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第42話

「うわ~」  庶民の優木(ゆうき)は、その豪華さに子供のように単純にポカンと口を開け、目を輝かせ、感嘆し、驚愕し、くるくると表情を変える。  それがあまりにも面白くて、小敏(しょうびん)はしばらく優木を放置して、リビングのテーブルで、コンシェルジュが差し出したチェックインの書類を記入し始めた。  さりげなく、小敏は自分の身分証明書と共に、軍人の家族であることを示し、父の名前のブラックカードをデポジットとして提出した。それらから、ベテランのコンシェルジュは、この目の前の若いゲストがただ者では無いことを理解した。 〈残念ながらプライベートプールには屋根がございませんが、併設のジャグジーは四阿(あずまや)式になっておりますので、雨でもご入浴いただけます〉 〈ジェットバスついてる?〉 〈もちろんでございます〉  その言葉に、小敏はニヤリとした。 〈こちらの主寝室の浴室にもジェットバスはございます。いつもなら、プールサイドでバーベキューなども可能ですが、雨の間はこちらのキッチンで作り立てのお料理をご用意させることもできます〉 〈雨の間は、海が荒れて漁には出られないんでしょ?新鮮な魚介類は食べられるのかなあ?〉  真剣な顔で訊く小敏に、コンシェルジュは当惑しながらも、なんとか笑顔で答える。 〈今どきは冷蔵庫がありますし、湾内で収獲出来るものもございますので、ご心配は無用かと…〉 〈ホントに?じゃあ、白身魚とエビと貝のバーベキュー出来る?〉  疑うような目つきの小敏に、コンシェルジュは満面の笑みを浮かべた。 〈もちろんご用意できます。お任せください〉 〈じゃあ、今夜はここで食べるから用意してね。…雨はいつ止むのかなあ〉 〈…!…〉  小敏の呟きのような一言に、コンシェルジュの笑顔が凍り付いた。この、ただ者ならぬゲストのご機嫌を損ねるのが不安だった。 〈ご滞在中は…、全日…、雨の予報が出ております…〉 〈!〉 「あははっ!」  小敏が目を吊り上げて声を上げようとしたその時、小敏の隣に戻って来た優木が、ワザとらしい大きな声で、明るく笑い飛ばした。 「優木さん?」  驚いた小敏が優木を振り仰ぐと、年上の恋人は、相変わらず穏やかで人の良さそうな優しい笑顔で小敏を見詰めていた。 「海南島に来て、雨に歓迎されるなんて、むしろレアじゃないか?雨の中、どれだけ楽しめるか、そういうゲームだと思えばいいさ」  ベテランコンシェルジュは、多少の日本語が分かるのか、優木の言葉にホッとした表情になった。

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