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第39話
甘く、艶めかしい仕草で、小敏 は優木 の頬に触れ、首に触れ、胸に触れた。
「あ、明日の朝、起きられないような『ご褒美』だと、飛行機に乗り遅れるぞ」
期待半分、気後れ半分で、優木は泣き笑いのように顔を歪めている。何事も真面目に受け止める、そんな優木が小敏は大好きだ。
「優木さんの、スケベ!そんなんじゃないよ」
コロコロと表情を変える小敏は、今度は無邪気な笑顔で楽しそうに言うと、優木の頬にキスをして、クルリと身を翻した。
「すき焼きの前に、お菓子はダメだぞ!」
まるで親のように注意をして、嬉しそうに笑うと、優木は小敏の好きな関西風のすき焼きの準備を始めた。
優木をキッチンに残し、小敏は寝室に駆け込んだ。そして、すでにまとめた明日からの旅行用の荷物に隠した物をそっと取り出す。
(こんな『ご褒美』、驚くかな…)
それは赤いベルベットの小箱で、小敏の掌にちょうど乗るサイズだ。
(優木さんが、ボクの欲しいものをくれたら、ボクも…コレを渡す)
小敏の決意を知らず、1人キッチンで奮闘していた優木だったが、愛する人のために大急ぎで支度をした。
「シャオミ~ン!ご飯だよ~!」
「は~い」
呼ばれて、小敏は慌てて秘密の紅い箱を、自分のスーツケースの奥に隠した。
小敏が小走りにキッチンに戻ると、すでに独り暮らしにしては不釣り合いな大きなダイニングテーブルに、優木が持ち込んだカセットコンロとすき焼き鍋が用意されていた。
「わあ~、本物のすき焼きだよ~!」
無邪気に目を輝かせて喜ぶ小敏に、優木も満足して目を細める。
関東風のように割り下を使わず、さっと肉を焼いてから砂糖、酒、醤油を入れて味を付ける。
「さあ、お誕生日の前夜祭だ。主役からどうぞ」
「ありがとう、優木さん」
生卵が苦手な小敏の小鉢は空だったが、優木はそこへ甘辛い、蕩けそうな神戸肉を入れた。
「いただきます」
行儀よくそう言って、小敏は早速ひと口で肉を頬張った。
頬を緩め、キラキラした幸せそうな瞳を優木に向け、これ以上は無いだろうというほど、小敏は美味しそうに優木の作ったすき焼きを味わった。
「ん~、美味しい~。肉が甘くて溶けてしまいそうだよ~。いくらでも食べられる!」
「たくさん買って来たから好きなだけ食べなさい。残ったらしぐれ煮にして、保存食にしておくから」
ニコニコしながら優木の取ってくれたお肉ばかりをモグモグと旺盛に食べる小敏は、何よりも幸せだと思った。
「そろそろ野菜と豆腐を入れるよ」
「お麩も、ね」
「そう、お麩も」
互いを分かり切った様子で、2人は笑顔を交わす。何でもない軽口も、豪華なすき焼きの箸休めに用意された優木お手製の糠漬けも、2人には充分満足だった。
「明日の今頃は海南島で美味しい海鮮料理だね」
期待たっぷりの小敏を、愛おしそうに見つめながら、神戸肉ではなく、味の染みた麩を堪能する優木だった。
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