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第28話後悔と約束【2】

 どうも引っかかった。  腹の中の子どもの魔力を実際に体感したから分かる、昨晩クライノートから感じた魔力は、あの時の子どもの力に遠く及ばなかった。周辺国からも同様の力が放たれているのに、たった一人の、クライノートの魔力が漏れるなんてあるのだろうか。 「意図的にここにいる・・・・・・」  自分で言い、まさかと首を振る。  しかしクライノートはギルの言葉に賛同を示した。 「狙われているのは俺か」 「どこから? 誰が?」  ギルは半笑いになる。 「そうか、ギルにはヴィエボ国に伝わる言い伝えの話をしたことがなかったな」  ———古く、ヴィエボ国は魔法大国として栄華を誇っていた。その類稀(たぐいまれ)な魔法の力を持ってして、他国を圧倒し、領地を奪った。  やがて善悪の境界線は曖昧となり、国の心は黒く染まった。人の命を軽んじ、弄び、殺したのだ。  しかしある時天罰が下った。争いの火種は内から燃え出し、国を焼いた。  このままでは国は焼け朽ちてしまう、王は魔法の力と引き換えに国を蘇らせることを選んだ———。  何をどうやったのかは、記録に残されていない。しかしその後、ヴィエボ国では王族以外では魔法族は生まれなくなった。  魔力持ちは、魔法国時代の王の血が蘇ったものだとされている。  魔法が国を滅ぼす元凶であると、古い歴史を持つ家柄では言い伝えられている。そういった家系の子どもは、魔法族に悪い印象を持って育つ。  クライノートの話は信じがたい内容だった。 「中には暗殺を仕掛けてくる過激な派閥もある。俺の一族もそれでな」  ギルは言葉を失った。 「は、どうしてという顔をしているな? それはな俺の一族が魔法国最後の王の末裔、王族本家だからだ。今の王家はもともとは分家系。もうかなり前の出来事になるが。どの時点で入れ替えられたのか、国民には知らされていない。俺は父が獣人の娼婦に生ませた子どもで、王宮に住むことを許されてなかったおかげで助かった。王宮に住んでいた一族は乳飲み子もろとも惨殺されたそうだ」  クライノートは続ける。 「オウグスティン家は古くから王家に可愛がられていた家臣の家柄だ。表向きは入れ替えられた王家に従順に仕えていても、本心では本家への、魔法族への忠誠心を持ち続けてきた。その姿勢が今も受け継がれ、代々オウグスティン家の子が護衛騎士を担ってきた。しかしリヒトは独り身で子どもがおらず、俺の他に家族もいない。そこで、お前に白羽の矢が立ったということだ」  そこまで言い、クライノートの顔が和らぐ。 「だがな、王族の中に魔法族に敵対心を持っている者はいないんだ。魔力として力が現れ出なくても、血の中に魔法族の誇りが色濃く残っているからだろう」  平民にこの事実が伝わっていないのはギル自身が身をもって知っている。  となると。 「ヴィエボ国内のどこかの貴族か士族が、クライの正体に気がついた。そして他国に情報を流した」 「そう考えるのが妥当(だとう)だ」  これで繋がったのか、いや、繋がっていない。  ・・・・・・これでは、すっきりしない。 「他国の者がクライを殺したい理由は?」 「単純に報酬に釣られたか、もしくは・・・・・・」  クライノートは言葉を濁す。  ギルが「何?」と詰め寄ると、「一番最悪な推測だが」と顔を曇らせ、「一番ありえる」と曇天のような暗い声で切り出した。 「魔法族の国はヴィエボだけじゃない。かつてはヴィエボ国と敵対し、敗れ、滅亡まで追い込み、地図から消えた国がある。国は消えたが、国外へ逃れた者は当然いただろうと予測できる」  ギルは血の気が引いた。その者たちからしたら、当時の王の末裔であるクライノートへの恨みは相当だろう。 「でも、本気でやる気ならとっくに来ていると思わないか?」 「何かのタイミングを狙っているとでも?」  その時、メギエが走り込んできた。 「動き出したか?!」  クライノートがサーコートを翻して戻ろうとすると、メギエは落ち着き払って首を横に振った。 「いいえ、何もせずに帰って行きました」  ギルは弾けたように空を仰いだ。  小さな三つの点は遠ざかっていく。  だがクライノートは目を凝らし、舌打ちをした。   「くそ! やられた。あれは我々の注意を惹くための囮だ」 「え?」 「双眼鏡を持ってきて見てみろ、大勢いた人の姿が消えている。幻術にはめられた」 「メギエ! 俺は今すぐ王宮に向かう、ギルお前はいっしょに来い!」  ギルは言われるがままに馬に飛び乗り、王都まで早駆けをさせた。 「馬に魔法をかける、振り落とされるなよ」  クライノートはグッと眼力を込めた。  眩しいくらいの瞳の赫きが馬の脚に伝播する。