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第7話

次の日、いつも通り貴之に起こされ、ギリギリに登校した春輝は、いつものように間宮に話し掛けられた。 「昨日はお疲れ様」 「ああ、来てくれてたんだ、ありがとう」 春輝は笑うと、間宮は水野先輩も来てたんだね、と言う。 「人に関心ある感じじゃ無いと思ってたから、びっくりしたけどな。でも、演奏は楽しんでくれてたみたい」 「そっか」 自分たちの演奏で、人が笑顔になったり感動してくれたりするのは嬉しい。 「……嬉しそうだな」 「うん? 嬉しいよ? 音楽やってて良かったなって思うし」 すると間宮は苦笑した。 「俺は春輝が羨ましいよ。俺なんか何の取り柄も無いから」 「……それって、突出した特技が無いとダメって事か? 間宮は気が利くし、良い奴だと思うけどなぁ」 春輝はフルート以外、これといって得意なことは無い。だから、全てにおいて平均以上できる器用さを持つ間宮が、羨ましく思う。 「……俺、ホントは特進コース狙いだったんだけどね。だから悔しくて……来年は入れるように頑張るよ」 二年生からの特進コースの選別は、一年生の定期テストの合計点数で、一位から順に人数で区切られる。間宮もまた、そこに入ろうと必死なのだ。 春輝は何で特進コースに入りたいのか聞いてみる。すると、意外な答えが返ってきた。 「何で? 理由なんて無いよ。ただ大学行くのに有利だと思っただけ」 いつものニコニコ顔でそう言われ、春輝は戸惑う。その様子に、間宮は笑みを深くした。 「春輝、みんながみんな、この歳でやりたい事があるってハッキリしてる訳じゃ無いんだ」 むしろ春輝は特殊なんだよと言われ、戸惑いながらもそうなのか、と納得する。 その後はいつものように授業を受け、いつものように部室に向かう。 「あ、春輝っ」 「う……っ」 そしていつものように冬哉から突進されるのだ。 「冬哉……毎回毎回……」 「痛かった? ごめんっ」 見上げてくる冬哉はいつも通りだ。昨日は少し様子が違ったのは、気にし過ぎだったのかな、と春輝は思う。 「冬哉、昨日オレを置いて行っただろ」 春輝はわざとジト目で冬哉を見ると、彼は小さく肩を震わせた。しかし次の瞬間にはいつものようにニコニコして、ごめーん、と謝ってくる。 「実家から電話が掛かってきちゃって」 春輝怒っちゃった? と大きな瞳で見つめられたら、怒る気も失せる。 「怒ってない。話の途中で寝ちゃったオレも悪いし……」 そう言えば、冬哉の好きな人は水野ではないと聞いたのだった。誰なのか聞かずじまいだったので、聞いてみる。 「なぁ、昨日聞きそびれたけど、好きな人は誰なんだ?」 「えっ?」 すると冬哉はみるみるうちに耳まで赤くする。その変化に春輝はちょっと可愛いなと思いつつ、好きな人は水野じゃないって言ってただろ、と言う。 「え、えっと……」 冬哉は辺りを見渡した。つられて春輝も周りを見ると、部員たちがこちらに聞き耳を立てているのが分かる。 「春輝……」 冬哉に呼ばれて春輝は視線を戻した。フワフワした天然パーマが、冬哉の呼吸に合わせて揺れている。 「春輝………………は、僕の好きな人が誰か、興味あるの?」 普段は元気いっぱいで明るい冬哉が、この話になると照れてしまって小声になるのが、なんだか不思議だった。小動物みたいだな、と頭をポンポンする。 「言ったろ、冬哉の事応援したいって」 「……っ」 冬哉が息を詰めた。そしてこちらに顔を見せずに、ごめん今日は帰る、と踵を返して部室を走って出ていってしまう。 「あーあ、泣かした」 近くにいた部員が言った。 「えっ?」 「泣かせたな、あれは」 「ちょ、何で!?」 周りにいた部員に言われ、春輝は混乱する。どうして今ので冬哉が泣くのか? しかし戸惑う春輝をよそに、部員たちは春輝をスルーしてそれぞれ準備に取り掛かる。誰か教えてくれよ、と助けを求めるが、誰も答えてくれなかった。  ◇◇ 部活を終えて寮の部屋に戻った春輝は、珍しく待っていたらしい貴之に声を掛けられる。 「……木村が泣きながら寮に戻ってきたが、心当たりはあるか?」 春輝は舌打ちする。よりによって貴之に聞かれるのは、何だかムカついた。 「何でオレに聞くんだよ。心当たりがあったらすぐに謝ってるよっ」 貴之は寮長として、大体の生徒のプロフィールを把握している。時には相談を受けたりしているそうだから、これもその一環なのだろう。 「なるほど。……木村も苦労してるな」 「は? だから何なんだ最近。何か知ってるなら言えよ」 「……俺は何も聞いていないし興味も無い。ただ寮生が困ってたら助ける義務がある」 「あーそーですか」 春輝は何故かイライラして、制服から部屋着に着替えた。 「一之瀬、お前は……」 「うるさいなぁ! 冬哉と話せば良いんだろ!」 春輝は大声で言うと、後ろでそうじゃない、と聞こえた気がした。けれど部屋のドアを勢いよく閉めて、食堂へ向かう。 どうやら冬哉が泣いていたのは本当らしい。そして、部員仲間と貴之が言うには、原因は春輝だと言うのだ。何でだ、分からないとイライラして歩く。 「あ、春輝。一人?」 食堂に着くと間宮に声を掛けられる。一緒にどう? と言われ、断わる理由も無いのでトレーを取って一緒に座った。 「ねぇ、春輝が木村を振ったって聞いたけど、本当?」 「は!?」 もうそんな噂が出回っているのか、と思うのと同時に、振ったってどういう事だ? と春輝は思う。 「オレ告白なんてされてないぞ?」 「そうなの?」 じゃあ何て言われたの、と問われそのまま間宮に伝える。すると、なるほどね、と間宮は苦笑した。 「なぁ、オレが悪かったのか?」 春輝は夕飯の豚キムチをつつくと、間宮はそうだね、と頷く。 「木村は、春輝に応援されるのが、嫌だったんじゃないかなぁ」 「何でだよ冬哉……」 間宮は、それは本人じゃないから分からない、と言う。それもそうかと春輝は肩を落とした。でも、そのまま放っておけば良いんじゃない? と間宮は言った。 「だって、嫌だってハッキリ言わずに、泣いてその場を去るとか……何を言いたいのか普通は分からないよ」 だから木村が何か言ってくるまで、春輝は何もしなくて良いんじゃない? と言われ、春輝は渋々頷く。 その後、春輝は冬哉に会うことなく部屋に戻った。

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