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第26話甘い噂【4】

「・・・・・・はあっ、クライ、()けそうかい?」 「ああ・・・・・・あと少し」  激しく突き上げながらクライノートは何度も浅く息を吐く。 「・・・・・・・・・っ、ぐるるっ、そろそろだリヒト!」  クライノートが歯を食いしばり、うなった。 「あ、あああっ、してっ、ちょうだい」  その直後クライノートの腰に力がこもり、尻尾の毛がぶわわっと逆立った。眉根に皺が寄っているが、気持ちがよさそうに耳がぴくぴくと震える。  クライノートは腰を数回突き上げ、吐き出した精液を奥へと押し込んでから引き抜いた。 「んああ———・・・・・・」  リヒトはかすれた声をあげる。 「大丈夫か? 何度もやると疲れるな」  クライノートはリヒトの頬をくすぐり、くあっと大きな口で欠伸をした。そのころには眩いほどに光り赫いていた太陽色の瞳は元に戻っており、眠たげに巨軀(きょく)をシーツに投げ出し、尻尾の先を機嫌良く揺らしている。 「ギル、わかった?」  愛おしそうに腹部を撫で、リヒトは問いかける。 「・・・・・・あ、え、わかりません」  ギルは咄嗟にそう言った。なんとなく分かっていたが、口に出すのは(はばか)られる。 「そう、んー、仕方がないね」  リヒトは怪しく笑い、自身の尻の窄まりに指を突き立て、くちくちとかき混ぜた。 「わ、ああっ!」  ギルは手で顔を覆おうとして目を見張る。二本の指先で広げられた窄まりからとろりと溢れ出てくる白濁液に、クライノートの汗の玉と同じ光が混じっていた。 「ふふ、こうやって精液を介して魔力を注いでもらう・・・・・・ごぶっ」  クライノートが苦笑いでリヒトの口を塞ぐ。 「嘘をつくんじゃないぞ。それはお前の変態的妄想だろうがっ、そんなことでもギルは信じるんだよ」  お口をチャックさせられたリヒトは大人しくクッションを抱いて寝転んだ。クライノートの尻尾を弄び、悪びれる様子はなさそうに思える。 「性交は魔力を渡す準備のうちだ。魔力を分け与えるには最初に高めておく必要がある。高めるっていうのは放出する魔力を凝縮(ぎょうしゅく)するって意味なんだが。この時に凝縮した量が流れていくから、できるだけ高めてやった方がいい。俺たち魔法族の魔力が最も強まるのは感情が高ぶった時だ。乳幼児期の暴発もそこから引き起こされる。感情の高ぶり——興奮が最高潮まで高められるのは、男なら射精する瞬間だろう?」  にやりと笑ったクライノートと目が合い、ギルはかあっと頬を染めた。 「ふ、なんだ、()いやつだな」  クライノートは愉しげに笑いながら、喉をゴロゴロと鳴らす。 「俺のことはどうでもいいですからっ」 「は、照れるな、照れるな。それで、なんの話だった?・・・・・・ああ、手順だったな。渡したいぶんだけの魔力を高めたら、達する瞬間に術をかける。印が刻まれるときに魔力が自然と流れ込むというからくりだ。俺はこれが一番楽だからこのやり方だが感情が高ぶるならなんだっていいんだ。あと忘れてた。人間は魔法族と違って魔力を身体に留めておけないから、印を維持するのにも定期的にかけ直してやらないといけない。今みたいに」 「・・・・・・へえ」  都合の良い言い分にも思えるが、そうなのだろう。  ギルは赤みの残る頬を隠しつつ、リヒトがクライノートの頭を自身の膝の上に乗せようとしているのを見ていた。  膝枕をしたクライノートの猫耳を掻いてやりながら、リヒトは物憂げな顔をする。 「魔法を発動させるときにはすこしコツが必要で、魔力を高めやすくするために一人一人クセみたいのがあるんだって。クライの場合は目にぐっと力を込めるでしょう? 瞳に光が集まるようで、私はそれがとても好きだ。私が幼い頃からとても好きだった」  ギルは瞠目し、「なんだって?」とリヒトに聞き返した。  リヒトはにこりと笑う。 「クライノートは私よりもずっとずっと年上だよ」  ご冗談をと、言いかけた言葉はギルの喉を通る前に吸い込まれた。  ・・・・・・これも、魔法だろうか。  ギルは何故かそうであって欲しいと思った。  にこりと微笑んだリヒトの顔が、笑っていたのにアンバランスで、とても物悲しく映ったからだった。  