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第四話『遠い昔』

「ねぇ、本当に大丈夫?」 「大丈夫だろう、誰もいなかったんだし」 遠くから聞こえる声。 まだ霞がかった意識の中で目覚めた中で聞こえた声は両親の物だった。 合わない埃を被った固い敷布団の上で横たわっていた蒼介は上体を起こそうとしたが手足を縛られているのか、起き上がらなかった。 校門で待っていたあの時、目の前に車が止まって声をかけられた。 父親の声だった為、身構えたが遅かった。腕を掴まれ車の中で引き込まれると首を絞められた。 幸い、死にはしなかったが意識を失っていたようで両親の家へと連れ込まれたようだ。 ここは誘拐されるよりもうんと昔、蒼介がまだ幼くて反抗出来なかった頃に住んでいた母親の親族が住んでいた古い家だ。 察するに、この部屋は当日蒼介が使っていた子供部屋だろう。 子供部屋というにはあまりにも埃とゴミだらけで物置以前の部屋だ。 (……ああ、そうだ、私は……) ふっと湧き上がるように思い出した随分と昔に捨て去られた記憶達。 思い出すべきではなかったのだろう、しかし嫌でも思い出すきっかけが多すぎて忘れようとしても忘れられなくなった。 そう、今こうして閉じ込められてるのも"昔からよくある事"だったから記憶を思い出す要因にもなってしまったのだ。 □ 東蒼介が産まれたのは丁度秋の中頃だった。 夏の名残を残す暑さと文句のつけようがないぐらい、まるで海のように真っ青に透き通った青空。そしてその青空に似合う朱色の紅葉の樹が見頃の季節だった。 蒼介が産まれた直後に両親は離婚した。 原因は性格の不一致だと明かしていたが実際のところ、結婚する以前から母親に付き合っている男がいたのが原因だった。 誠実な父親と相反して派手に男遊びばかりをしていた母親。会社で知り合い結婚に至ったというが単純に母親はそれなりの役職に就いていた父親の懐ばかりを狙って結婚したに過ぎなかった。 その上、不倫していた事もあって即刻離婚。父親は蒼介を引き取る事なく、そのまま疎遠になってしまった。 母親は不倫関係にあった男の家に蒼介を連れて上がり込む内縁の夫という扱いになり、しばらくの間は結婚しなかったが蒼介が二歳の時に母親はその男と再婚した。 そこからは悲劇の転落人生だった。 再婚した事により新しく父親になった男は子供が嫌いだった。 当然、幼い蒼介はよく泣いていた。内縁だった頃から赤子の蒼介をよく殴ったり口を抑えたりと暴力を振るっていた。 目に余るほどの怪我ができていたというのに母親は男を肯定して蒼介を見て見ぬフリをした。 そのせいで幼少期の蒼介は非常に病弱でひと目でわかるほど、衰弱していた。 当たり前のように幼稚園や保育園は行かずに育ち、適当な時間に与えられる小さな菓子パンを頬張るだけでまともな生活を送ってこなかった蒼介は六歳になっても言葉も話せなかった。 小学生になる頃に家に児童相談所の役員がやってきた。 小学校に通学してない事を怪しまれ、自宅へと訪問しに来たのだがパッと見で分かるぐらい、ボロボロの蒼介が出てしまった事によりすぐに保護され、両親は呼ばれた警察に連行された。 夫婦共々、逮捕され蒼介は一時的に保護されていた。 一年近くは保護期間を設けられていたが両親が釈放された事により、親元へと返された。 一年足らずで出てきた両親が改心した、なんてことはなくてより苛烈に蒼介を虐げ始めた。 学校には行かせるがバレないように父親が吸っていた煙草を首裏に押し付けたり、靴下で隠れる足の裏に押し付けたりとじわじわと蒼介を追い詰めた。 それをされて当然だと、これが当たり前なんだと産まれてからそう小さな脳に刷り込まされて生きてきた蒼介が誰にも助けを求めないのを分かってやっていたのだ。 痕が見えないように肩につくぐらい、髪を伸ばされた蒼介は誰にも言えないまま、五年生になった。 この頃から母親から知らない男に合わされ、触れたりキスしたりと蒼介を利用してお金を稼ぐようになった。 家が裕福でも貧困でもなかった。普通のごくありふれた家だった。 両親は共に働いていたのだが母親の金遣いの荒さが目立っていたのは事実だった。 自分が好きに遊んだりするお金がないと駄々を捏ねた母親は蒼介を利用してお金を稼いでいたのだ。 最初は触れる程度だった。客によってはキスを求める事もあった。 この頃の蒼介は同年代の子よりも大人びていたがやはり子供らしさもあった。そして何よりも母親の意向を聞いていたからか、父親も首裏や足裏以外、怪我を負わせなかったおかげで顔は綺麗だった。 しかし、何をしても無反応。眉のひとつも動くことなく、ただ過ぎていく事象を見届けるようにただ静かに言う事を聞く人形のような存在だった。 『蒼介くん、学校帰りにごめんね』 見知らぬ男はそうニヤニヤと笑いながら声をかける。当然、蒼介はうんともすんとも言わず、ただ頭を下げるだけで静かに時間が過ぎる。 人によってその後の対応は異なる。基本的に見た目の年齢上からホテルへは連れていけない為、家にお持ち帰りする者や車でする輩も、人目を盗んで人気のない裏路地などでする輩もいる。 その男は自宅だった。車に乗せられて連れていかれ、ついた場所はマンションだった。