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第27話後悔と約束【1】

 ギルが軍議室に入って行くと、クライノートが直属の部下に囲まれ、神妙な顔つきで目を(つむ)り考え込んでいた。  卓上には近隣諸国を標した地図がある。そのうちで副総司令官を務めているメギエ・デスバーニがギルに気が付き、クライノートに耳打ちをしてくれた。  メギエは野生的な外見のクライノートとはかけ離れた、文官よりの堅実そうな印象の騎士だった。直接会話を交わすのは初めてで、ギルが敬礼の姿勢を取ると、几帳面な性格なのだろう、律儀に返礼の姿勢を取ってくれ、その際には十本すべての指が爪の先まで綺麗に手入れされているのが見受けられた。 「また死霊使いですか?」  クライノートは眉間を押さえて首を振る。 「窓の外を見てみろ、西の方角だ」  軍議室にはごく小さな小窓があるだけで、数名の騎士らがぎゅぎゅう詰めになって目を凝らしている。  副官、アクセンの姿もあった。  ギルは中に混ぜて貰い、外を覗いた。遠く、よく見ないとわからない大きさ。小さな点が三つ、空をぐるぐると旋回している。 「あれは何ですか?」  ギルの問いかけにアクセンが口を開く。 「ロック鳥、ルフとも呼ばれるようです」 「鳥?」  聞いたことのない名の鳥だった。  どの騎士も首を傾げている。 「しかしあれが何なのでしょうか?」  一人が発した声に皆が頷く。空を飛んでいるだけの鳥がヴィエボ国に害を及ぼすとは思えない。 「鳥は今、隣国の王都上を旋回している」  そう答えたのは、メギエだ。 「隣国・・・・・・王都?!」  集められた騎士らは示し合わせたかのように騒めき出す。それもそのはずだ、隣国は広大な面積を誇る国で、国境線から隣国の王都までは百里。早駆けさせた馬の足の速さで通常、四日ほど。それが肉眼で捉えられているということだ。 「ロック鳥は、象を三頭持ち上げられると言われている化け物のような鳥だ。その怪鳥の背中に人の姿が確認でき、一羽につき小隊クラスの人数が乗っていると思われる。そうですね、閣下?」  その通りだと、クライノートは淡々と述べる。 「・・・・・・隣国の王都が攻撃を受けているということでしょうか?」 「いいや、何もされていない。飛んでいるだけだ。可能性の一つとして、アイツらの狙いはヴィエボ国ではないだろうかと考えている」  頭痛がしそうになる。  あれに突っ込んでこられたら、止める手立てはない。 「なぜっ!」 「何のために?」 「そんなの決まっているだろう! ヴィエボを滅ぼす気だ・・・・・・っ」  口々に(おそ)れを成した声が上がった。  クライノートはぎりりっと唇を噛み、地図の端から端まで何度も目を走らせている。 「追い払う策はないのですか?」 「わからない、そもそも奴らは何処から来たのか」  クライノートは眉間にあった手で首元を押さえた。その仕草から答えが良くないことであると伝わってくる。八方塞がりで苛立ち、今にも唸り声を出してしまいそうなのかもしれない。 「・・・・・・通常、ロック鳥や魔獣の類いは人間には懐かない。あれを操るには、近しい種の獣人が意思疎通をはかるか、魔力を元にしてやっている。先の死霊使いも魔力が原動力だ。魔力を持つのは魔法族、魔族、妖精。妖精は二種いるが、ここでいう妖精はエルフと呼ばれる種族のことを示す。もう一方は使い魔たちだが、そいつらは力の源が違う。普通はそこからだいたい国は絞れてくる」  普通は、とわざわざ付けて言ったということは、普通ではない状況だと言いたいのだろう。 「ここ一年、襲ってくるスパンが短すぎるんだ」  ギルは「ぐるる・・・・・・」と唸った声が聞こえた気がして、大慌てで咳払いをした。 「ごほっ、クラ・・・・・・総司令官、詳しくお願いします」 「じゃあ質問だ。わかるものがいたら挙手しろ。人間よりも優れた力を持っているはずの国々と、我々人間国が拮抗(きっこう)出来ているのは何故だと思う?」  室内が、一様に静まり返る。 「誰も分からんか。では答えを教えてやろう。魔力を使う種族は基本的に非力なんだ。何でもできると思われがちだが、一秒の油断が生死を分ける戦の場にはむかない。大きな事を起こそうと思えば、それは当然に消費する魔力とイコールだ。集中力も技術もいる。イメージとしては砂粒で巨大な城を創り上げるようなもの。