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第74話 電話

 夏だからかな。  春にグリーンからもらったアイビーは小さな黄緑色の星みたいな葉っぱをその先に作って、どんどん成長していってる。 「すごいなぁ」  元気だなぁ。 「……」  スマホで、その葉っぱを写真に撮ってSNSにアップしてみたら、グリーン、気がつくかな。今って、向こうは何時だっけ。  ――すごい! 葉っぱ、めっちゃ育ってる!  そんなメッセージと写真を一緒にあげてみた。  あ、でも、気が付かないかな。タブレットで見てみたけど、多分、グリーンのところでは昨日の朝になってる。だから、きっと気が――。 「! もしもし?」 『青葉?』 「…………あ」  グリーンだ。 『ごめん。今、平気? アイビーの葉っぱの写真……』 「へ、平気! 全然平気!」  やばい。 『元気だった? ってまだ一週間か』  声聞いただけで泣きそ。 『なんか……すごい会ってないような気がする。そっちは暑い? って、夏だから暑いか。こっちも暑いよ。青葉は原稿進んでるみたいだね。昨日もちょっとアップしてたけど』  頑張ってるよ。冬には出したいから。冬、イベントに参加しようと思ってるんだ。きっとその頃にはグリーンこっちに。 『山本は元気にしてる?』  どうだろ。SNSでは好きな先生の新刊に身悶えてたけど。 『新作買ったって嬉しそうにしてたね』  フォローしたんだっけ? でも、僕伝手で見えるもんね。 『本屋……青葉と行ったの楽しかった』  やだよ。なんか、それ思い出を語るみたいなの。 『こっちには本屋もないんだ。コンビニに行くのも一苦労だからさ。実は青葉のところよりずっと田舎出身』  本屋なんてまた行けばいいじゃん。戻ってきてからさ、たくさん、すぐ近く、って、グリーンのアパートからはちょっと遠いけど、でもコンビニなら近くにあったでしょ? ゼリーだってスポドリだって買い放題。ちょっとぶらっと行けば、あの美味しいって、グリーンが好きなパンだってすぐに買えちゃう。もうそういうのできないみたいな感じに言わないでよ。  また本屋一緒に行こうよ。 『今は麦刈り入れちゃったから、本当に何もないよ』  また一緒に行けるよね?  戻ってくるでしょ? 『バイトもあるし、課題もあるだろ? あんまり無理しないように』  冬には、イベントの時には、もちろん、こっちにいるよね? 『青葉?』  話したいこといっぱいあるのに。声出したら、震えちゃいそうで、黙って頷いた。頷いたってさ、電話じゃ見えないから、グリーンからしてみたら完全無視と同じなのに。  電話なのにって思って、電話なんだって思って。 『あ……祖父はまだ入院してるんだけど、でも大丈夫。命に、みたいなことはないって』  よかった。  じゃあ、やっぱり少ししたら戻って――。 『けど、大学は休学する、かも』 「ぇ?」 『……秋に種まきがあるんだ。いつもは祖父と父がやってたから。今度は父が祖父の代わりにそれをするんだけど、一人じゃ大変だし……』 「……ぁ」 『手伝わないと』 「そ……ぅ、なんだ」 『……うん』  秋って、さ。 「え、じゃあ、それまで」 『……』  今度はグリーンが黙っちゃった。  電話だから、黙られちゃうと今、グリーンが何を考えてるのか、何を思ってるのか、どんな顔をしてるのかもわからない。目の前にいたらそんなのすぐにわかっちゃうのにって。頭の中はグリーンのいろんな表情がくるくるくるくるたくさん回ってる。けど、電話じゃそのうちのどんな顔をしてるのか、ちっともわからない。 『難しいよね』 「……ぇ?」 『いつもここを出たいと思ってた。広いけれど、狭くて、窮屈で、俺の好きなものは家族にとっては、少し困りもので、いつも、まったくって溜め息をつかせてしまうから、出たくて出たくて仕方なかったのに』  グリーンの住んでるところはすごく田舎で、おじいちゃんは海をテレビでしか見たことないって言ってたっけ。だから、アニメとかにも偏見があって、グリーンにとっては少し窮屈な場所だって。 『それでも大学に行く我儘を聞いてくれた両親と、帰国した俺を見て力無く笑う祖父を見てると……』 「……」 『すぐにそっちに戻ることが……』  グリーンはいつでも優しくて、優しくて。 「……うん」  優しいから。  そして、頭の中に浮かんだのは二つのグリーンの笑った顔。  一つはすごく優しく微笑むグリーンで。 『できそうにないんだ』  もう一つは、困りつつも笑った顔。 「……うん、そうだね」  でも、きっと今電話の向こうでグリーンがしている表情はもっと切なくて、もっと苦しくて、もっと寂しそうな顔なんだろうって、戻れないと呟く声を聞いてそう思ったんだ。  とりあえず、種まきが終わるまでは大学は休学することになるんだろうって。それから先は相談して決めると言っていた。学ぼうと思えばいつでも、何歳になっても学べる。復学するのはおじいちゃんの体調が良くなってからでも大丈夫。学びたいことは逃げていってしまったりしないのだから。  でも、それじゃあ、僕は――。  我儘、なんだろうけど、じゃあ、僕は? って考えてしまうんだ。  僕はグリーンに会えないじゃんって。 「バイト……行ってきます……」  いつも通りの夏休みの一日を過ごしながら、ずっとずっと、そんなことを考えて、足元の濃い影を見つめてた。

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