部屋に連れていかれた蒼介を話すこともなく、突然抱きしめ耳元で『可愛いよ、好きだよ』と吐息混じりの気持ち悪い声で囁いた。 好きだの、可愛いだの言われても蒼介はなんとも思わなかった。 両親に愛されずに虐げるだけのサンドバッグとして、己が欲求を満たす為だけの愛玩道具として扱われるのには慣れてしまった。 最初は怖かった、という事もなかった。当たり前すぎてなんとも思わなかったのだ。 ただ男の欲求を満たす為の行為を終えると男は初めて蒼介を食らった。 何度も会っていた客だが初めての"行為"に流石に蒼介は顔を歪めた。 『可愛いよ、沢山鳴いていいからね』 ───気持ち悪い声で話しかけないで。 なんとも思っていなかったのに、この行為の意味を知らないはずの蒼介は心のどこかで自分の心を踏み躙られているのに気づいてしまった。 結局この男の言う"好き"や"可愛い"は単なる己が欲求を満たす為に呟いているに過ぎないと気付いてしまった。 分かっていたのに殺意が湧いた蒼介はそこで初めて他者に対しての憎悪を持ってしまった。 ……が、どうしようもなかった。 近くには大嫌いな灰皿がある。ガラス製で出来ていて重そうだ、それを手にして目の前の男を殴ればなんとかなりそうだ。 しかし、なんとかして何になる?そう思ってしまった蒼介は諦めたのだ。 ただされるがままに受け止め、男を睨むこともなく顔を背けて黙りこんだ。 『ああ、可愛くない。でもいいや、安かったし』 そう吐き捨てた男はやる事だけをやって蒼介を解放した。 不快感しかない蒼介は男の顔を見ることなく、母親の元へと返された。 それからも変わらぬ日々が続いた。 父親に虐げられ、客からは好きに扱われる。その細い腕には何度も蒼介が噛み付いた痕がある、全てストレスから来るもので何も出来ない蒼介の小さいながらの自傷行為、助けてという表れだった。 それに気付いたのは蒼介が通っていた小学校の、例の校長先生だった。 校長先生が休み時間に校内を見回っている時に廊下で本を読んでいた蒼介を見つけて声をかけたのだ。 『おや、何を読んでるんですか?』 人に話しかけられる事なんて滅多になかった。言葉すら拙く、上手く話せない蒼介は教室に馴染めず片隅でうまく読み取れない教科書を眺めているだけだった。 最初は吃ってしまったが校長が『ゆっくりでいいですよ』と隣に座って優しく見守ってくれたおかげで少しだけ話せた。 『……リスの……』 そういう蒼介が表紙を見せてくれた。よくある絵本だ、小さな子供のリスが主人公の両親と一緒におやすみするお話。 『ああ、それはとてもいい話ですよね』 そう返した校長に蒼介はカッとなったのか、目を見開いて声を荒らげた。 『よくない!』 どうして怒るのか、最初は分からなかった。校長は『ごめんなさい』と深く謝ったが夏頃だというのに腕から見える痕に気付いては問いかけた。 『なにか辛いことがあるのならこの校長に相談してください』 『……そうだん?』 『そう、痛い事されてませんか?嫌な思いしてませんか?担任の教師に相談できないのなら私に相談してください』 初めて面と向かって話をしてくれた校長に蒼介はおっかなびっくりだったがすぐに心を開いた。 父親に虐げられている事、母親にやらされている行為───即ち、売春行為も話した。 その上で一先ず、校長は大事にはせずに蒼介の心が安らげる時間を作るために一緒に行動した。 勉強が追いつけない蒼介には時間をかけて教える事にした。好きな事はないかと話を聞けば蒼介は悩んだ。 『音楽、好き』 ぽつりと口にした言葉。 蒼介は音楽の授業が好きだった。歌ったり、楽器を学んだりする時間が好きだった。 その言葉を聞いた校長は『では音楽室に行きましょうか』と言って、蒼介を連れて音楽室に連れていった。 そこには真っ黒のピアノが置かれており、生徒達用の机や椅子、教科書を収納する棚が置かれているだけの質素な部屋だ。 しかし、開かれた窓から吹き抜ける夏の風はとても気持ちよくて蒼介の好奇心をくすぐる。 『先生、あれは?』 『ピアノですよ、担任を呼んでくるので少し待っててくださいね』 そう言って校長が音楽を担当する女性教師を呼びに部屋を出た。 一人残された蒼介はまるで引き寄せられるように、ピアノの前に立つと蓋を開けて鍵盤を押した。 トーーーンと長く伸びるように響いた音。そうだ、この音は音楽の先生が弾いていた音だ。 それに気付けば蒼介は椅子に腰をかけると鍵盤をひとつ、ひとつ押した。 トーン、ポーンと好きなように飛び跳ねるように響く音。それを聞きながら蒼介は音をピアノから出しているとガラガラッと扉が開く音がした。 『東さん、校長先生に呼ばれてきましたが……ピアノに興味があるんですか?』 女性の教師でありながらとても凛々しく鋭い眼差しで語りかけるように見つめてくる音楽の先生。 最初は怖くてどうしようかと悩んでしまった。しかし、校長に応援するように微笑まれると蒼介は勇気を振り絞るように頷いた。 『じゃあ、特別に教えてあげましょう』 そう言って横に椅子を用意した先生は蒼介にピアノの弾き方を教えた。 小さな音を並べるように奏でれるようになったのは一時間後ぐらい。まるでピアノの弾き方を知っていたかのように瞬く間に覚えた蒼介はひとつ、好きな事が出来た。 『校長、この子凄いですよ』 『ですね、初めて間もないのにここまでとは……』 "すごい"、その言葉は蒼介に深く刺さった。 