦しい……気持ち良い。  気がつけば先走りが廊下にシミを作っていたが、それを見咎めた蔵之介の大きな手が、容赦なく剥き出しなっていた充希の尻を叩いた。 「ん゛ひ、ッッ……ぃっ!」  尻肉を叩く大きな音が鼓膜を刺激し、鈍い痛みが尻から恥骨に伝わった衝撃で下肢が沈んだ。腰が下がったことで真っ赤になった亀頭が廊下をかすめる。その刺激だけで先走りはシミから小さな水溜りになってしまった。 「だから汚すなって」  充希の尻が掌の打擲で踊るように揺れる。叩かれるたびに肉が寄って尻の形が無様に歪み、充希の声も歪んで乱れていく。 「……ひ、ぎ……ぃッッ、ん゛ぁぁッ、あ゛ッ、ご、ごめ……ごめ、ん……ッ」 「ごめん? なぁ、みっちゃん? 言葉の使い方、それでいいわけ?」  一際大きな音を鳴らして尻の割れ目を叩いた蔵之介が呆れ果てた声で言った。  叩かれて真っ赤になった尻が震え、舌を垂らして呼吸を乱していた充希が、緩慢な動きで頭の向きを蔵之介の足元へ近づける。  そのまま蔵之介の足の甲に額を押し付けた充希は、恥も外聞もなくその場で土下座した。今の社会的地位を考えれば、充希は土下座どころか謝罪で頭を下げることも稀な立場だ。若者に支持される時代の寵児は少しくらい傲慢差を見せても、それが魅力の一つだと思われていたのだ。  できる限り体を小さく折り畳み、土下座しながら甘さを含んだ声で充希は蔵之介に謝罪した。  正確に言うなら、謝罪という名の媚態だったが。 「……う、ぁ……ろ。ろうか、を……み、充希、の……薄汚い、よだ、れ、で……汚して、しまって……申し訳……ございません、でした……ッ」  くぐもった声が蔵之介の足の爪先に触れる。少し爪先を上げ、器用に充希の下唇を突いた蔵之介の声は冷ややかだ。 「――充希って、人間なのか?」  蔑みを滲ませた口調にどうしようもなく充希の肌が歓喜で粟立つ。  人であること、それも成功者と看做される姿が、充希は窮屈に感じていた。  周囲の視線に腐心し、皆が求める社会的地位を持つ者としての姿を維持して取り繕うのは、それなりに苦痛を伴う。  だから充希は震えながらも言葉を口にする。  人としての尊厳を自ら放棄する言葉を――。 「わ……わたし、は……ッ、い、卑しい、……家畜……です……ッ」 「そうだよな、充希は家畜以下のマゾ家畜だな。マゾ家畜が偉そうに人間のふりをして恥ずかしかっただろう? 思い上がった態度を謝るべきじゃないかな?」  充希の体の中に猛毒(ストレス)がある。持て囃されるほどに毒は濃度を上げて限界だった。  膨らんで痛む膿を切って押し出すように、蔵之介が切っ先となって充希の毒をぷつりと刺す。 「……卑しい、家畜……ごとき、が……、に、にんげん、さまの……まねを、して……申し訳……あ、ありません、でした……ッ」 「そうだな。人間の皮を被ったマゾ家畜が、よく人前で講釈を垂れたよなぁ。……なぁ……今、ここに、充希の人権は必要?」  ゆっくりと額を押し当てていた蔵之介の足が引き抜かれてる。だがその足は、蔵之介の親指が充希の鼻の辺りで不意に止まった。蔵之介の足の親指が持ち上がり、頭を下げたままの充希の鼻先に触れる。  蔵之介の親指が充希の柔らかな鼻先を押し上げた。  土下座で頭を伏して充希の顔は見えない。だが状況は分かる。  端正な優男ぶりだった充希の顔。だが鼻先を持ち上げられれば、それは、その姿はまるで――。 「……ッ、い、いいえ……ッ! わ、……私、は……家畜、です……! 人権、の、ない……ま、マゾ豚……です……ッ!」  

ともだちにシェアしよう!