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第2話 オーマイゴッ!
「やば……やばいよぉ……」
笑いが止まらん。まさかのあの先生に笑顔でサインもらえるとか、まじでやばい。
マイエコバッグの中を覗けば、金で縁取られた色紙にニヤニヤが止まらない。
初十八禁は先生の御本で! って思ってました!
なんて言ってないけど、心の中で叫びまくりつつ、取りたてほやほやの運転免許証を前に突き出したんだ。高卒までの間と、それから春休み、まぁ、オタクである僕に春爛漫なイベントなんてないので、全然時間に余裕ありまくりで、一日中教習所に入り浸ってゲットしたんだ。これがあれば買えるって。そして手に入れた、ついに、ついについに手に入れたあの先生の十八禁本にスキップしちゃいそうだった。
「ぐふふふ」
「お、青葉、おかえりー」
「ただいまぁ」
「神の本は買えたか?」
もちろんですとも! って、山本の目の前にかざすと、よかったなぁと親戚のおばちゃんみたいに喜んでくれた。
「どう? 一冊くらい売れた?」
「今のとこは……」
「ですよねぇ」
そうだよな。ようやくこの十八禁の世界に突入できたばっかだし。周り見たってえろすは溢れてるわけで。今までこの高校生っていうことで飛び込み厳禁になっていた世界において、僕らのことを知ってる人なんてほとんどいない。SNSはやっているけどフォロワーさんだって数える程度。やっぱり高校生っていうことで主戦場の遠くの遠くの砂場にいる感じ。
公園だってそうじゃん?
お砂場よりも人気なのは、それ、どうやってよじ登るんですか? みたいに鉄の棒がウネウネとのたうち回る、山本大好きな触……いや、そういうと健全なはずの公園が急に魔界の巣窟みたいになっちゃうけど、つまりはそういうちょっとスリリングな遊具の方が人気なわけで。
けどそういうところはお子様には入れない場所だったから。
「留守番本当にありがとー。山本も行って来てください」
「おう」
「頑張って」
「おー」
でも、まぁ、初参加なんてこんなものでしょ。
一冊売れたら万々歳。だってこの場所にいる人のほとんどが僕らを知らないんだから。パッと見て買って行ってくれる人がいるかもしれないなぁ……くらい。
新参者はのんびりこの場所の空気でも吸って……あ、そうだ、一応、席戻ってきましたって言った方がいいのかな。反応くれるの山本のアカウント「ヤマ」だけしかいないだろうけど、やっとく? 自サークルに戻ってきましたー! 的なこと、呟いとく?
お隣さんの迷惑にならないように、いそいそと自分のテーブルの前に立ち、パシャリと一枚写真を撮ってSNSにあげた。
戻ってきました!
って。
そうそう、こういうの憧れたんだよね。今までは、いいなぁ、なんか楽しそうだなぁって眺めてるだけだったこの憧れの一言!
そして、その僕の発言がタイムラインに載っただろう数秒後。
ほら、やっぱ、そこに返事をくれるのはヤマと、それからちらほらとフォローしてくれてる人が、ぽち……ぽち……って、ナイスをくれる。
大手とかさ、一万超えのフォロワー数の人とかはわからないだろうけど、僕なんかだと、毎回ナイスをくれる人って覚えちゃうんだ。
「あ……」
ほら、またくれた。いわゆる常連さんみたいなさ。そんな人に心から感謝をしつつ。
「アノ」
「は、はい!」
あとは思う存分、でもまったり、のんびり、イベントを堪能して帰ろうかなって。
そう思いながらスマホを眺めてたら。
「……」
人が、来た。うちのサークルに。
「ここ、ブルーグリーン、ですか?」
「は、はい!」
うちのサークル名、知ってるんだ。すご。
俺の青葉って名前からつけたんだ。青に葉っぱの緑色で、「ブルーグリーン」。そんなシンプルすぎるサークル名をとても綺麗で流暢な、ナチュラルな素敵英語発音で。
「おー迷子」
「へ? 迷子?」
迷子なら……多分ここではなくインフォメーションとか? あ、もしかして、誰もいないで暇そうにしてるからインフォメーションセンターと間違えちゃった? いやいや、こんなスペースゾーンにはございませんよ。
ほら、あの、出入り口の方かと思いますよって、英語でなんていうんだよ! って慌ててた。
英語は苦手です。
でも知らない人だと日本語での会話すら苦手です。
ものすっごい人見知りなので。
「ゴッド」
?
ガッド?
なんだそれは。擬音?
「ファンデス」
?
半です? 時間?
「イッサツクダサァイ」
「……」
人が来た。
とにかく、人が。
「あ」
今気がついた。
この人、さっきの人だ。
コスプレの。
壁サーに並んでる時に見かけた。
金色の髪に、サングラス。
あ、サングラスとった。
わ……青い瞳。
本物。
多分、カラコンじゃないと思う。すごい色してる。青? グリーン? でも銀色も混ざってるような、金色のような? でもでも、なんだか黄色も混ざってませんか? 見れば見るほど、不思議な色。そして、新発見。まつ毛も金色。
そんで、サングラスを取らなくても充分わかるんだけど、サングラスを取ったらもっとよくわかる、ものすごいイケメン。ちょうど、この前、買ったスバダリが不憫受けを溺愛しまくるのが最高だったBL本に出てきそうなイケメン外国人が。
「シンカン、イッサツ、クダサァイ」
なぜかこの最弱新参サークルへ、やって来て。
「へ?」
「ムハイポスカ、もらってイイデスカ?」
ムハイポスカなんてオタクしか言わなそうな単語を口にし、にっこりと、本当に本気であのBL本のスパダリみたいに微笑んだ。
「ア、アノ」
思考回路がバグったかも。今時、異世界転生物でも絶対にやらないようなことしちゃった。あれ、頬っぺたをつねってリアルかどうかチェックってやつ。
痛かったら夢じゃないのでリアルです、ってやつ。
「……痛い」
そして、けっこう痛かったので。つまり、これは……リアル、のようでした。
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