今までも好きや可愛いなんて言われた事がある、しかしどれも薄っぺらくて響かなかったが自分の才能を認められたのはとても嬉しくて無意識のうちに口角があがり、へらへらと笑ってしまった。 『二ヶ月後に開催予定のコンクールがあります、それに出てみませんか?』 先生の勧めに蒼介は迷ったが頷いた。 『じゃあ、明日もレッスンしましょう』と言って今日はそこでお開きになった。新しい楽しみが見つかった蒼介は校長に感謝の意を伝えるとその日の授業もちゃんと受けて帰った。 家に帰れば相も変わらず、すぐ手を上げる怖い父親と無関心の母親がいる。 相も変わらず殴られて口の中が血でいっぱいになり、目の前が眩む。それでも以前に比べて心は穏やかだった。 楽しい事を見つけれて将来に悲壮感がなくなった。元々そんなものはなかったけれど明るくなったのは事実だ。 明日も学校に行こう。部屋に逃げ込むように入った蒼介は部屋に鍵をかけると校長からもらったコンクールのビラを眺めた。 それから蒼介は学校で授業を受け合間の時間でピアノを練習した。 音楽の先生も最初は忙しそうだったが校長から手当をもらっていたのか、何も言わず教えてくれた。 一ヶ月経って一通り弾けるようになれば次は何を弾くかで相談した。 その頃から蒼介は聴いた曲しか弾けない事が発覚していた。それを考慮して相談している時に校長が口出しした。 『阿澄優花の"いつかの夜想曲"なんてどうでしょう?』 『あすみ、ゆうか……?』 聞き慣れない名前に蒼介は真ん丸と目を大きくさせて校長を見上げた。 その名を聞いてすかさず、先生は言葉を返した。 『校長先生、流石にあの曲は難しくありません?楽譜もあまりありませんし……』 『そうですねぇ、簡単な曲から……』 二人の話を聞いていて蒼介は首を傾げながら『どんな曲なんですか?』と問いかけた。 その問いかけに先生は教える気がなかったのか、不服そうにしていたが渋々と棚からCDを取り出すとCDプレイヤーでかけてくれた。 流れたのは落ち着いた曲の歌。時折、悲哀さも感じれるが全般的に冬の情景を思い起こさせる歌だ。 愛おしき恋人との恋愛曲なのだろうか。優しい歌声と複雑な曲調が混ざり合い、ひとつの曲が生まれていた。 『……いい曲ですね』 蒼介の一言に校長は『でしょう?私の青春時代の歌です』と誇らしげにしていた。 青春時代、という事はかなり古い歌なのだろうか。そんな事を考えながら曲を聞いていると心がザワザワと掻き立てられるような気がした。 ピアノに向かった蒼介は蓋を開けると椅子に座った。 細い指が鍵盤に置かれた瞬間、奏でられたのは"いつかの夜想曲"の出だしだ。 とてもしんみりとした、しかし阿澄優花の優しい歌声が今にも聞こえてきたそうなそのピアノのメロディはその場にいた先生と校長を魅了した。 耳で聴いた曲を奏でる才能───。 唯一、蒼介が持ち合わせるその特技に校長は笑みがこぼれた。 『とてもいい音ですね』 楽しげに、軽やかに奏でる蒼介を見てそう呟いた校長はその音が聞こえなくなるまで聞いていた。 弾き終わると蒼介は蓋を閉じて一息ついた。 横から聞こえる拍手の音、そちらに顔を向けると校長と先生が賞賛の拍手をしてくれた。 『初めて見ました、一度聴いただけで弾ける子は……その様子ならその曲でコンクールに出れると思いますよ』 先生の提案に蒼介はほんの少しだけ間を空けてから頷いた。 自分の才能を褒められているのだと思えば嬉しくて仕方がなかった。もっとこの才能を活かせるようにしていきたいと思いながら蒼介は更なる精進を積むためにたくさん練習したいと述べた。 改めてコンクールへの出場のために手続するべく、用紙を用意してくれた先生。それに代わりに書いてもらい出してもらう手はずをお願いすれば蒼介は一先ず、授業を受ける為に教室に戻った。 それからコンクール当日まで暇あれば音楽室でピアノを弾いていた。 何度もいつかの夜想曲を聴き直し、より精密に奏でれるように練習した。 何度も聞き直していると分かるものがある。 この歌を先生に聞いてみたらなんでも歌手である阿澄優花の兄が作った曲らしく、それを歌ったのが妹である阿澄優花である。 曲を創る兄、その創られた曲に歌を乗せる妹────ふたりは、決して切れない固い絆で結ばれていた。 この曲はそんな兄の最後の曲である。自死を選んでしまった兄が妹に送った悲しい曲だという。 本来なら繋がってはいけない、禁断の恋に落ちた女の人が想い人に届けたい一心に歌う、冬の恋歌。決して軽すぎてはいけない、この曲をどこまでハッキリと奏でれるか。 それを毎日練習しているとある日の放課後、音楽室に入ってきた人がいた。 『……すっげぇいい曲だな』 見知らぬ少年がニコニコと笑いながら入ってきた。 彼は郷田拓也といい、いつも中庭で遊んでると聞こえてくるこの曲に惹かれてやってきたという。 いい曲だと言って近くで聞いていた彼に蒼介は戸惑いながら『ありがとう』と答えた。 『終わるまで聞いてていい?』 『……いいよ、沢山聞いてってね』 そう言って再び奏で始めた旋律は蒼介と拓也の間を通り抜けて外へと風に乗って流れていった。 それから拓也は毎日、放課後になったら来るようになった。 花壇から花を抜いてきたと言って真っ白なすずらんを持ってきた日の翌日はこっ酷く担任に怒られていた。 