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第1話
チュっと音を立てて、最愛の恋人の頬にキスをして、羽小敏 は身を起こした。
ここは羽小敏の名義の高級アパートで、広い寝室に、大きなダブルベッド、最上のコットンのシーツとカバー…。何もかも、小敏が恋人の優木真名夫 と心地よく過ごすために選んだものだ。
そして、今夜はそれを大いに活用し、満足している小敏だった。
「どうした、シャオミン?」
激しい行為の後、疲労を隠せずに眠り込んでいた優木だったが、小敏に起こされて時計を見た。
「まだ日付が変わったばかりだぞ。朝まで寝させてくれよ~」
若い恋人に振り回され、すっかり疲れ果てている優木は、眉をしかめて小敏に抗議した。それでも、声は穏やかで、本気で怒っている様子は無い。
「だって~。お腹空いたよ、優木さん」
ふっくらとして、とても色気のある唇を尖らせ、小敏は人の良い恋人に甘える。
「ったくもう、若い子は仕方がないなあ」
疲れているのに、目をこすりながら優木も起き上がり、一糸纏わぬ美しい小敏を抱き寄せた。
「こんな時間から食べるのは、体に良くないぞ」
そう言って、触れるだけの軽いキスをして、優木は優しく微笑み、ベッドから下りて、脱ぎ捨てたパジャマを拾い上げた。
「んっと…。前に優木さんが作ってくれた、温かくて、細い麺の…」
「ああ、にゅう麺?」
あっさりした和食が、すっかり口に合うようになった小敏に、優木は苦笑する。
「うん、それ。にゅう麺が食べたい。優木さんが作ったにゅう麺が大好きなんだもん」
「はいはい」
可愛い恋人に逆らえず、寝室を出てキッチンに向かう優木の背中に、声を出さずに「大好き」と叫ぶ小敏だ。
父・羽厳 の冷ややかな態度にもめげず、むしろ敬意を見せるような優木に、小敏は惚れ直した。父親が何を言おうが、何をしようが、優木には関係が無い。
優木は、ただ小敏が好きなのだ。
それが小敏には嬉しかった。
「シャオミン~。出来たよ~」
キッチンから優木の声がした。
何物をも恐れず、ただ一途に自分を愛してくれる、優しい、愛しい恋人の声だ。
小敏の胸は躍る。
そして、ベッドから遠くに放り投げたバスローブを取りに行き、急いで袖を通した。
「どうせ、また脱ぐんだけどさ」
クスリと笑って呟いて、小敏は上品な昆布出汁 の匂いを堪能しながら、いそいそとキッチンへと向かった。
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