今思えば、ギルの本能が危険信号を出していたのだ。  ギルは気づくことができなかった。  ギルも、そしてクライノートまでも、リヒトの手の上で転がされていただけだったのだから。   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  翌日にリヒトはアスピダ城砦を去り、王都に戻った。  ギルはリヒトを見送ろうかとも思ったけれど、クライノートに付き添われて馬車に乗り込む姿を遠目に見つめただけだった。  二人の親密な後ろ姿を見ていると、どうしても声をかけられなかったのだ。  その日のギルは非番だった。  気取られる前に二人のそばを離れ、外の空気を吸いながら馬車が遠ざかるのをぼんやりと眺めていた。  城の吹き抜けのテラスは、風が吹いて心地よい。雇われの使用人がテーブルに気持ちばかりの花を置き、紅茶を運んできた。  ギルは「ありがとう」と礼を言うと、ひと口すする。  渋い。どの茶葉を選べばこうなるのかと呆れるほど、はっきり言って不味(まず)い。たまらず「スティ!」と自身の執事を呼んでしまいそうになった。  初日はこれを貴族育ちに出すのかとひやりとしたが、案の定、不人気らしく、常駐貴族騎士が寄り付かずにいて居心地がいい。この場所だけが男世帯でむさ苦しい要塞で唯一の風通しが良い場所だ。  ギルが考え事に耽って小一時間、テラスに繋がる階段を駆け上がってくる足音が耳に入り、緩く振り返る。 「オウグスティン小隊長!」  自分を呼びに走らされたのはギルより二、三は年若い騎士だった。  茶色の髪を綺麗に撫でつけた髪型は清潔感があり、好印象をもてる。鍛えている騎士にひょろひょろしている奴は見かけないが、彼は均整が取れて引き締まっているせいか細くスタイルがよく見える。  印象的なのは、押しに弱そうな飴玉みたいな水色の垂れ目の下に泣きぼくろ。  飢えた狼たちに真っ先に尻を狙われそうな顔立ちだ。昨日あれを見せつけられた後だからか、無駄にそっちの想像力が逞しくなる・・・・・・。入隊式からしばらく経つから、もう唾をつけられた後かもしれないな・・・・・・。 「全隊に招集がかかりました。すぐ来て下さい」  ギルは慌てて思考を軌道修正する。  順番で回ってくる非番の日は、槍が振ろうが敵襲があろうが、特別人手が足りない時以外は自由に時間を使える。しかし早々に招集を喰らうとは、どうやら今日はツイていないようである。 「ああ、今行くよ。アクセンは何処に?」  副官のアクセンについて聞くと、新入りは肩を緊張させ、やけにおどおどした態度を取った。 「副官は何処に?」  わからないのかと言い直してやると、ハッとした顔をする。 「・・・・・・はっ、副官なら、先に総司令官のもとに」  こちらからした質問も返ってきた答えも普通のことだ。  直立不動の姿勢で目を泳がせる彼の態度が気になる。 「君はここの新入りかな? どうしたの、俺が怖い?」 「はっ、はい、いえ、・・・・・・あの、小隊長は、かの有名なブリュム公爵様のご子息とお伺いしました。総司令官とはご兄弟でいらっしゃるとも。自分は、その、下位騎士の家系で、ゲーニウスに入隊できたのも奇跡同然だったのです。なので、上位貴族の隊長と目を合わせるのも恐れ多いと言いますか・・・・・・」  ギルは溜息をつきたくなった。要らないところが伝わり、重要な部分が抜けている。 「俺は自分がお偉い貴族だなんて思ってないよ。実際、違うしね。平民から公爵様に引き上げられた、運が良かっただけの男だよ。君こそ、身分に関係なく実力で選ばれたんじゃないか。素晴らしいことだ。自信を持った方がいい。えーと、あ、君は」  目元の泣きぼくろに、ギルはピンときた。 「君を食堂で見かけたことがあるな。あの後はいびられてない? 大丈夫だった?」  若い騎士は目を見開き、小さく頷いた。 「そう、良かった。君名前は?」  ギルが微笑むと、消え入りそうな声で呟く。 「ユーリ・エヴァンソンと申します」 「じゃ、ユーリ、俺は総司令閣下のところに行くから、君は戻って命令があるまで待機を。伝令ありがとう」 「は・・・・・・、はっ!」

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