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第12話

教室に着くと、貴之はクラスメイトがある程度集まるまで春輝のそばにいた。三年生が一年生のクラスにいるだけで悪目立ちするので、廊下で少し待つ。 「あれ春輝? と、水野先輩。どうしたんですか?」 間宮がやって来た。挨拶を交わすと怪訝な顔をされたので、春輝は咄嗟に思いついた嘘をついた。 「水野が……そう、水野がどうしても一年の教室が見たいって言うから!」 「……三年の教室もそんなに変わらないと思うけど……」 春輝の隣で、貴之がため息つく。自分でももっと上手い嘘をつけなかったのかと春輝は思うが、咄嗟に出てきてしまったものはしょうがない。 「実は昨日カードゲームで負けてな。しばらく俺は一之瀬の言いなりだ」 相変わらずの真顔で、しれっと嘘をつく貴之。春輝は「その手があったか」と小声で言ってしまい、貴之に睨まれる。 「だから迎えにも来るが気にしないでくれ。罰ゲームの一環だから」 「……そうですか……」 春輝は間宮がそう言ったのを聞いて、ホッとした。どうやら、とりあえず誤魔化せたようだ。 「じゃあ一之瀬、また昼休みに」 「あ、うん……」 貴之はそう言って去っていく。 「なーにアレ? 本当に罰ゲームなの?」 貴之が見えなくなると、間宮は呆れたような声で聞いてきた。春輝は頷くと、ふーん、と彼は貴之が去って行った方を眺める。 「カードゲームで勝ったんだ?」 間宮が教室に入った。そこを掘り下げられるとは思っていなかった春輝は、慌てて彼の後を追う。 「そう。水野、ああ見えてめちゃくちゃ弱いんだよ。オレには絶対勝てるとか言うから、ボロカスにしてやった」 貴之が聞いたら確実に睨まれそうな事を言うと、間宮はニッコリ笑って、そう、と相槌を打った。 そして宣言通り昼休みも、放課後も迎えに来た貴之に、本当に来たんだ、と間宮は苦笑している。 「でも、罰ゲームとか言いながら、水野先輩、楽しんでません?」 「まさか。面倒な事この上ない。……一之瀬、行くぞ」 「あ、うん……」 「またね、春輝」 春輝は間宮に挨拶すると、貴之を追いかける。部活に行く時まで来るとは思わず、移動の度に来るの、面倒くさくないのか、と聞いた。 すると貴之は足を止めて振り返る。 「どうやらお前は危機感が足りないようだな。さっさと警察に言えばいいものを、まわりくどい事をしているのはどこの誰だ?」 「……」 春輝は不満げに視線を逸らした。しかし今日一日だけで間宮には呆れられていたし、もう少し目立たずにできないものかと思う。そう春輝は言うと、貴之はため息をついた。 「無理だな。……一之瀬、お前、本当に犯人の目的が何なのか分かっているのか?」 そう言われて、何かで濡れた春輝の下着を思い出し、思わず身震いして、両腕を抱きしめる。 「……アレのようになりたくなければ、これくらい我慢するんだな」 貴之は歩き出した。 そうだ、貴之は抑止力の為に春輝に付いている。犯人も探さずこんな事をしていても、解決にはならない。 「一之瀬、これも大きなデメリットがある」 春輝は無言で彼を見た。 「俺がずっとお前に付いている事で、犯人にストレスを与えてしまう。何がなんでもお前に近付きたいと、強硬手段に出る可能性が出てくる」 本当に心当たりは無いんだな? と問われ、春輝は頷く。 すると、部室の前で冬哉と鉢合わせした。彼は貴之の姿を認めると、どうして水野先輩が? と聞いてくる。 「ああ、罰ゲームでしばらく一之瀬の言いなりなんだ、気にしないでくれ」 貴之が答えると、冬哉は何故か何かを考える素振りをし、春輝を見た。 「春輝、僕、春輝とちゃんと話がしたい」 そう言われて、春輝はホッとした。しばらく避けられていたから、もうちゃんと話せないのかと思っていたのだ。 「水野先輩、春輝と話してきます」 「それは結構だが、俺も付いていくぞ?」 二人きりにもなるなと言った貴之だ、案の定付いてくると言い出した。冬哉は怒ったように口を尖らせる。 「何でですか? 春輝と二人きりにさせてください」 「ダメだ、罰ゲームは絶対だと言ったのは俺自身だからな」 「たかだか罰ゲームで、そこまでする必要性無いですよね?」 二人の会話の雰囲気がどんどん険悪になっていくのに、春輝はふと、先程の貴之の言葉を思い出す。 『何がなんでもお前に近付きたいと、強硬手段に出る』 まさか冬哉が? と春輝は身震いした。こんな可愛い顔をして、あんな気持ちが悪いことをするのかと考えたら胃がおかしな動きをして、思わず口を押さえる。 (いいや、冬哉じゃない……冬哉であって欲しくない……っ) 「一之瀬……っ」 目眩もしてふらついた身体を、支えたのは貴之だ。 「……っ、う……っ」 苦しくて生理的な涙が浮かぶ。そばで冬哉が心配そうに顔を覗き込んでいた。 「……お前は、今日部活休め。悪いが木村……」 「……はい。……またね、春輝」 春輝は頷く事もできず、貴之に肩を借りて歩き出す。 春輝は、水野は力があるんだなとか、自分とは違ってしっかりした身体をしているんだなとか、こんな時なのにぼんやり思った。 そして何より、身体に触れているのに、どうして安心するんだろう、とも。 どうやら春輝は、自分の思っていた以上にショックを受けているようだ。でなければ、鬱陶しいと思っていた貴之がいて、安心するなんて思う訳がない。 「一之瀬」 人が周りにいなくなったところで貴之は話し掛けてきた。 「もう警察に届け出るぞ、いいな?」 そして俺もそばに付く、と言われ、春輝は仕方なく頷く。これ以上ショックを受けるのはもう嫌だ。春輝は、自分がこんな目に遭っている事を、認めたくなかっただけなのだ。 そう思ったら、涙が止まらなくなった。 貴之は無言で背中を撫でてくれ、その優しさにまた涙が溢れ出る。 「……落ち着くまでここで休むか?」 春輝は頷く。確かに、これ以上進んだら、生徒がいる可能性が高かったからだ。春輝は階段の段差に腰を下ろすと、貴之も隣に座る。 涙腺が壊れたのかと思う程涙が止まらない。春輝は半袖が濡れるのも構わず、落ちてくる涙を拭った。 貴之は春輝が落ち着くまで、ずっと春輝の背中に回した手を離さなかった。

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