こっそり持ってきたデザートを食べさせてくれる日もあった。それも帰り際に発覚して担任に怒られていた。 怒られてもめげずにまた会いに来てくれる。そんな拓也に蒼介は嬉しくて笑顔が絶えなかった。 『なぁ、アオイって呼んでいいか?』 そう聞いてきたのは拓也の方からだった。 どうしたらアオイになるのか、少し悩んだが蒼介の"蒼"という字を見てアオイと思ったようだ。 確かにアオと読める字だ、それならばと納得した蒼介は自らも提案した。 『じゃあタッくんって呼んでいい?』 『へっ、タッくん?!……ヘヘヘッ、タッくんか、大丈夫!ありがとよ!』 照れくさそうに笑う拓也に蒼介までつられて照れくさくなってしまった。 アオイとタッくん、その呼び方はこの時から始まり二人はたった短い期間だというのに親友になった。 家に帰っても苦しい事には変わりなかった。 しかし、学校が楽しくて我慢しようと頑張った。 土日の休みの日は家を抜け出して拓也と遊んだ。家が隣同士だった事もあって毎日楽しく遊んだ。 『今日はあそこ行こうぜ!』 『うん、行こう!』 お互いの手を取って遠くへと走った日もあった。 学校ではピアノを練習し、休みの日は一緒に遊んだ。すると自然と両親の事を忘れる事が増えた。 楽しくて仕方がなくて一日があっという間に過ぎた。そんな日々を送っていた蒼介はコンクールの日、校長先生に連れられて会場に向かった。 出場者は学生向けというだけあって小学生から中学生まで、小学一年生の子がいたり中学三年生と幅広くいた。 その中でいつかの夜想曲を演奏した蒼介は五年生という中間層の子だった。 皆ドレスやタキシードなんて着ている中で蒼介は普段着だ。パッとしなかっただろう、曲だって古くさい曲だがその曲に惹かれた蒼介は一生懸命、奏でて終わると立ち上がって席を離れると観客に向かって頭を下げた。 コンクールだから順位がある。 順位なんて気にしない。審査員が選んでいようが蒼介には関係なかった。 どうしてか、それは単純な理由だった。 演奏が終わった瞬間、聞こえたのだ。 『ブラボー!すごく良かった!』 席を立ち上がった人がいた。わざわざコンクールを見る為に来てくれた親友がいた。 その人が褒めてくれるだけでも成果があった。嬉しい、本当によかったと思えば清々しい気持ちになった。 結果発表が行われた時、優勝者は東蒼介だった。 いつも聞いていた拍手以上の音が聞こえ、司会者からトロフィーの進呈をされた。 ───どうしてだろう、素直には喜べなかった。 横にいた校長や駆け寄ってくれた拓也が拍手してくれたが苦笑いを浮かべるだけで蒼介は心で喜べなかった。 ザワザワと心が波打っている。こんな事をしていていいのか?確かに楽しいし、皆に認められて嬉しいのだろう。 しかし、これでいいのか。これをしてなんの意味が───。 『アオイ?』 拓也の声にハッと我に返った。 『あ、うん。大丈夫』 隠すように作り笑いを見せて大丈夫だと言った。 トロフィーは受け取ったが家には持って帰れない為、校長に渡した。学校にでも飾ってくれとお願いすれば蒼介はその場を離れた。 続くように校長、拓也も離れた。『帰ろう』という蒼介の言葉を汲んだ二人は静かについてきてくれた。 ちゃんと最後までいるべきなのに蒼介は一刻も早く帰りたかった。否、帰るのではない、逃げたかったのだ。 しかし、会場から出れば会場外の路上に黒色の車が止まっていた。 蒼介はその車に酷く見覚えがあった。 『蒼ちゃん』 その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。 俯いた顔は前へと向けれない。今すぐにでも走って逃げたくなるが怖くて逃げれない。 あの車には、あの車には父親が乗ってるはずだから。 『勝手なことしないでちょうだい、今日は"出かける"予定だったんだから』 この聞き覚えのある声は母親の声だ。 出かけるなんて体のいい言葉を選んだだけで客に合わせて身体を売る、売春行為だ。 この二か月間、父親から暴力は振るわれても母親から逃げていたからめっきりそういう行為をしなくなった。そのツケが回ってきたのだろうとしか思わなかった。 『校長先生、タッくん。今日は帰ります、ありがとうございました』 俯いたまま、二人に深く頭を下げると蒼介は急ぎ足で母親の元へと駆け寄った。後部座席に乗り込むとそのままバタンッと扉は荒々しく閉じられた。 外から声が聞こえる気がする、しかし外と中を隔てるように黒色のカーテンをかけられ見れないようにされては蒼介は深く項垂れ、何も考えないように耳を塞ぐしかなかった。 コンクールに出ても状況は変わらなかった。 変えようがなかった。住んでいるこの市の児童相談所は役立たずと罵られるほど全くもって役に立たず、警察だって能無しだった。 あれほど幼少期に虐待をしていたのにも関わらず親元に帰すのだから仕方がないのだろう。 校長先生だって分かっていた、親元に帰すような能無しっぷりだというのに校長先生が保護を名目に引き離そうとすれば誘拐で罪を問われる事になる。 どうしようもなかったのと共に、蒼介は薄々勘づき始めた。 最近の父親の暴力の振るい方が変わってきた事に。 パッと見では分からない口腔を灰皿代わりに吸いかけの煙草を押し付けたり、痣が残らない程度に首を絞めたり、罵詈雑言が増えてきた。 