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第10話
「一之瀬くん、荷物届いてるよ」
ドアの向こうから聞こえたのは、寮の管理人の声だった。春輝は大きく脈打つ心臓をなだめて、部屋のドアを開ける。
「はい一之瀬くん、ご実家からね」
赤本が三冊くらい入りそうなほどのダンボール箱には、確かに実家の住所と母の名前が書いてあった。お礼を言ってドアを閉めると、春輝は何だろう? と不思議に思う。実家に何か頼んだ覚えは無いし、連絡も無しに荷物を送ってくることもそう無い。送り状の品名には日用品と書かれていて、ある程度の重さがあった。
箱を床に置いて開けてみる。送り状を丁寧に剥がしてテープを外すと、中には白いビニール袋が入っていた。その袋の口を開けて、中身が何か分かった瞬間、春輝は慌ててダンボールの蓋を閉める。
今見たものが幻想でなければ、そこにあったのはジッパー付き袋に入った、春輝が失くしただけだと思いたかった下着だ。しかも白い何かで濡れていて、それで重さがあったのだと分かる。何で濡れていたのか、考えたくもない。
何で実家から届くのか? とは思わなかった。どこから実家の情報が漏れたのだろう? とすぐに思い至る。
春輝は気持ちが悪くなって、口元を手で押さえようとしたけれど、ダンボールを触った手を口元にやりたくなくて、腕で口を押さえた。
(怖い……)
身に覚えのない憎悪を向けられて、春輝はその場から動けない。そのうち貴之が浴室から出てくる、その前に何とかしなければと思うけれど、箱すら触りたくない。
どれくらいそのままでいたのだろう? 浴室のドアが開く音がして、春輝は箱をそのままに、ベッドに入って頭から布団を被った。
着替えた貴之が部屋に来る。案の定、開けてそのままの荷物を見咎めると、声を掛けてくる。
「おい、荷物を開けっ放しで置いておくんじゃない……」
春輝は布団から顔だけ出すと、貴之はその箱を持ち上げようとした。
「だめ! 触るな!!」
思わず叫ぶと、貴之の手が止まる。しかしすぐに、春輝の様子がおかしい事に気付いたようだ。どうした、と春輝を見てきた。
春輝は視線を逸らす。
ため息をついた貴之は、その箱に手を伸ばす。春輝の制止も聞かず中身を確認すると、顔を顰めてそっと閉じた。春輝は顔ごと視線を逸らす
「これは、お前の下着か?」
「そうだよ……」
春輝は消え入りそうな声で呟く。恥ずかしい、怖い、と色んな感情が混ざって、目頭が熱くなった。
「身に覚えは?」
「無いよ……」
ベッドの上で膝を抱えて顔を伏せる。けれど声が震えてしまって、泣きそうなのがバレてしまったかもしれない、と情けなくなった。
「一之瀬……」
貴之が近付いてきて、春輝のベッドに腰掛けた。
「ちゃんと教えてくれ」
貴之の真剣な声に、春輝はそろそろと息を吐くと、震えた声で話す。
「本当に……分からない」
「……これが初めてか?」
貴之の言葉に春輝は思わず彼を見た。どういう事だという顔をしていたらしい、貴之は説明してくれる。
「こういうのは段々エスカレートしていくんだ、お前は鈍感だから、こういう直接的な表現に出た」
「また人の事鈍感って……オレ誰からも恨みを買うような事してない……っ」
春輝はそう言うと、貴之は静かに首を横に振った。
「違う一之瀬、逆だ。……だいぶ歪んではいるけれど」
貴之の言葉の意味を理解した春輝は、今度こそ恐怖で涙が溢れ出てくる。嘘だ、こんな愛情表現があってたまるか。
「知らない……っ、本当に……」
ハッキリと言われたとか、言い寄られたとかなら分かるけれど、それも無い。春輝は首を振る。
「よく物を失くすなって思ってただけだっ、オレちょっと抜けてるから……っ」
「そこは自覚あるんだな」
からかうなよ、と春輝は泣きながら貴之を睨んだ。しかし彼は真剣な眼差しで、何を失くした、と聞いてくる。
「シャーペンとハンカチと……水着……それから多分カバンに付けてたキーホルダー……」
そうか、と水野は頷き、何か考えている素振りをした。
「……どうやら、一之瀬自身に被害が及ぶのも、そう遠くはなさそうだな……」
「脅すこと言うなよ!」
もう嫌だ、何で、と春輝はまた顔を伏せる。被害って何だ、考えたくない。
貴之はため息をつくと、春輝を呼んだ。
「……これは立派な窃盗だし、嫌がらせだ。警察に……」
「絶対嫌だ!」
春輝は思わず布団を剥いで叫ぶ。涙目で貴之を見ると、何故か彼は息を詰まらせた。
「おおごとにしたくない……男が、そういう目に遭ったなんて知られたくない……っ」
はぁ、と貴之がため息をつく。本当に、この人はため息ばかりだな、と春輝は思った。しかし相手も分からず、身に覚えのない好意を歪んだ形で伝えられて……その相手は確実に男だと分かったら、こっそり解決したいと思うのが普通ではないのか。
「……分かった、じゃあこうしよう。これから俺が、お前が一人にならないように付く」
「……え? 嫌だよ、そんなの……」
目立つじゃないか、と春輝は眉間に皺を寄せた。それでまた変な噂を立てられたら、嫌だ。
「じゃあどうするんだ? 警察に言ったら犯人は早く捕まるけど、奴らはお前を護衛してくれる訳じゃないんだぞ?」
俺がついていれば、多少は抑止力になると思う、と水野は言うが、春輝は納得できなかった。
「警察にも言わない、水野も要らない選択肢は無いのかよ?」
「無いな。言ったろう、時間の問題だって。盗られた物が、徐々に核心に近付いてるじゃないか」
ここまで言わないと分からないのか、本当に鈍いな、と貴之に言われ、春輝は言葉の意味を理解し、今度こそ震え上がった。また膝を抱えて座り、何でオレなんだ、と声を上げて泣く。
「とにかく、お前は一人になるな。いや、二人きりもダメだな」
「……」
春輝は納得いかないまま黙っていると、これは俺が預かっておく、とどこかへ持って行った。
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