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第8話
それから、春輝は冬哉とあまり話せなくなってしまった。春輝が話し掛けてもそれとなく離れていくし、話せたとしても、いつもは元気いっぱいに笑っていた冬哉が、曖昧な笑みを浮かべて必要最低限しか話さない。
「木村も強情だよね」
間宮が苦笑する。春輝は次の体育のプールのために着替えていた。
ここのところ冬哉の事を、間宮に聞いてもらっているから申し訳ないと思いつつ、プールサイドに出る。屋内とはいえ、窓ガラスから降り注ぐ強い日差しが肌を刺し、春輝は思わず両腕を手のひらでさすった。
「どうしたの?」
「いや、オレ日に焼けると赤くなるから……すでに日差しが痛い」
間宮は苦笑する。
「屋内でもだめ? 春輝肌白いもんね。……こっちの日陰にいたら?」
間宮に日陰に促され、少しホッとした。背格好はそっくりなものの、間宮の肌は健康的で強そうだ。羨ましいと思いつつ見ていると、間宮は意外としっかりとした体つきをしている事に気付く。
「何? そんなに見られると穴が開くよ」
間宮がクスクス笑いながら言った。春輝はいや、と両手を振る。
「意外と鍛えてるんだなって」
「うん。俺、すぐに太っちゃうんだよね」
中学生の時は本当にデブで醜かったんだよ、と笑う間宮。
(何だろう? 間宮は時々言葉遣いがキツいんだよな……)
春輝はそんな間宮に少し違和感を感じながら、でも普段は優しいから、と気にしない事にした。それを言うなら、貴之の方がよっぽどキツい。
(あ、冬哉……)
今日は水泳のカリキュラム消化のための授業なので、学年で一斉にプールだ。
春輝は冬哉を見ていると、向こうもこちらに気付いた。けれど春輝の視線から逃れるかのように、他の生徒の陰に隠れてしまう。背が低いから余計に、生徒の陰に隠れてしまうと見つけられない。
「そんなに木村が気になる?」
間宮の声がして、春輝はハッとした。
「だって、春輝から話し掛けても逃げられるんでしょ? だったらもう放っておいたら?」
「う……ん、でも、やっぱりちゃんと話したいよ」
そう、と間宮はため息混じりに呟く。彼は放っておけと言うけれど、春輝は冬哉とはこのままではいけない気がして、根気よく話し掛けよう、と心に決めた。
◇◇
その日一日の活動を終えて、夕食も摂り、春輝はいつものように就寝までダラダラ過ごす。貴之はいつものように先に風呂に入り、また机に向かっていた。
「一之瀬、そろそろ風呂に入れ」
貴之がこちらに顔を向けずに言う。春輝ははいはい、と返事をすると、洗濯済みの山から着替えを取り出そうとした。
(…………あれ?)
春輝の背中にゾクッと嫌な予感が走る。
先週洗ってそのまま置いたので、替えはあるはずだ。なのに下着が既に足りなくなっている。
(何で? ランドリー室は乾燥までやるから、洗濯機に取り残さない限り、減らないよな?)
あの時ちゃんと確認して全部出したはず。
そこまで考えて出てきた可能性に、春輝は冷や汗が出た。
(先週……冬哉と話してて……いやいやいや!)
何かの拍子に失くしただけだ。春輝はそう思い込む事にする。確か予備が何枚かあったはず、と思って立ち上がると、貴之が声を掛けてきた。
「どうした?」
何でこんな時に声掛けてくるんだよ、と春輝は慌てて誤魔化す。
「い、いやっ、何でもないっ」
下着が無い……盗まれたなんて考えたくなかったし、人に、特に貴之には知られたくなかった。恥ずかしいし、おおごとにはしたくない。
春輝はストックを取り出し、風呂に入る。肌がゾワゾワして気持ち悪くて、いつもより念入りに身体を洗った。
風呂から出ると貴之が点呼に行くといって部屋を出ていった。春輝は思い立って、自分の持ち物を一度確認してみる。怖いけれど、知らないのはもっと怖い。
(下着だけ? ……いや、カバンに付けてたキーホルダーが無い)
さすがにキーホルダーは落としたのかもしれないけれど、疑わずにはいられない。
(いつ失くしたか分からない物なんて、気にする必要無いはずなのに……)
春輝は胸を押さえた。心臓が大きく脈打っている。
誰が、何のために?