さらに創り上げたそれを刃のように奮おうとするならば、加えて緻密(ちみつ)なコントロールを必要とする。こちらはスプーンに水を並々入れて、一滴も零さないように戦えと言われるようなもんだ」  周りの騎士らはポカンとしているが、ギルには何となく理解ができた。どれだけ大変なことなのかは、リヒトのやつれ具合が物語っている。 「だから結局は直接武器を取らざる得なくなり、魔力の使い道としたら、遠くからアンデッドを差し向けるような姑息(こそく)な方法しかない。それも戦の規模で一度やれば、身体は精魂を根こそぎ抜かれて動けなくなる」  クライノートの言うように、魔力を使った攻撃を一度受ければ、同じ国からの襲撃はひと月は間が開くと考えるのが定説。 「・・・・・・それを、(まれ)に天才がいたとしても、軍隊レベルで育て保有している国なんて存在しない。かつては・・・・・・いや、しかし今はないだろう・・・・・・と信じたい」  クライノートの声は頼りない。 「彼らは我々の知らぬ異国の戦闘員だと、理解しておけば宜しいでしょうか」  メギエが全騎士の疑問を代弁する。 「それが断定できぬ。やつらは一切、武器を所持していないと見えるのだ」  クライノートが答えると、室内には安堵する空気が広がった。 「それならば襲うつもりではないのでしょう」 「そうか? それが不気味(ぶきみ)ではないか。お前はあれが旅人に見えるのか? たとえそうだったとしても、お前は協定を結んでいない国に丸腰で飛び込めるか?」  一瞬にして場の空気が凍った。  この頃、国の行き来は自由ではなかった。協定がない国へ行き、敵と判断されて処刑されても文句は言えない。  ギルはクライノートの言わんとしていることをひしひしと感じた。あれが全て戦闘に長けた魔力持ちだとしたら恐ろしいことだ。  争いを重ねている周辺国で異種族が統治する国は十四のうち、六つ。魔族、エルフが統治している国、移住民の中に魔族やエルフがいる国、クラノートのように魔力持ちの血が入り混ざった者がいる国、この頃において戦場で魔力が使用されたと記録にあるのは六つの国の中でさらに絞れて四つ。  死霊使いを送り込んだのも、そのうちの一国ではなかったのだろうか。そういった魔術が使える者がいると、記録で見た記憶があったが。 「で、でも、総司令官は詳しいですね。総司令官がいてくだされば良い結果になると信じられます」  その場の同席者たちはクライノートの知識を絶賛し、ギルは冷や汗をかく。  クライノートはギルの心配など他所に、表情一つ変えず「常識だ」と言い放った。 「お前たちも上に行きたければ、もう少し勉強しておくんだな」 「はっ! 申し訳ありません」  取り越し苦労のようで、ギルはホッとしつつ苦笑いする。  当たり前か・・・・・・、クライノートともあろう男がうっかりで話を進めるわけがない。 「総司令官、ちょっと宜しいですか」 「なんだ」  ギルが視線で外を示すと、クライノートは周囲に聞かせられない内容なのだとすぐに理解を得た。メギエに一言二言言葉を交わし、ギルの後をついてバルコニーに出る。  怪鳥がぐるぐると旋回を繰り返す、気味の悪い空をバックにギルは声を潜めた。 「クライ、王宮の子どもの暴発はないんだよな?」  やや間を置き、クライノートは口を開く。 「・・・・・・落ち着いていると聞いている」 「聞いている?」    クライノートは気難しい顔になった。 「今、俺は王宮に立ち入れない。禁じられている。子どもと接触させたくないのだろう」  不服と言いたげな声だ。  罪を犯した身でもないのに、理由があるとはいえ一方的に禁じられたのだ。そういえばクライノートはイーノク王太子とも仲が良さそうだった。王宮に出入りを禁じられているということは、彼とも会えていないことを意味する。 「いきなり何故だ?」 「ああ、ここに来て思ったんだけど、近頃の敵襲は、王宮の子どもの魔力が国外に漏れて、同じ力を持つ者たちが引き寄せられているんじゃないかと思ったんだ」  クライノートは眉根を寄せ、考え込む。 「ふむ、確かに一理あるな。だが、どうだろうか・・・・・・あんなでかい鳥を操れるなら、あの場で立ち往生せずに王宮まで飛んでゆけば良いであろう」  それはそうだ。  ギルも共に考え込んだ。 「じゃあ、狙いはここ?」  アスピダ城砦、———もしくはクライノートか。

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