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第9話
「……で? 話す気はあるのか?」
寮の部屋に戻った貴之は椅子に座り、身体をこちらに向けた。春輝はベッドに腰掛ける。
「話すも何も……何も無いから」
口を尖らせて言うと、貴之はため息をついた。コイツはため息製造機だな、と春輝は心の中で悪態をつく。
「木村と、まともに話せていないと宮下から聞いた」
どうやら宮下と貴之は、思ったより仲が良いらしい。そんな情報が入ってきているなら、首を突っ込まずにそっとしておいてくれと思う。
「知ってるなら余計な事すんなよ……」
「俺は木村と話せと言ったはずだ」
「話せって……話しても逃げられるしどうしろって言うんだ?」
春輝は拳を握る。埒が明かないから放っておけと言ったのは間宮だ。だから向こうから話し掛けてくるまで待つつもりだったのに。
「それは…………怖いからだろう、お前と話すのが」
「は? 何でだよ? 今まで普通にしてたのに」
自分が怖いとはどういう事だ、何も思い当たる事は無いのに、と春輝はイラッとする。
春輝の言葉に、貴之もイラッとしたのか口調が強くなった。
「お前の鈍感さに気付いたからだ」
春輝は訳が分からず眉間に皺が寄る。
「水野までオレが悪いって言うのか? 間宮も吹奏楽の部員も、みんなオレが冬哉を泣かせたって……」
オレだって、ハッキリ言われないと分からない、と言うと、貴之は悪かったと降参ポーズをした。何でアンタが降参なんだ、と春輝は思う。
「とにかく、木村とはちゃんと話せ。このままだとアイツもお前も苦しいだろう」
そりゃあ、まあ、と少し慰められたのが癪に障り、春輝はぶっきらぼうに答える。
「よし。じゃあ他には?」
貴之は切り替えるように言うと、何故かまだ質問をしてきた。もう無いと答えたら、彼はあっさりと引く。
「そうか。ならもう自由にしていいぞ」
俺は勉強しているから、何かあれば呼べ、と貴之は机に向かって教科書を広げた。春輝も暇なので、いつものようにベッドに寝そべり、スマホで漫画を読み始める。
そしてしばらくすると、貴之が動き出した。飯、行くか? と問われ、春輝も無言でついて行く。そして何故か一緒に夕食を摂った。その間貴之は無言で、春輝も特に話すことが無いので無言で黙々とご飯を食べる。けれど不思議と気まずさは無く、何でだろう? と春輝が思い始めた頃だった。
「おや、珍しい組み合わせだね」
「間宮」
間宮に声を掛けられる。彼はそのまま春輝の隣に座ると、ご飯を食べ始めた。別に気にする程の事でもないけれど、なんの断りもなく座られて、何となく気持ち悪い。
「朝より顔色良さそうで良かったよ。掃除、お疲れ様」
「ああ……うん……」
春輝は歯切れの悪い返事をすると、間宮の後ろの方に、冬哉の姿を見つけた。冬哉も春輝の姿を見ると、逃げるように遠い席へと移動してしまう。
間宮は春輝の視線を追って、誰を見ていたか気付いたらしい、春輝、と呆れた声を上げる。
「まだ気にしてるの? 向こうは話す気無いみたいじゃないか」
「そうだけど……」
春輝は視線を戻すと、貴之は無言で春輝が食べ終わるのを待っていた。
「あ、水野……先に行っていいぞ」
「……いや、待ってるからゆっくり食え」
そう言って、貴之はスマホを取り出した。彼もスマホ使うんだ、と当たり前の事を思い、ご飯を口に含む。
「そう言えば……」
また貴之が口を開いた。
「一之瀬の連絡先を知らなかったな。教えてくれ」
意外な事を言われて春輝はええ? と思わず声を上げる。すると何故か間宮が割り込んできた。
「春輝、嫌なら教えなくても良いんじゃない?」
「……どうせ同じ部屋なんだし、教える意味あるのかよ?」
春輝は何となく教えるのに抵抗があってそう言うと、貴之はあっさりそれもそうだな、と引いた。
「まあ、俺は寮長権限で電話番号くらいは調べられるけど」
続いた貴之の言葉に、春輝は口を尖らせる。
「はぁ? そんな風に知られるくらいなら、自分で教えた方がまだマシだ」
自分の知らないところで、そういう事をされるのは気持ち悪い。春輝は番号を表示したスマホを、貴之に渡す。しかし彼は不満げだ。
「違う、これじゃなくて、メッセージアプリのアカウントが良い」
「何でだよ」
「緊急連絡用」
どうしてそんなものが必要なんだ、と春輝は貴之を睨む。
「水野先輩、春輝は嫌がってますよ?」
間宮が助けてくれた。穏やかな声で制された貴之は、ため息をついて、悪かった、と春輝の電話番号を自分のスマホに登録する。
「俺の番号も。今電話掛けたから、登録しておけ」
「はいはい」
適当に返事をして流し、春輝はご飯を食べ終わる。すると貴之は行くぞ、と立ち上がった。
「え? まだ間宮が食べ終わってないだろ?」
「いいよ春輝。……また明日な」
間宮に笑顔で送り出され、春輝たちは食堂を後にする。すると、貴之はまたスマホを取り出した。
「珍しいよな、水野がこんなにスマホを見るの」
思ったことをそのまま口にすると、貴之はスマホをポケットにしまう。
「俺だって友達と連絡くらい取る」
春輝は友達がいたんだな、と失礼な事を思うけれど、さすがに口にはしなかった。でも彼が誰と連絡を取るのか気になり、誰だよ? と聞いてみる。
「宮下」
予想通りの答えが返ってきて、春輝は面白くなくて興味無さげにふーん、と相槌を打った。
部屋に戻ると貴之は浴室に向かった。それで今日は金曜日だということに気付く。今週はプールもあったし洗濯物が多いな、と思ってはたと気付いてしまった。
(あれ、オレ水着、持って帰って来てない……)
春輝は辺りを探す。やっぱり、水着を入れたバッグごと忘れている。いつ忘れた? と思い返してみると、部活に行く時に、そのバッグを忘れた可能性が高かった。
(でも、次の日には無かった……)
思い返してみると、確かに教室の机に掛けたハズ。そして次の日に見た覚えは無い。下着に続いて水着まで? そう思うとゾワッとしてその場に膝をつく。両腕を抱きしめると、自分が震えている事に気付いた。
(何で? 誰?)
本気で分からない。春輝と仲が良い人たちの中の、誰かなのか、それとも全然知らない人なのか。
その時、ドアがノックされた。
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