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第41話

 リムジンを降りると、そこには高級ホテルならではの、見た目だけでなく、姿勢も、品格も優れたベルボーイが出迎えてくれた。 (うわ~、イケメンばっかりだよ…)  スラリとした若い男性が大好物の優木(ゆうき)が、鼻の下を伸ばすのを察して、小敏(しょうびん)は目立たないように恋人の(すね)を蹴飛ばした。 〈いらっしゃいませ、優木様、羽小敏さま〉  広々としたロビーに入ると、今度は優木と同じ年頃の落ち着きのあるコンシェルジュが近付いてきた。明らかに小敏好みのイケオジだ。  優木は皮肉っぽい目で小敏を見るが、誘惑的な小悪魔は、好奇心いっぱいの眼でコンシェルジュを追っている。  今度は優木が、コッソリと(ひじ)で小敏を押した。 〈チェックインはお部屋にてさせていただきます〉 〈よろしく〉  裕福な育ちの小敏は、このような優遇にも慣れているのか、澄ましているが、日本の庶民の出身である優木はドギマギしてしまう。 「シャオミン?俺、こんな優遇されるような部屋を予約した覚えは…」 「あ、ボクがグレードアップしといたから、大丈夫」  何が大丈夫なのか、満面の笑顔の小敏を、優木は慄きながら見つめ返す。 〈お部屋は、ワンベッドルームのヴィラスイートでよろしかったですか?〉  さすがに五つ星ホテルの一流コンシェルジュだけに、同性2人が1つのベッドルームに宿泊することに、微塵の怪訝さも見せず、いかにも自然な様子でサラリと確認する。 「シャオミン?今、ヴィラスイートとか聞こえたけど?俺、普通のオーシャンビューの部屋を頼んだはずなんだけどな~」  もはや笑うしかない優木だったが、それに応えるように、小敏は艶然と微笑んだ。 「ボクがアップグレードしたんだよ」  優木は、今日何度目か耳にした言葉に絶望を感じた。 (貯金の全部をはたいても、この『アップグレード』代が払えるとは思えん…)  ホテルの大きめの傘を差し、本館から離れて建つヴィラに向かった優木と小敏だった。  足取りの重い優木と、それに反してダンスステップのように軽い小敏のギャップに、先導するコンシェルジュが気遣うように話し掛ける。 〈お客様は、海南島は初めてですか?〉 〈ボクは来たことあるけど、前回は海口で、三亜は初めてなんだ。亜龍湾は水がキレイで、マリンスポーツもいろいろ楽しめるって聞いたから…〉  そこまで言って、小敏は急に思い出したようにムッとした顔になった。 〈なのに、台風!〉  気まずくなった辺りで、ちょうど今夜から優木と小敏が宿泊するヴィラの前に着いた。中国らしい赤くて大きな提灯が飾ってある。 「いいな~、中国っぽい!」  人の良い優木は、落ち込んだ自分を忘れて、小敏の機嫌を取ろうと、明るく振舞った。 〈プライベートプールがあるんだよね〉  扉を開けるコンシェルジュの後ろから、期待を込めて小敏が訊ねた。 〈ございますが…。屋根がございませんので、雨の日は…〉  困ったような笑顔で、コンシェルジュは2人をヴィラの中へと通した。

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