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第23話甘い噂【1】

 クライノートの助言を受け、リヒトに褒美として頼んだのは大剣だった。  成長したギルは周囲より一回り背が高く、ゲーニウス内でも目立つほど逞しい身体つき。ギルの筋力に剣が保たず、斬り合いの最中に刃が破損してしまうことがしばしばあった。  大剣に持ちかえ、剣が折れる心配も失くなったギルは、水を得た魚のごとく国境を侵す敵騎士を(ほふり)りまくる。  憂いの取れたギルの活躍は凄まじく、翌年には、先鋒隊を担う小隊を任されるまでに力をつけていた。  意気揚々と侵入してきた敵軍は、大剣を振り翳して立ち塞がるギルに八割がた士気を下げる。大半が怯んだ騎士の集まりなど取るに足らない、後ろに続いた優秀なゲーニウスの騎士たちで一掃(いっそう)する。  偽貴族のくせにとギルをやっかむ者も、戦場でのギルの勇姿を見れば一人残らず口をつぐむ。威張(いば)らず気取らない性格も手伝い、小隊長としても慕われ、ギルの小隊に入りたいと志願する騎士も増えた。  順風満帆。まさにそんなギルであったが、一抹の懸念が心に棲みついていた。国境の激戦地を転々とするギルの元には王宮の様子は耳に入らない。  赤子がどうなったのか。無事に生まれ、今も生きているのか。関係がなくなったとはいえ、何もなかったかのようには思えなかった。  そしてそれ以上にギルをやきもきさせたのは義理の父となったリヒトと、義理の兄となったクライノートの関係だ。  その日、ギルの小隊はヴィエボの国境線最大の要塞地点、『アスピダ城砦』に緊急配備されていた。この地には総司令官の本部が置かれ、クライノートが駐在している。      ギルは到着した晩、騎士寮の食堂にて根も葉もない噂がまことしやかに囁かれているのを耳にしてしまったのだ。  遅い時間にギルが一人で食堂に入ると、ギル以外には見知らぬ顔の騎士が三人いた。見たところ年上騎士の二人が、年下の騎士をいびっているのだろう。泣きぼくろが印象的な茶髪の若い騎士が、やけに恐縮した様子で二人に囲まれていた。  静かな食堂内では、ひそひそと会話をしている声が漏れて聞こえてくる。ギルは気にせず食事を開始し、ぴたりとフォークを持つ手を止めた。  途中から変わった話題の内容に、リヒトとクライノートの名前が含まれている。 「トルネオ様、あっち」  若い騎士を囲んでいた一人がギルに気が付き、こちらをチラッと見やる。トルネオと呼ばれた騎士は気まずい顔をした。  年上騎士の二人はギルから見て年齢はさほど変わらないように思えるが、ギルはしばし返答に迷った。  アスピダ城砦に配置される騎士は高位貴族出身が半数を占めていた。  高位貴族の男子は殆どが高等士官学校をパスしてから騎士になる過程をとる。ヴィエボ国内には軍学校が三つあり、その中で高等と名のつくものは一つのみ。卒業すれば最短で出世コースに乗れる。  そういった輩は、だいたい軍服に軍校時代のバッジをつけている。入学条件に学校への多額の寄付が義務づけられているため、金持ちの家柄であるという証明とステイタスになるからだ。トルネオの軍服にも、やたらと鼻につく位置に留められた金のバッジが目に入った。もう一人は「トルネオ様」と敬称をつけていたので、家柄が貴族とそれに仕える士族の間柄なのだろう。 「構わないです、続けてください」  トルネオともう一人の騎士は「いや、さすがに」と目を伏せていたが、ギルが意に介せず食事を再開すると、いそいそとギルの隣の席に場所を移してきた。泣きぼくろの年若い騎士はギルに関心が移ったことで、逃げ出せたようだ。 「何でしょうか」  話しの内容を詳しく聞いていたわけではない。何用で二人がそばによって来たのか、ギルには理解出来なかった。 「いやあ、今聞いたんだけどね。君は知ってるのかなぁって思って」 「父親と兄貴がそうゆう関係なのって、どんな気持ち?」  聞いたんじゃなくて、無理やり言わせたんじゃないか? と内心で思いつつ、ギルは首を捻る。 「そうゆう?」  エリートともあろう騎士二人は品性のかけらもない低俗そうな顔でにやにやする。 「おいおい、しらばっくれんなって」 「ブリュム公爵は、頻繁に総司令官に会いに来てんだよ。蜜月(みつげつ)ぅ~って感じの甘い雰囲気だったらしいぜ?」  ギルは絶句した。わざわざ教えてくれたということは、どうやらこの二人はちょうどいいから噂の真偽を確かめてみようという結論に至ったのだろう。  士族騎士でいえばギルよりも格下であるにも関わらず、二人とも完全にギルを下に見ているのがわかった。 「環境が環境だし男が相手なのはいいとして、血の繋がった実の親子はないわ、若干引くな」  ギルはなんとか出そうな拳を押さえた。隠す必要のないギルは表立って養子とされているが、出自を明かせないクライノートはリヒトの実の子であると公表されているのだ。 「で、実のところどうなの?」  二人共が興味津々に身を乗り出している。 「・・・・・・義父と義兄は確かに仲が良い方です。ですが親子の範囲内であるかと思います」  当たり障りない答えにトルネオは舌打ちをする。 「つまんないな」 「トルネオ様、言いつけられたら大変ですよ」  ギルの内心は穏やかではなかった。早くその場から立ち去りたくて、ソテーの肉を刺したままフォークを置く。 「ご心配せずとも言えませんよ。俺はもう行きますので」  ギルはそう言い残して足早に席を立った。「実のところ」とにじみ寄られ、核心をつかれた気分になったのは言うまでもない。  出逢った当初から縮まらない義家族との距離感は、七年経った今も変わらずだ。だが自身が感じているような疎外感(そがいかん)を、皆も感じているのだとこれで判明した。  リヒトとクライノートは二人だけの特別な空気に包まれている。  ギルは部屋に戻り、ベッドに身体を投げた。考えたくないことだが、家族と言っても義理で血の繋がりもなく、はたから見れば他人同士、百歩譲って義父と義兄が深い関係でも受け入れられる。  しかしながら、ギルがやきもきしていた理由はそこだけではなかった。  そうじゃない可能性はどうだろう?  親密な時間を過ごすのに別の理由があったとしたら。  ずっと引っかかっていたことが脳裏にチラついた。考えないようにしていたことが炙り出されていく。 『都合悪く王宮に立ち入ってしまった者には忘却術をかけているが万全じゃない』  王妃が身籠られていた頃にリヒトが言った言葉だ。     ———では、その忘却術は誰がかけていた? クライノートは国境地を離れられない。  やつれていたリヒト、頻繁に会っている二人。バラバラのピースが乱雑に組み合わされる。 「・・・・・・・・・くそっ」  ギルは枕を殴りつけた。頭の中で出来上がった回答案はあまりにも馬鹿げていて、けれど正解だとしたら・・・・・・、そうする理由は安易に想像がついた。  ギルは何も言われない苛立ちよりも、必要とされない己れの不甲斐(ふがい)なさに泣きたくなった。

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