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第13話

それからしばらくして、春輝たちは夏休みに入る。 コンクール前のこの時期に厄介な事になったけれど、春輝は出演したいと貴之に相談し、夏休み中も付き合ってくれることになった。 部活動があるので学校も寮も通常通り開いているが、帰省などで少し生徒が減った朝の食堂を見て、春輝は少し気が楽になる。疑われる生徒が少ない方が、貴之にとっても楽だろう。 あれから冬哉とは相変わらずになってしまった。いつまで続くんですかと冬哉は水野に問い詰めていて、彼は「一之瀬の気が済むまでが約束だ」と返していた。だから冬哉はずっと不満げで、本当に冬哉が犯人じゃないよな、と春輝は祈りに近い形で思っている。 それに、貴之がそばにいる事で、春輝にとって嬉しくない噂が立ってしまった。 春輝と貴之が付き合っているという噂だ。春輝は、聞かれたら全力で否定しているが、噂をしている人たちに伝わっているかはまた別だ。 (水野もオレも男なんだけど……男子校ならありえない話じゃないのか……?) 冬哉もこの学校に好きな人がいると言っていた。それは普通の事なんだろうか? と春輝は内心首を傾げる。その噂もあってここ二、三日は気が滅入っていた。 「おい、時間気にしなくて良いのか?」 「あ、うん……行くよ」 行くって、まだ残ってるだろうと言われ、食欲無いからと立ち上がった。貴之は何か言いたそうにしていたが、ため息を一つついて黙って春輝に付いてくる。 「そう言えば、明日はコンクールなんだろ?」 校舎へ向かいながら、貴之は言った。正直問題を解決してからというのが理想だったけれど、犯人はあれから何もしてこない。 (でも、それが怖い……機会を伺っているようで……) だから春輝は余計に気になって、部活にも身が入らない。春輝は上の空で返事をする。 明日はコンクールの地区予選だ。バスをチャーターして行くため、貴之とは別行動をせざるを得ない。 春輝はため息をついた。 コンクールの事以外の心配事が多すぎる。ただでさえ気疲れする時期なのに、と考えていると、貴之に呼ばれた。 「ん……なに?」 「壁にぶつかるぞ」 そう言われ、見ると目の前に壁が迫っていた。慌てて方向転換すると、貴之は大丈夫か、と聞いてくる。 「うん……ちょっと疲れてるけど」 春輝は困ったように笑った。春輝のワガママで、貴之の受験勉強の時間が減っているのだ、申し訳ないと思う。貴之は特進クラスだから、余計に時間を無駄にしたくないだろうに。 「……コンクールが終わったら、どこかゆっくりできる所に遊びに行こう」 「……そうだな」 貴之の誘いに、春輝は何も考えずに頷いた。とにかく、今はゆっくりしたい。 春輝は部室へ行くと、楽器を取って音楽室へ移動する。音楽室では既に合奏の準備で騒がしくなっていて、貴之と別れて音楽室に入っていった。 その直後に顧問が入ってきて、指揮台に乗ってスコアを確認している。明日が予選本番ということもあり、顧問も生徒もピリピリしていた。 春輝は席に着くと、先にいた冬哉に声を掛けられた。 「春輝。最近の春輝の音、全然楽しくないんだけど。……悪いけど、今日もその音で吹くなら、明日出て欲しくないんだ」 「……ごめん」 「何で謝るの? 僕は音を直せって言ってるんだけど?」 ニコリともしない冬哉は演奏者モードに入っているからだとは思うけれど、今の春輝にはダメージが大きい。 その後の合奏で、春輝はいつもしないようなミスを連発し、冬哉が我慢できなくなったところで春輝自身も限界となり、合奏を抜けて個人練習をし始めた。 一人になるなとは言われたけれど、音楽室から見える位置なので大丈夫だろう、と思って練習をしていると、顧問がやって来る。 「一之瀬、お前大丈夫か?」 「先生……すみません」 春輝が落ち込んでいるのが分かったのか、顧問はため息をついた。オレはため息をつかれてばっかりだな、と春輝は思う。 顧問は声を潜めて言った。 「……実は寮の方から一之瀬の周りで起きてる事件の事、聞いてる」 「……っ」 「しんどいよな。……でも、俺は一之瀬にいて欲しい」 もう少し頑張ってくれないか、と言われ、春輝としても舞台には乗りたかったので頷く。顧問はホッとしたようで、木村は俺が説得しとくからしばらく練習してな、と言われ、また音楽室へと戻って行った。 その後どうやら説得に成功したらしい、顧問が笑顔で手招きしてくる。しかし冬哉の機嫌は最悪で、春輝の事を見もしなかった。 それから一日の部活動を終え、迎えに来た貴之と寮に帰る。食堂で夕食を摂り、部屋に戻ると彼は浴室に向かった。 (あ、今日は金曜日か……) 春輝はベッドに寝そべる。水野の行動で曜日を把握するとかどうなのよ、と春輝は苦笑した。 すると、ドアがノックされる。 「水野先輩、荷物が届いてます。重たいので代わりに俺が持ってきました」 ドアの向こうから聞こえたのは、間宮の声だ。 春輝は迷った。貴之宛なら彼が受け取れば良いと思うけれど、重たい物を持ってきてくれたのだ、二度手間になるのは可哀想だとベッドから起き上がる。 「間宮?」 「春輝か? 水野先輩は?」 ドア越しに少し話して、春輝はドアを開ける。 「水野なら風呂だよ」 「そっか。……これ、中に置いていい?」 春輝は入り口へのスペースを開けると、間宮はそこに荷物を置いた。 「……参考書かな?」 間宮は春輝に笑顔を向ける。そして次の瞬間、みぞおちに衝撃が走り、息ができなくなった。 「ま、み……」 みぞおちを押さえて何で、と彼を見ると、間宮は細い目を更に細くして笑っている。けれど春輝はその顔に、ゾッとした。 間宮の細い目が開く。 「……春輝が悪いんだよ?」 春輝はその言葉を最後に視界が霞んでいき、意識を失った。

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