すると馬の一蹴りが十倍の威力に変わり、段違いに駆けるスピードが速くなった。  周りの景色が矢のように流れて見え、ギルはひたすら手綱を握り締め、舌を噛まぬように歯を食いしばった。  魔法の効果は絶大だった。日数を二日から半日に短縮し、二人はその日のうちに王都に到着した。しかし下馬した途端にクライノートは雪崩れ込むように膝をつく。 「クライ、休んだ方が良くないか?」 「そんな時間はない、何のために無理して急いだと思ってる・・・・・・っ」  クライノートから感じる気迫は恐ろしいものだった。ベッドに放り込んだとしても、這いつくばってでも行くといいそうだ。 「もうわかったよ、けど、まずは説明して欲しい」  クライノートは苛々と口を開く。 「幻術は魔力を人の精神に作用させているから、近くにいないとかけられない。・・・・・・あの距離を飛んでいた鳥の上からなんてどんな腕のいい魔法使いでも無理だ」  クライノートの気力は充分だが、やはり魔力を消費した影響は大きいのか、喋りながら何度も息継ぎをする。 「・・・・・・アスピダ城砦の敷地内に潜んでいたに違いない。そんなに近くにいて、俺が今も生きてるってことは狙いは俺じゃない。・・・・・・だとしたら、もはや狙いは王宮にしかいないだろうっ」 「おーけー、じゃあ俺がもう一走りしてくるからクライは五分だけでもいいから休んで」    クライノートは眉根を寄せる。その顔は、「本当にわかっているのか?」と言いたげだ。  事の重大さなら、わかっている。  ギルの手は汗でびっしょりで、震えていた。  これは爪が食い込むくらいに手綱を握り締めていた後遺症かもしれないけれど・・・・・・、魔力を使い果たして倒れそうなクライノートを見れば、どれだけまずい状況なのかは理解できる。 「王宮には、義父さんがいるよな? 伝えに行けばいい・・・・・・」 「リヒトは王宮にいない」  ギルは思考を巡らせて、はっとする。 「途中で追い越した?」  クライノートは息を整えながら頷いた。 「そうだ、俺たちで子どもを護る」  そう言うと、行くぞと足早に歩き出す。 「休んでいかなくていいのか」 「もういい、俺を誰だと思ってる」 「・・・・・・あ」  ギルは口を抑えた。どこかで聞いたようなセリフだ。  イーノク王太子殿下は、よほどクライノートがお気に入りだったらしい。 「笑っている場合じゃないぞ、ったく、さっさとついて来い」 「すみません」  ギルは笑いを噛み殺し、大股で歩くクライノートの後に続いた。  クライノートはギルの知らない道を進んだ。  彼いわく、外から王宮内に繋がっている地下通路があると言う。魔法族だけが通り抜けられる秘密の抜け道とやらだ。  ナパ運河沿いのある地点でぴたりと止まり、堤防(ていぼう)の壁をジッと睨みつける。クライノートが手で壁を探り、「ここだ」と眼力を込めると、何もなかった場所に小さな扉が浮き出てきた。大人が通るにはやっとの大きさで、ギルは肩を縮こませて身体を中に押し込む。  隠し通路は薄暗く、壁には燭台が一列に並んでいた。階段をくだった覚えはないが頭上を水路が流れており、地下にいるのだとわかる。  恐ろしいまでの威圧感に包まれているものの、クライノートはなけなしの魔力を絞り出したせいで身体を引きずるようにして歩いた。黙ってついてゆくと、唐突に立ち止まり、ギルの前で「ふぅ」と息を吐く。 「もし、これで倒れたら、あとは頼んだぞ」  そう言い、グッと目力を込める。するとギルが「え?」と言い返す間も無く、壁にかけられた燭台の灯火が咆哮を上げた。  ギルは蝋燭を凝視する。二本の燭台の灯火は生きているかのごとくグルグルと唸りをあげ、ふたたび大きく咆哮を上げたとき、炎が一気に燃え盛った。二つの炎が合わさって獅子を形どり、大きな口を開ける。  その向こうにあったのは上へと続く螺旋階段だった。 「こいつの口を通るのか?」  あまりの驚きに声を震わせると、クライノートは「そうだ」と(かす)れた声で頷く。 「高台の内側に作られた階段だ。この階段が高台の上に建つ王宮に繋がっている」  途中で幾度か同じことを繰り返し、似たような階段をひたすら登る。ギルが行き先に不安を覚えたころ、獅子の口の奥に見覚えのある王宮の回廊が見えた。  覗き見える王宮内にとくだん変わった様子はない。クライノートが一歩前に足を踏み出したのを見て、ギルは静かに胸を撫で下ろした。  ホッとしたその瞬間、背中に何かが触れる。 「———!」  一瞬何が起きたのか、頭で理解ができなかった。  ギルは何者かに突き飛ばされ、獅子の口から王宮内に弾き出されていた。

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