物心がついて人に言い兼ねない可能性があるからだろう、それを考慮して蒼介の心身を罵詈雑言や見えないところで虐げ、蝕もうとしていた。 学校には通えたが休む日が増えた。 熱が出ているなど親が嘘をついて無理矢理、休みを取ればその日は一日中客を取らされた。 二ヶ月の補填をする為に寝ずに働かされ蒼介は心身ともにすり減っていった。 その頃からピアノに触れる事がなくなり、授業だって再び追いつけなくなり学校での居場所が無くなった。 校長先生や拓也がお見舞いに来ても一度たりとも会わせてもらえる事はなかった。 学校でもなかなか相談することも関わる事もできなかった、父親に人に相談すればどうなるかと言う事を耳がちぎれんばかりに躾られたからだ。 作り笑いを見せて『大丈夫』と作ろうのが精一杯だった。 助けて、なんて例え死んでもいえなかった。 丁度、六年生の夏頃、学校から帰っても家に鍵がかかっていて入れない日が続いた事があった。 後々、合鍵を貰ったがエアコンをかけてはならない事から玄関先でぼーっとする事が増えた。 暇つぶしはピアノの楽譜を見たりする事。唯一親に買い与えられた物でこれで我慢しろと言われた物だ。 もう一度だけ弾きたいと思いながら楽譜を見ていたら真横からブツブツと声が聞こえたのに気付いた。 声の主は隣に住む、郷田清司。 それが初めて出会った日の事で家に招いてもらい少しだけ涼ませてもらった。 その時、助けを求めたらよかったが蒼介は求めるほどの勇気がなかった。 こうやって楽譜を買ってくれるのだ、もしかしたら優しいのかもしれない。 この間はケーキの余りをくれた。きっと優しいんだ、何かがかけ違いを起こしているに過ぎない。 優しく心配してくれた清司に蒼介は何も言えず、帰ってしまった。 ただ、酷く後悔だけを残して───。 それから蒼介は一度も学校に赴く事も出来ないまま卒業式も出席できず、そのまま蒼介は中学生になった。 中学校からは一度たりとも出席する事もなかった。最初のうちは学校と両親で大きく揉め事に発展したが定期的に教師が訪問する程度で次第に学校側も生徒として見なくなった。 完全に孤立した蒼介は今まで以上に働かされ、虐げられる日々を送っていた。 自らの意思で家の外へ出る事も出来ないまま、ただ誰にも助けを求める事も出来ず毎日を精一杯生き延びた。 いつか親が優しくしてくれるんじゃないかと信じて。 そんな事を繰り返して一年が経過したある日、酷く体調を崩した日があった。 なにを飲んでも吐いてしまうほど、身体が衰弱し、拒絶反応が出ていた。 今までも衰弱する事はあったがこの時が一番酷かった。一週間近く、水だけで何も与えられず客だけはしっかり取らされる。 風呂も客といる時ぐらいしか入れてもらえず、夏場でも冬の装いのせいで汗を掻くせいで全身が赤く腫れていた。 熱中症と栄養失調。流石にこのまま家にいては死んでしまう。 無意識のうちに蒼介は意識朦朧の状態で親がいない事を確認してから家から抜け出した。 なんとか親にバレないように、少しでも逃げようとした。 しかし、ハッキリとしない頭では遠くにすら行けなかった。駐車場までやっとの思いで歩くと車の影に隠れるようにして座り込んでしまった。 このまま死ぬのかもしれない。 頭が酷くぼーっとして何も考えられないがそのぐらいは分かった。 死んだら楽になれるのかもしれない。死んだら今の状況から抜け出せるのではないか。 ならば死んだ方がマシかもしれない。 悶々と考えてはふつふつと途切れる。 ぼんやりとする意識でただ考えていると遠くから声が聞こえた。 ああ、親が帰ってきた。顔もあげる力すらないがもう客に会わないといけないのか。 それなら死んだ方がマシだ────そう思っているうちにフッと意識が飛んでしまった。 それから目覚めるのにかなり時間がかかった。 生死を彷徨っていたようでなかなか目が覚めなかった。しかし、なんとか一命を取り留めたようで蒼介は見慣れない真っ白な病室で目を覚ました。 『……ここ、は……』 ぼんやりとする視界だが涼しい風を感じる。 心地よい空間に不思議と安心感を覚えていると病室に人が入ってきた。 『お……!蒼介、目が覚めたか?ちょっと待ってろ、先生呼んでくる』 顔を向けた先にいたのは清司だった。 どうして彼が、と一瞬頭が回らなかったが腕に刺さる点滴の針に気付くと入院したんだと分かった。 程なくして医者が入ってきて挨拶してくれた。 『蒼介さん、無事に意識が戻ってよかったです。どこか痛いところや不快なところありますか?』 『……いえ』 『そうですか。そろそろ点滴が終わるので新しいのに取り替えるので待っててくださいね』 優しそうな人だった。部屋から出ていったのを見て再び清司が入ってくると横に椅子を置いて座ってくれた。 『はー……間一髪、間に合ってよかった』 良いわけがない。生きていたらまた親に虐げられる事の繰り返しだ。 そう言いたかったが優しげに笑いかけてくる清司に蒼介は何も言えなかった。 『蒼介……気付くのが遅れて悪かった。今からでも遅くない、うちに来ないか?』 その言葉に蒼介は目を見開いた。 校長先生だって出来なかった、出来るわけがない。 『……無理言わないでっ』 込み上げてきた涙をポロポロと流してそう言うと清司は『そうだな』と頷いた。 しかし、彼の瞳に宿った熱はそう簡単には冷めなかった。