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第75話 オタクパワー

「おーい! 青葉ー!」  今日は、山本と会う約束をしてた。  久しぶりにカラオケとか行こうよって。グリーンも誘ってって。  その時はグリーンのおじいちゃんは元気だったから、急に向こうに帰らないと行けないなんて思ってもいなかったんだ。だから三人で遊ぼうって。プールでもいいかもなぁ、って思いつつ、でもチケット高いしなぁなんて悩みつつ。かといって、市民プールじゃ……大学生三人はちょっとイタイでしょって。  でも、プールは無しにしてもらった。ファミレスでご飯でも食べようよって予定を変えてもらったんだ。  だって今、歌を歌いたいような気持ちになれそうになかったからさ。  だから地元が近いしこっちのファミレスで待ち合わせて。 「元気だったか?」 「うん」  ちょっと落ち着く。 「カラオケじゃなくてよかったんか? 青葉、カラオケ好きじゃん」 「うん」 「人前じゃ絶対に歌わないもんな。けど、グリーンの前だったら平気だろ? なのに」 「……うん」 「そんで、そのグリーンは?」  山本は不思議そうな顔をして、飲みかけのお茶をちゅううううって勢いよく飲んだ。きっとカラオケを基本人前で歌わない僕がグリーンの前でなら大丈夫だろうって思って、でもそのグリーンがいないからやっぱりカラオケはやめてファミレスご飯にした……んだろうけど、そのグリーンがいないっぽくて。  多分そんな感じで、不思議に思ってる。 「グリーンは……今、帰ってるんだ。向こうに」 「あ、そっか。帰省かぁ。なんか帰省すんのも大変そうだよなぁ」 「うん」 「アメリカかぁ」 「おじいちゃんが具合悪いらしくて」 「へぇ」  だから、今、ここにいないんだ。 「そっか、そら、帰るわな」 「……うん」 「アメリカねぇ」 「うん」  でもまぁ夏休み長いしなって山本またお茶を飲んで。 「けど、連絡は取ってるんだろ?」 「うん。時差すごくあってさ」 「まぁ、そうだろうなぁ」  きっとグリーンが向こうで暮らしながらこっちのオタ活を眺めてた時もこんな感じだったのかな。  遠いなぁって思いながら、欲しい本とか買えないもどかしさを感じたりして。 「向こうが夜だとこっちは昼だし……」  行けないイベントとかを眺めて。  行ってみたいなぁ……って。 「だから…………」  会いたいなぁって、思って。 「…………」  僕に会いたいって思ってくれて。 「青葉?」 「……」  それで――。 「……僕」  会いたいなぁって思ったから、会いに来てくれた。  じゃあ、僕も会いたいって思ったんなら、会いに行けばいいんじゃない、かな。 「青葉?」 「僕、行ってこようかな」 「? どこに?」 「グリーンのとこ」  だって、グリーンが僕のところに来てくれたのなら。 「とりあえず」 「ぉ、おぅ」 「ごはん食べる。たくさん。ミートソースとポテトとそれから」  僕もグリーンのところに行けるんじゃないかな。  不可能なことなんて、ないのかもしれない。  だって、いつか参加したいと思ってた同人誌即売会参加できたじゃん。作れないかもーって必死だった漫画だって、僕にも作れたじゃん。それもって参加して、グリーンっていう、僕にはそんな存在ないと思ってたファンの人に買ってもらえたじゃん。  だから。 「わ……パスポートってできるまでこんなに日数かかるんだ。じゃあ、明日行かなくちゃ」  僕も、海。 「バイトは明日何時からだっけ」  越えられるんじゃないかな。 「えっと」  なんだって、できるでしょ。  日本でさ自分で本作って売るなんてことする人どのくらいいるんだろ。  僕はそれできたじゃん。 「パスポート、申請……えっと用意するのは……」  あの時、すっごかった。  念願叶って遂に参加した即売会イベント、めっちゃ大興奮だった。楽しくて、一日中ワクワクしっぱなしだった。なんもわかんないのに、どんな感じなのかもちっともわからなくて設営にどのくらいの時間がかかるのかもわからなかったのに。  でもできた。  ちゃんと時間内にできたんだ。  ――うわぁ、すっげぇ……。  だから、僕だってできるんじゃん。 「あ! 後、飛行機のチケット! 銀行も明日行かないとだ! お金!」  会いたいなら会いにいこう。  行ってみたいなら、行ってみよう。  作ってみたいなら、作れるよ。 「よおおおおし!」  オタクの活動力ってさ。 「待ってて! グリーン!」  きっと陽キャの人たちなんかよりもずっとずっとパワフルなんじゃないかな。日頃、おとなしくしてパワー溜めて溜めて、大事な時にめちゃくちゃ発散するっていうかさ。  すごいことじゃん。同人誌即売会。前入りっていうの、する人もいるんだよ? 前の日に飛行機でこっちまで来て前泊で参加して、当日、ビューンって帰って翌日からお仕事なんて人もいる。  ね?  すごいよね。  オタクって、すごいんだ。 「ガッツポーズ……」  そして、グリーンからもらった葉っぱを写真に撮って、僕は言葉じゃなくて、ガッツポーズのスタンプと一緒にSNSにアップした。  その写真にグリーンから、ナイスってリアクションをもらえたのはその翌朝のことだった。

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