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第6話
日曜日、やっと梅雨明けらしい天気で晴れになり、お祭り会場はとても賑わっていた。
会場はとある市役所とその周辺、その敷地内にある施設だ。出店があちこちに並んで、親子連れや老夫婦、学生カップルなどの老若男女が行き交い、賑わいを見せていた。
会場の一角にある春輝たちが演奏するホールは、市役所に隣接しており、朝からタイムスケジュールを組んで、演劇や落語、アンサンブルなどが催されている。
春輝は低音楽器や打楽器の運搬を手伝いながら、前の出演者との交通整理をしていく。この学校は毎年このお祭りに参加しているらしく、先輩は勝手知ったる顔だし、上手く指示を出してくれた。何せ人数が多いから、転換も時間がかかってしまう。
「急げよー、音出し予定時間まであと三十分!」
顧問のよく通る声がする。いかに効率よく、早く、丁寧にセッティングできるか、春輝たちは先輩から学んでいく。
「譜面台一つ余ってるけど!? どこのパートだよ!?」
「ひな壇に乗る人数は確認してるよな!?」
先輩たちの怒号が飛び交う。春輝は首を竦めながら、自分の割り振られた仕事を終えると、別の小ホールに向かった。そこは音出しスペースで、実質春輝たちの控え室になる。
楽器を出して少し音出しすると、もう集合の時間だ。楽譜を持って先程のホールに戻る。
「音出しするぞー」
顧問が指揮台に立っていた。慌てて席に着くと、冬哉も今来たのか座る。バタバタし過ぎて、緊張するどころではなかったけれど、ここにきてようやく、神経が高ぶって行くのを感じた。
(この緊張感……いいな)
それから音出しと最終調整が終わり、ついに本番を迎える。舞台袖で出番を待っていると、冬哉と目が合った。彼もこの緊張感を楽しんでいるらしい、大人びた微笑を向けられ、春輝も微笑む。
開演のチャイムが鳴る。続々と生徒が舞台上に入って行き、春輝たちも舞台に出る。お客さんも結構来てくれていて、一際大きい体格の宮下を見つけると、その隣には貴之もいた。
全員で礼をすると、席に座る。拍手が止み、曲が始まるまでの静かな瞬間が、春輝は好きだった。
顧問が指揮棒を構える。全員が楽器を構え、ザッと音がする。
顧問の指揮の余拍に合わせて息を吸い、思い切り明るい音で、オープニングに相応しいファンファーレが鳴った。トランペットの主旋律を、フルートはキラキラと輝くようなグリッサンドとトリルで飾っていく。
(音が広がる……気持ちいい、楽しい)
春輝は自然と笑顔になった。この瞬間があるから、音楽は止められない。
その後春輝は夢中で吹いた。そしたら本番はあっという間に終わり、まだ全然吹き足りないと思いつつ、舞台を後にする。
◇◇
そしてまた嵐のような撤収の時間があり、寮に着いた頃には日も暮れていた。
「……あれ?」
春輝はカバンの中身を探って、ハンカチが無いことに気付く。念の為、制服のポケットも確認してみるけれど、入っていなかった。会場に忘れたか、落としたのだろうか?
「……本番で使ってたから、そこまではあったよな……」
春輝は周りを見渡す。貴之は浴室にいるらしいし、ここで一生懸命探しても無駄だと、一度この問題はおいておくことにした。
参ったな、今日は洗濯したいのに、と春輝は食堂へ向かう。通常ならもう閉まっている時間だが、届け出ているので、食堂には吹奏楽部員がたくさんいる。
「あ、春輝ー」
冬哉が駆け寄ってきた。春輝は部長を探して視線を巡らせる。
「どうしたの?」
「いや、ハンカチ落としたみたいで。部長が撤収の最終点検してただろ? 聞いてみようと思って」
それならあっちにいたよ、と冬哉は指をさす。早速部長に確認してみるけれど、落し物は無かったという。春輝は礼を言ってトレーごと食事を運ぶと、冬哉に呼ばれて近くの席に座った。
「どうだったの?」
「無いって。いつも何かしら忘れ物があるのに、今回は優秀だったなって言ってた」
「……そっかぁ」
冬哉は呟いて手を合わせた。春輝もいただきます、と食べ始める。
春輝自身、ちょっと抜けている所があるという自覚はある。けれどシャーペンに続きハンカチも失くすか、と少し落ち込んだ。
冬哉と楽しく会話しながら食事を終えると、春輝は軽くシャワーでお風呂を済まし、洗濯物を持ってランドリー室に向かう。消灯までは自由に使えるので、春輝はいつも日曜日にまとめて洗っていた。
「あ、春輝また会った~」
冬哉がやって来た。彼は春輝より少ない量の洗濯物を持ってきていて、見た目によらず小まめに洗濯をしているらしい。
二人はベンチに座ると、冬哉は話し掛けてくる。
「あ、そうそう、吾郎先輩が演奏楽しかったって」
水野先輩も楽しそうだったって言ってたよ、と嬉しそうに言う冬哉を見て、春輝は良かったな、と笑う。
「良かったなって……春輝も演奏してたじゃん」
「そうだけど……水野に楽しんで貰えたんだろ?」
「…………あー、……うん、あはは……」
何故か冬哉は困ったように笑った。何故そんな顔をするのだろうと思っていると、春輝、と真剣な声がする。
「今更だけど、僕が男の子を好きでも、引いたりしてない?」
本当に今更だな、と春輝は笑った。
「引いてないよ。むしろ一生懸命な冬哉を見てたら、応援したくなった」
そう言うと、冬哉は消え入りそうな声で、ありがとうと言った。珍しいなと思って彼を見ると、俯いて耳まで赤くしてぎゅっと拳を握っている。
「……今日は、疲れたね」
「そうだなぁ……」
何だろう、いつもの冬哉らしくない、と思いつつ欠伸をした。思った以上に疲れていたらしく、背もたれに身体を預けると、冬哉はまた小さな声で呟く。
「春輝……僕の好きな人、水野先輩じゃないよ……」
「ん? そーなのか?」
じゃあ誰なんだろう? そう考える余裕もなく、春輝は眠気に襲われる。
◇◇
しばらくして、春輝はいつもの不機嫌な声で起こされた。目を開けると、そこには貴之がいる。
「消灯時間だぞ。早く部屋に戻れ」
「ん……あれ? 冬哉は?」
確か一緒にいたはずなのに、冬哉は春輝を起こさずに部屋へ戻ったらしい。起こしてくれれば良かったのに、と呟くと貴之はため息をつく。
「あ、何だよ? 水野最近そういうの多いぞ」
「……めんどくさい奴がルームメイトになったなって思っただけだ」
「じゃあ放っておけよ、罰則はオレ一人で受けるし」
「……」
しかし貴之はそれ以上何も言わず、ランドリー室を出て行った。慌てて春輝は洗濯物をまとめて、洗濯機の中を一度確認し、貴之の後を追いかける。
(何なんだよ、言いたい事あるなら言えっての)
部屋に戻った春輝は、乾いた洗濯物をそのままに、ベッドに寝そべると、すぐに眠ってしまった。
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