否、冷める事を知らないようで蒼介に熱く語りかけてくる。 『俺がしたいのは誘拐だ。俺の家は防音設備が整ってる。そこで蒼介、お前を監禁したい。虐げるつもりも無理強いもさせない、ただお前に望むのは幸せになってほしいって事だけだ』 誘拐、監禁────犯罪を犯そうとする彼に蒼介は嫌だと拒んだ。 しかし、彼に何度も強く迫られた。『もう苦しまなくていいんだ』と何度も言われ、今の環境を変えるべきだと訴えかけられた。 確かにそうかもしれないがそれは清司にはリスクが高すぎる。 隣同士の家、万が一バレたら確実に清司とその家族は捕まる。 家には父親である清司とその息子である拓也が住んでいるのだ、迷惑をかけれない。 『……拓也のお願いでもあるんだ』 その言葉に蒼介は涙を流した。 『……ズルいです、タッくんの名前を出すのは……っ』 親友のお願いを無下に断る事ができない事ぐらい、拓也は知っているだろう。 蒼介はいつだって拓也の話は聞いていた。家に居ると苦しい事だって気づいていた拓也に無理矢理、家から連れ出されても蒼介は嫌な顔をせずについていった。 全ては親友だから。そう言っていた蒼介に親友である拓也の名前を出せば決して拒めない事も分かっていただろう。 『どうか頼む、俺に誘拐させてくれ』 そう言って堂々と誘拐するのも変な気がするが蒼介を思っての言葉。戸惑いながらも蒼介は『はい』と了承すれば清司は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。 病院に入院している事など全てにおいて外部に対して秘匿してもらい、蒼介は暫くの間、入院した。 退院日は親が仕事などで家にいないのを見計らって家に連れて行ってもらった。 なるべくバレないように静かに入ると蒼介は私室として部屋を与えられた。 そこは防音がしっかりと施された部屋で元々は清司の寝室だったようだ。 勉強机や椅子など、しっかりと必要な物は置かれているが電気は小さな照明だけで暗い。 そんな薄暗い部屋だが蒼介は安心して休むようになった。 食事などは清司が用意してくれた。一日数回、傷などがある為、包帯やガーゼを取り替える事があるが風呂や睡眠など自由に入れる環境に蒼介は安心して生活できるようになった。 みるみると骨と皮のみと思うほどに細かった腕や足は肉がついた。勉強は歳が近い拓也が教えるおかげで少しはマシになった。 最初こそバレないかと不安だったが二ヶ月目から蒼介はもう大丈夫と思うようになった。 その頃から蒼介の心境にも変化が表れた。 毎日、甲斐甲斐しく介抱してくれる清司に特別な感情を抱くようになった。 抱くようになる以前から清司は蒼介にやや過度なスキンシップを取っていた。それは客と身体を重ねていた頃にもされていた事で最初は怖がって拒んでいたが次第に平気になり、自ら求めるようになった。 『今日は、キスしないんですか?』 いつものように腹部の傷を手当する清司に蒼介はそう問いかけた。 この一週間、様子見としてスキンシップをしなくなった清司に蒼介は焦れったく思っていた。触れていいんだと言わんばかりに両手を広げて誘うと清司は視線を泳がして戸惑う姿を見せた。 『……こ、怖くないのか?』 『怖くないです。清司さんならもう大丈夫です……』 『そうか……なら……』 戸惑いながらも優しく抱きしめられ、首筋に口付けを落とした清司。 そこから優しくリップ音を立てながら下から上へ、流れに沿って口付けた。 首筋、喉、顎、そこから流れを外れて頬、瞼、額、鼻頭と順番に口付け鼻頭のすぐ下にある唇にチュッと触れるだけの口付けをした。 『……ん、清司さん』 嬉しくて仕方がなかった。こんなにも優しい口付けなら安心して受け止めれる。 『嫌じゃなかったか?』 恐る恐る聞いてくる清司に蒼介は優しく微笑んだ。 『全然』 『そうか、無理してないのならそれでいい』 『清司さんこそ、無理してないですか?』 『してない』 『本当にですか?』 たった短い行為だったというのに清司の下半身は素直なようで小さなテントのように張っているのに気付くと指摘して触った。 ズボン越しから撫でる手つきは手慣れたものだった。初めこそ清司は『触るな』と戸惑っていたがガッチガチに勃起した肉棒を取り出されると真っ赤な顔を背けて恥ずかしがっていた。 『……触るな、……流石に嫌だろう、あんな事があったのに』 清司には言っていた、両親からされた事や客にされてきた事をこと細かく伝えていた。 校長先生にも教えたがここまで清司に詳細を教えたのはきっと心を許したからなのだろう。 もはや清司は赤の他人ではない。異性のように想う気持ちで見ている蒼介は再び『全然』と答えると清司の唇に自ら顔を寄せて唇を重ねた。 『清司さんにならいいんです、僕も嬉しいはずだから』 その言葉を聞いてなんと思ったのか、分からないが清司は少しばかり視線を泳がせた後、蒼介を見て『優しくするから』と呟いた。 腰をかけていたベッドにゆっくりと優しく押し倒され、覆い被さった清司は蒼介のさらけ出された身体に優しく触れた。 まるで宝石を扱うように身体のラインを優しくなぞり、胸へ手を伸ばすと優しく包み込んで先端にある薄らと赤色に染まる乳房を摘んだ。 『ん、ん……っ、ぁ……ッ』 ほんの少しずつ、優しく摘んでは手を離し再び摘んでは手を離す。 