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第11話

「おい、起きろ」 次の日、春輝は貴之の声で起こされた。目を開けると、貴之も今起きたらしい、彼も部屋着のままだった。 「え……? 何でこの時間?」 寝ぼけ眼で起き上がると、お前を送ってから教室に行くなら、ギリギリじゃ遅刻するだろう、と返ってきた。どうやら本当に春輝に付く気らしい。 「……」 春輝はため息をつくと、仕方なく動き出す。 「ってか、犯人は水野って事はないのか?」 着替えながらそんな事を言うと、貴之は動きを止めてこちらを睨んでいた。 「……ごめん」 悪い冗談だった、と謝ると、もしそうならこんな回りくどい事しない、と言われ、それもそうかと納得する。 しかし何でまた貴之はそんな面倒な役を買って出たのだろう? 他人に興味がある感じでは無かったのに。 「なぁ水野」 春輝はネクタイを締めながら聞いてみた。 「何でこんな面倒な事に首を突っ込んでるんだ? オレに……っていうか、そんなに他人に興味が無かっただろ」 「……」 ネクタイを締め終わって貴之を見ると、彼は春輝をじっと見ていた。 「……なに?」 「いや。……お前があまりにも要領が悪いから、見かねただけだ」 「悪かったな。不器用なんだよ」 「悪いなんて言ってない」 貴之は笑った。クスクスと笑う程度だったけれど、彼の笑った顔を見たことが無かったので思わず固まってしまう。 「着替え終わったなら行くぞ」 貴之は歩き出した。春輝が要領が悪いのが、悪くないとはどういう意味だろう? 部屋から出て鍵を掛けると、食堂に向かう。 「なぁ、悪くないってどういうこと?」 「……見た目繊細そうなのに、大雑把で不器用な所が、みんなに好かれる要因なのだと思ったからだ」 「何それ」 貴之が言うには、寮長をしていて色んな生徒と接しているうちに、春輝の事を悪く言う生徒がいないことに気付いたと言う。みんな、口を揃えて「春輝ならしょうがない」と笑うのだそうだ。 春輝はバカにされているようで、気に食わない。しかし貴之は違うぞ、と言う。 「愛されてるんだなと思った」 「……っ」 不覚にも、春輝は貴之のその言葉にドキッとしてしまった。そしてそれを誤魔化すために、水野から愛なんて言葉、出てくるとは思わなかった、とそっぽを向く。 「実際言えばやる素直な奴だし、しかもやる時は一生懸命だしで、やっと最近みんなに愛される理由が分かってきた」 まぁ、面倒な事には変わりないが、と付け足す貴之を、春輝は恥ずかしくてまともに彼を見られない。 今まで人に興味が無いと思っていた貴之が、実はちゃんと人を見ていた。そうじゃなければ寮長に推薦される訳がないのだけれど、興味が無かったのは春輝の方だ。 食堂に着いてトレーを手にすると、貴之は真っ直ぐある席へ向かう。入口から一番奥の、端の席だ。 「何でここ?」 「前寮長から引き継いだ事だ」 ここなら食堂が見渡せるだろと言われ、何の為にと思ったけれど、食事中、彼は食べながら生徒の様子を観察しているのだ。 「水野先輩」 ふと、横から声を掛けられる。ネクタイの色からして二年生だ。 「風呂の電球が切れたみたいで……交換お願いします」 「分かった。確かお前は三〇五号室だったな。管理人さんに伝えとく」 「水野ー、やっぱエアコンの調子悪いわ。何とかしてくれ」 「了解。業者が来るまで扇風機で何とかなりそうか?」 「ああ、助かるー」 次々と声が掛かる要望に、貴之は淡々と答えていく。 春輝は初めてまともに、貴之が寮長をしている姿を見た。実は人望が厚いのでは、と今までの彼のイメージがガラリと変わる。 「水野……お前ってひょっとして、結構良い奴?」 「……どんな奴だと思われていたんだ」 貴之は呆れたようにため息をついた。ま、お前の態度で分かってたけどな、と言われ、素直に謝る。 すると、貴之はまた何かに視線を送った。春輝もつられて見ると、間宮がこちらにやって来ていた。 「おはよう、春輝。珍しいね、この時間にいるなんて」 「あ、うん……早く起きちゃって」 春輝は不自然にならないように答えると、彼はそう、とだけ言って、去っていく。 「……彼はいつも一人だな。部屋も一人だし、クラスでは仲は良いのか?」 「うんまぁ……クラスでは一番仲が良いかな」 仲が良いと言えば、と春輝は食堂を見渡す。冬哉はまだ来ていないようだ。 「冬哉、まだ来ていないようだけど……」 「……木村はいつも早く来て、朝練しているからな」 「えっ?」 知らなかったのか? と言われ、春輝は何も返せなくなった。間宮がクラス以外では一人行動が多い事とか、仲が良いと言った割には、何も知らない事に気付く。 「……オレ、本当に鈍いしバカだなぁ」 春輝は視線を落とすと、今更だな、と言われる。でも、と貴之は続けた。 「お前だから許されてる。それはお前の長所だ」 何だか慰められているのか、貶されているのか分からない言葉に、春輝は複雑な心境になる。けれど、昨日から春輝の中で、貴之の株が爆上がりしているのは確かだ。 (まぁ、元々マイナスからのスタートだけど……) 春輝は貴之を見る。スマートな顔はいかにも真面目そうで、時折メガネを中指で上げるのが偉そうで似合うなと思う。そして意外とまつ毛が長いんだな、と気付くと、冬哉が貴之の事をカッコイイと言ったのも少し、分かる気がする。 「一之瀬」 不意に呼ばれて返事をすると、早く食べろと言われた。 「早く起きた意味が無くなる」 「はいはい」 春輝は食べながら、もう少し笑ったら良いのになぁ、と思う。 (いやいや……) 水野が笑おうが、オレには関係ないじゃないか、と思い直し、食事を終えた。

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