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第38話

 明日は海南(ハイナン)島へ出発するという前の夜。  優木(ゆうき)小敏(しょうびん)は、優木のオフィスの近くで待ち合わせ、2人で一緒に新天地にある日本の食品専門のスーパーに向かった。 「予約していた、優木です」  そのスーパーの精肉コーナーに、事前に注文しておいた、神戸牛のすき焼き用の薄切りを受け取り、優木と小敏は顔を見合わせ、ニコリと笑う。 「白ネギも買ったし~、春菊もあるし~、シラタキも買ったし~」  歌うように小敏がカゴの中の商品を読み上げていく。 「後は、焼き豆腐と麩と…」 「優木さんってば、すきやき麩が好きだよね~」  呆れたように言う肉食系の小敏に、そろそろ肉の油が重く感じる年頃の優木は苦笑した。 「俺は、タップリと肉の旨味の染みた、ヤワヤワの麩が好きなんだよ」 「ボクは、肉が好き!一番好き!大好き!」  はしゃぐ小敏が、優木には可愛くてならない。ボ~っと見惚れていた優木は、レジカゴを持ったまま何も無い通路で躓いた。 「危ない!」  すぐに気付いた小敏が、優木を抱きかかえるようにして支えたおかげで、優木はカゴの中身をぶちまけるという失態からは逃れることが出来た。 「もう、優木さんってば、いくらボクが好きだからって、こんな所で見惚れないでよ」  屈託なく小敏は笑ったが、優木は少し顔が晴れない。 「どうしたの?」  そんな優木に気付いた小敏は、キレイな笑顔で恋人を覗き込む。 「ここのところ…、あ、いや、なんでも無い。年のせいかな、足腰がガタついてる」  何かを言いかけてやめ、優木は笑って誤魔化した。 「水着を着るまでに痩せようと思って、ジムで頑張り過ぎたんじゃない?」  小敏も、引っ掛かるものは感じたが、特に追及することなく、明るく笑って優木の手を引き、豆腐売り場へと向かった。  今夜のすき焼きに必要な物を買い揃え、小敏が旅先にまで持って行くと言って聞かないお菓子をたっぷりと買い、2人は両手一杯の荷物を手に、店の前からタクシーを呼んで、長風(チャンフォン)地区にある小敏の高級アパートへと向かった。  アパートに戻り、キッチンへ向かう優木の背中に、小敏が思い出したように声を掛けた。 「ねえ、優木さん、もう荷造りは出来てるの?」 「着替えは入れたし、水着もあるし、他に何が?」  むしろ不思議に思った優木が訊き返すと、小敏は意味ありげな悩ましい視線を送った。 「ボクへの誕生日プレゼント、とか?」 「え?」  この旅行こそが誕生日プレゼントだと思っていた優木は、まさかの催促に焦った。 「な、何か欲しいものでも?」  こう見えて名家の出自で裕福な羽小敏が満足するようなプレゼントとなると、さすがに優木も身構える。 「あるよ。とっても欲しいもの…」 「とっても、欲しい、もの?」  おそるおそる優木は聞き返した。 「ん。なんだか当ててみてよ」  男の下心をくすぐるのに長けた小悪魔が、誘惑的にニヤリと笑った。そしてまた、その罠にまんまと嵌まる、人の良い優木である。 「当てたら、ご褒美を上げるよ」

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