それを繰り返して蒼介に快感を刷り込ませていくと蒼介もまた応えるように微かに甘い吐息を帯びた声を漏らして顔を背けた。 ぷっくりと形出てきた突起に触れると顔を寄せて軽く吸い付いた。 『ふ、ぅ……っぁ、あっ吸っちゃ…ぁっ』 『……ん、嫌か?』 『い、やじゃないっ……けど、ぁ、ふ…ぅ……』 手を伸ばして清司の頭を抑えた蒼介。 痛いのかと思い清司は顔を離したがなんとも言わずに甘い声を漏らして耐えようとする蒼介に清司は気付いた。 ここが性感帯のひとつなんだという事に。 なればあとは導くだけ。片方の突起に吸い付き、もう片方の寂しそうに熟れる突起を摘んで引っ張ると蒼介は真っ赤な顔を見せながらシーツを掴んで仰け反った。 『ひ、ぁっあっぁ……!!せ、いし…さ、ぁん……ッふぁ、あ……っ』 上擦った声は何度も息を吐くように漏れては清司を呼びかけた。 視線よりもうんと下の方で主張する蒼介の物に気づきながらも清司は両方の胸を赤子のように吸い付いてしっかりと感じさせると頃合いを見て口を離した。 『はぁー……っ、はぁー……っ、清司、さん……っ』 『どうだった、気持ちよかったか?』 『よか、ったです……できれば、こっちも……っ』 酔いしれるように紅潮した頬を隠す様子もなく蒼介は清司の手を掴めば下へと導いた。 エスカレートする欲求に清司は『どうなったも知らないからな』と最後の忠告を送れば蒼介の下着をズボンごと脱がすと小さく勃起する性器に手を伸ばした。 自分の学生時代とは比べ物にならないぐらい、小さい性器。小さいがゆえに握りづらいが軽く扱くだけで手で包み込む温かさ、感触がとても良かったのか、蒼介は甲高い声をあげながら仰け反り、足を力強く伸ばしてシーツに爪を立てた。 『ひ、ぅっう!!……はぁっ、ぁ……イくッ……しご、くだけでっ、イっちゃうぅぅ……!!』 軽く扱いただけで我慢できない様子で腰を浮つかせ、イくと口にした蒼介。 程なくして清司の手のひらに白濁色の液体がどばっと吐き出されたのを見ては清司は息を飲んだ後、その手を後ろへと伸ばし窄まった孔へと塗り込んで慣らしていった。 『……っ、蒼介……我慢ならん、俺もいいかっ……?』 清司の肉棒は大きく膨らんで主張していた。こんなものを挿入されたらひとたまりもないだろう。 しかし、好奇心が勝った蒼介は『大丈夫』と優しく微笑みかけるとその顔がとでも淫らに見えたのか、清司の理性はぷつんと途切れたようで蒼介の脚を持ち上げ孔に肉棒を押し当てるとズブンッと一気に腰を落とした。 『か、は……ッ?!う、ぁああッ!!清、司さ、ん……ッん、ふぅ…ぅゔぅっ!!』 一気に腰を落とされると蒼介はあまりの衝撃に目を見開いた。 何度も犯されてきたはずなのにまるで初めてのような錯覚に身体が陥る。そしてそれと同時に身体が気付いてしまった、自分はこの人に犯される為に生まれてきたんだという事に。 奥深くまで突き刺さる肉棒に息苦しさを感じながら腰を掴まれてただがむしゃらに腰を打ち付け始めた清司を見上げるしかなかった蒼介。 『ふ……っ、ふ……ぅっ』 静かに吐息を吐いて必死に腰を打ち付ける清司。 二回り以上、歳が離れた蒼介に欲情するなんて思っているのだろうか。その眉間に皺を寄せる顔にはどこか迷いがあるようにも見えるが彼だって男である。 ケダモノの本性を見せた清司はただ目の前で己の肉棒をしゃぶりつくそうとする淫らな男を見て欲情し、己が溜め込んできた欲求をぶつけるように全力で腰を打ち付け、骨の髄まで貪り尽くした。 『く、ぅ……出す、ぞ……ッ』 『はぁあっ、ぁぁ……ッ!!』 最後までパンッパンッと部屋に肌と肌がぶつかる音を響かせていた清司は蒼介の腰を掴み直すと奥深くに己が子種をたっぷりと注ぎ込んだ。 それと同時に深い絶頂を迎えた蒼介は清司を見ながらぐったりとベッドに倒れ込んでいた。 白濁色の糸を引いて肉棒が引き抜かれた。まだまだ出せんと言わんばかりに勃起した肉棒を見て蒼介は『まだしますか?』と清司を誘うと欲を抑えきれないようで次は蒼介をうつ伏せにすれば股に擦り付けた後、再び挿入して激しく交わった。 こうして始まった蒼介と清司の淫らな関係。 息子であり親友である拓也は別室だというのをいい事に二人は毎晩交わり、お互いを確かめあった。 それが半年近く、毎晩欠かす事なく続いたある日、蒼介はほんの少しお腹が大きくなっているのに気付いた。 清司にお願いして医者を招いて検査をしてもらったらなんと妊娠は陽性だった。そこで初めて男体女性だと気付いた蒼介は戸惑いながらも『産むべきだ』と肯定してくれた清司の意見を聞いて産む事を決意した。 ひと月、またひと月と時間が経つにつれて蒼介のお腹は順調に膨らんでいった。 安定期に入ると蒼介は自ら清司を誘い、身体を重ねた。 『……なかなかにしてキツいな、苦しくないか?』 『だい、じょうぶです……っん、ぅ……ッ』 蒼介を楽にさせるべく、仰向けに寝かして身体を重ねていた清司。 なかなか経験できない妊婦を犯すという行為に酷く興奮を覚えながら足を掴んでゆっくりと奥を突きあげていた。 むくむくと湧き上がる欲求、あと少しで奥に出せると思えば清司は蒼介の足を持ち上げて奥を何度も突き上げると蒼介もまた限界なのか、獣のように荒々しく息を吐いた。 『…ぁ、ひ……ッ、ふー……っ……ふーっ……ッ』 『……ッ出すぞ、蒼介……ッ!!』 