もしかして、シャーペンとハンカチも失くしたんじゃなくて、盗まれた?
「……っ」
春輝は慌てて私物を元に戻すと、ベッドに入って布団を頭から被った。
(え? 何で? 何でオレ? 下着なんて盗んで、何するんだよ?)
布団の中で春輝はギュッと目を閉じる。ここは男子校だ、当たり前だが男しかいない。万が一盗まれたのだとして、犯人も、目的も分からないから、怖かった。
その日はあまり、眠れなかった。
◇◇
「おい、起きろ」
あっという間に朝になり、いつもの声で春輝は飛び起きる。
「……っ、朝!?」
春輝の反応に、貴之は眉間に皺を寄せた。
「随分寝起きが良いな。ちゃんと眠れたのか?」
「あ! うん、もうぐっすり!」
「……」
春輝は誤魔化すと、貴之はため息をついて部屋を出ていった。重い身体を動かすと、制服に着替えて部屋を出る。そして食堂で朝食をかきこみ、教室へと走った。
しかし寝不足のせいなのか、階段を上がる途中でチャイムが鳴ってしまう。嘘だろ、と叫んで教室に入ると、担任が既に出席を取っていた。
「一之瀬、遅刻なー」
(マジか……)
春輝はガックリ肩を落とす。貴之に何て言われるか、想像するだけで今から頭が痛い。
「今日は間に合わなかったね、珍しい」
何かあったの? といつものように間宮がやって来た。春輝はかろうじて、笑顔を浮かべる。
「ってか、本当に何かあった? 顔色悪いよ?」
彼は春輝の顔を心配そうに覗き込んできた。
いっそ、間宮に相談してみようか? そう思いかけて止めた。真面目な間宮なら、すぐに貴之に相談しろと言うだろう、おおごとになるからそれは嫌だ。
チャイムが鳴る。
「無理だと思ったらすぐに言えよ?」
そう言い残し、間宮は自分の席に戻って行った。
◇◇
その日の授業は大半を寝て過ごし、罰則を受けるために部活を休んで寮に戻った。
案の定、貴之は春輝の顔を見るなり、睨んでくる。眼鏡の奥の強い瞳に、春輝は肩を竦めた。
「ったく、何のために毎日起こしてると思ってる?」
「……はい、ゴメンナサイ……」
じゃあとりあえず、玄関ホールの掃除な、とホウキを渡される。貴之は下駄箱の掃除だ。
「……何があった?」
「え?」
いきなり話しかけられて、春輝は聞き返す。貴之は掃除をしながら、こちらを見ずに話した。
「昨日、眠れなかったんだろ。何があったんだ?」
「……」
春輝は言葉に詰まる。何故気付いた、と思うのと同時に自分でも思い出したくない内容なので、何も言えずにいると、まあいい、と貴之は春輝のホウキを取り上げる。
「え、ちょっと、掃除は?」
そのまま貴之は掃除用具を片付け始めたので、こんな軽く済ませて良いのかと言うと、掃除のパートさんがいるから綺麗だろ、と足を進める。
「随分いい加減なんだな寮長さん」
こんないい加減な罰なら、寮則もあって無いようなものだ、と春輝は貴之を睨む。
「なんとでも言え。それよりお前の抱えてる問題の方が重大と見た」
そっちを先に解決しないと、また同じ事の繰り返しだと言われ、春輝はぐうの音も出ない。
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