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第15話
目が覚めると、春輝は病院にいた。顧問がそばにいて、春輝に付いていてくれたらしい。
知った顔があり、春輝は一気に目頭が熱くなってボロボロと泣き出した。安心したのと、貴之や間宮がどうなったのかとか、明日のコンクールの事とかを考えてしまい、色々心配になったり不安になったりで、感情をどうしていいか分からない。
「……あの、オレ……っ」
起き上がろうとした春輝を、顧問はそっと止めた。
「今は休め」
「でも明日は……」
半身起き上がった状態で顧問を見ると、顧問は苦しそうな顔をした。それだけで春輝は絶望的な気持ちになる。
「一之瀬、お前は今怪我をしてるんだ。コンクールは、治ってからにしよう、な?」
それから、と担任は続けた。
「ご両親にも連絡してあるけど、遠方だから折を見て寮に来ると言ってた」
聞けば怪我の処置は済んでいるらしく、すぐに帰って良いと言われたらしい。
その後警察が来て、色々聞かれて病院を後にする。
◇◇
顧問に送ってもらい、寮に着くと深夜近い時間になっていた。車の振動すらしんどかった春輝は、歩くのも億劫になってしまう。
「先生」
寮の入り口から宮下が走ってやって来た。俺が部屋まで連れていきます、と肩を貸してくれる。
顧問と別れて、宮下のがっしりした身体に支えられ寮に入る。消灯時間は過ぎている筈なのに、いつもと違う空気を感じ取った春輝は、宮下に気になった事を聞いた。
「あの、水野は……?」
「ん? ああ……ちょっと立て込んでてな。そろそろ落ち着いてると良いんだけど」
どういう事だろうと思っていると、連れて行かれたのは二〇二号室、春輝たちの隣の部屋で、冬哉と宮下の部屋だ。
「水野、春輝が帰って来たぞー」
「ああ、悪かったな、交代しよう」
二人の会話を聞きながら、冬哉がベッドで寝ていることに気付いた。彼の趣味なのか、冬哉のスペースはパステルカラーが多い。
「いや、こっちこそ。俺じゃあ、冬哉が可愛すぎて上手く宥められないから」
春輝から離れた宮下は、春輝に向けて苦笑した。
「春輝が明日コンクールに出られないって聞いて、半狂乱で春輝に理由を聞いてくるって」
支えられなければまともに歩けない春輝だ、それも当然だろうと納得したが、理由を知らない冬哉は、そうはいかなかったようだ。昼間は出るなと言って不機嫌だったくせに、と春輝は苦笑する。
「それで水野が宥めてたんですね」
何だか、迷惑をかけてしまったと宮下に謝ると、彼はとんでもない、と笑った。
「……とりあえず、今日は休もう。宮下、サンキュ」
水野はそう言うと、春輝に肩を貸し部屋に戻る。宮下は笑顔で手を挙げていた。
部屋に戻った春輝は、貴之に風呂に入れと促される。手伝うからと言い出した貴之を断固拒否し、一人でシャワーを浴び、のろのろと出た。
(痛いし歩くのもしんどい……)
どうしてこんな事に、と春輝はじわりと涙が出てくる。間宮は自分の事を好きだと言った。それであの表現をするなら、かなり歪んでいる。しかも、間宮の口ぶりでは、そうなったのは春輝のせいだと言うのだ。
冗談じゃない。あんな人の気持ちを踏みにじるような行為、許して良いはずがない。
着替えてカーテンの間仕切りを開けると、貴之がいてビックリした。
「……そんな所にいるなよ……」
「驚かせたか、悪い」
歩けるか? と聞かれ、正直しんどいと言うと、また肩を貸してくれる。ちょっとの距離なのに申し訳ないと思っていると、ベッドまで連れて行かれ、布団まで掛けられる。思ったより疲れていたようですぐに眠くなり、そのままスっと眠ってしまった。
◇◇
次の日、起きたら部屋の中は結構明るく、何時だと視線を巡らせると、ベッド脇に貴之がいた。
「……っ」
ビックリして思わず手を離す。
(ん? 手を離したって……オレずっと水野の手を握ってたのかっ?)
なんて事だ、恥ずかしすぎる。
モゾモゾと布団の中で悶えていると、貴之が目を覚ました。床に置いていたらしい眼鏡をかけて、起きたか、と言っている。普通だ。
「み、みみみ水野、オレ……っ」
「ああ、食堂には連絡してあるから、食事は取っておいてくれているはずだ」
食べに行くか? と言われ、行くけどそれより、と春輝は慌てる。一晩中ずっと手を握っていたなんて、子供じゃあるまいしと思い、貴之に謝った。
すると彼はどうして謝るのか、と不思議そうな顔をしている。
「や、だって、水野もベッドで寝たかっただろっ?」
「……そういう事か。まあ、それはそうだが、非常事態だ、仕方がない」
貴之は慌てる春輝をよそに、あくまでも冷静だった。その態度に、春輝もそんなものか、と気にしないことにする。
(ってか、オレも何で必要以上に慌ててるんだよ……)
春輝はのそりと起き上がる。後ろが痛くて顔を顰めながら動いていると、一之瀬、と声を掛けられた。
「お前、実家に帰った方が良いんじゃないか?」
どうしてそんな事を言うのか、と春輝は思ってしまった。夏のコンクールに出るためにこの学校に入ったようなものなのに、実家に帰ってしまったら確実に出られないじゃないか。
よく考えたら貴之の言う事はもっともだった。実家でゆっくり静養すれば、傷が癒えるのは早いだろう。しかし春輝はそれを卑屈に捉え、悲しくなってしまう。
「どうしてだよ? オレ、コンクールに出たくてこの学校に来たのに……水野はそれを諦めろって言うのか?」
春輝の声が震える。貴之は違う、と続けた。
「お前が部活を楽しそうにやっていたのは知っている。けど、もう一度楽しむ為に、ちゃんと休めと言いたいだけだ」
「でもっ、オレからフルート取ったら何もないっ。こうしてる間にも、みんなはどんどん上手くなるのにっ」
春輝の目から涙が溢れてきた。泣こうとしている訳ではないのに、最近泣くことが多いな、と思う。
「満足に歩けないのに何を言ってるんだ」
「だからってフルート吹くのを止めるのは嫌だ! ……怖いんだよっ、水野には分からないだろうけど!」
春輝は落ちていく涙をそのままに、貴之を睨んだ。彼はそっと視線を逸らす。
「……分かった、悪かったよ」
貴之はため息混じりに言った。
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