『ぁ、あっあ…!!ふぁ…あ……ぁぁぁあ……ッ』 甲高くも甘ったるい、中に出されて悦ぶ声に清司はゾクゾクと興奮を覚えながら中に出した。 妊婦相手にイケない事をしているという背徳感を覚えるとなかなかやめれなかった。 何度も求めるように執拗に奥を突いて満足しようとしていると蒼介は『子供みたいですね』とはにかんで清司の頭を撫でた。 『……、俺は蒼介が好きでたまらないんだ……っだから、もっと奥を突いて満たされたくなる……』 何を今更言う。そう言わんばかりにわしゃわしゃと清司の頭を撫で回した蒼介は清司の頬に手を添えてこちらに向けさせると誘った。 『もっと僕をぐちゃぐちゃにしていいんですよ……っ、僕も清司さんが大好きです……』 優しく唇に口付けて好きだと伝えた。すると清司は嬉しそうに微笑み『ありがとう』と言えば蒼介に覆い被さって激しく奥を突きあげた。 母子共々に響きそうなぐらい、荒々しく律動し始めた肉棒はただ快楽を貪るように突き上げた。獣のように交わる事に蒼介は酷く興奮を覚えては恥ずかしそうに口元を抑えて顔を逸らした。 『はぁっあっひぃ……ッひぁぁ……ッ!!イくぅぅ…ッ奥突かれてイッちゃうぅぅうッ!!』 覆い被さる清司に抱き潰されるかのように抱きしめられていると蒼介は身動きのひとつも取れないまま、身体を仰け反らせて盛大に果てた。 蒼介が果ててから程なくして清司も絶頂を迎えたのか、やや強く抱きしめながら息を大きく吐いて温かくねっとりと絡みつく中に白濁色の液体を注いでいた。 全て出し切った頃に腰をゆっくりと引くと蒼介の額に口付けた。 『いつもすまない、無理させて』 そんな優しい気遣いすら嬉しくて蒼介は『大丈夫です』と微笑みかけた。 優しい穏やかな時間はゆっくりと流れる、その間も熱が少しずつ抜けていき手足が寒く感じはじめた。 それを気遣うように身体に毛布をかけてもらえば蒼介はゆっくりと上体を起こした。 『お風呂入りましょうか』 『そうだな、入らないとだな……』 とても穏やかな時間が過ぎていく。 一緒に風呂に入り、共に寝て共に起きる。 同じ家に住む拓也とはどこかぎこちない関係だが『アオイが幸せなら俺はそれでいい』と笑ってくれる。 まだまだ親としての自覚や自信はないが蒼介は満たされていた。 充分なぐらいに渇いた心は満たされていた。 それから幾月と時間が過ぎて、蒼介は出産に備えて入院した。 子供は平均体重より少ないものの元気に産まれた。母子共に安全に事が終わった事に病院側も見舞いに来ていた清司と拓也も安心していた。 それから暫くの入院期間を経て、蒼介が退院する直前に清司はある決断をした。 『蒼介、お前を帰すつもりなんだがどうだ?』 家に帰る為の準備をしていた蒼介にそう問いかけた清司。 突然の問いかけ、そして帰すという言葉の意味に蒼介は頭が追いつかず、理解できなかった。 『……な、何言ってるんですか?これからわ子育てもしないと……いけないですし……っ』 明らかに動揺している事を体で表すかのように揺れる瞳、震える唇。 『ただ単純に家に帰すわけじゃない、ある伝手に頼んでお前に家を持たせてもらい、そこに住んでもらう。そんで安全な学校に復学してもらう』 『……ぼ、僕は今の環境のままでいいんですよ?どうしてそこまで……っ』 どうしてそこまでするのか分からなかった。 ここから出なくなって生きていく事は出来る、充分なぐらい今の生活に満足しているからそれでいい。 何度もそう、清司に伝えようとした。 しかし揺るぎのない決意、真っ直ぐと蒼介の将来を見据えているのに気付いては何も言えなかった。 『ピアノ、弾きたいだろう?今のままじゃ外にすら出れない。だから一度、お前を外の世界に戻す』 『そ、そんな事望んでませんから!僕はっ、僕はただっ……』 ───一緒にいたい。 その言葉が喉でつっかえて出なかった。 蒼介は以前から何度も話した事がある。将来はピアニストになりたい事を、何度も。 両親の元にいた時は全くもって夢のような話だったがこうして清司といれば叶えれそうな気がした。 しかし、叶える為には外に出なくては行けない。それがとても怖くて現実逃避を繰り返して見ないようにしていた。 『……俺はお前の味方だ。だからこそ、お前の夢を叶えたい……駄目か?』 分かっている、そう伝えるように小さく頷くと優しく微笑みかけてくれた。 それで話しは終わり──と思っていたが蒼介は最後に声を振り絞った。 『一年だけ、待ってください。僕もこの子が成長するのを見ていたいんです。……だめですか?』 自分が男という性に生まれながらも特殊な体質のおかげで産めた愛おしい我が子。 この手で育て、幼い頃の自分では出来なかったことを沢山してあげたい。 そう願っていたがそれが叶わないのならせめて一年だけ、男であるがこの体質なら母乳を出せる。それを使って精一杯愛情を与えて離れたい。 その言葉を聞いて、ほんの少し清司は間を開けてから答えを出した。 『一年だけだ、それが終わったらお前を外に戻す』 その言葉はとても寂しいものだった。 しかし、清司が変わらず穏やかに、そして優しく見つめてくれたおかげで蒼介ははらりと泣くだけで踏みとどまれた。

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