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第20話
やっとの事で楽器の積み下ろしを終え、解散した春輝たちは食堂で遅めの夕食を摂る。そしてこの後冬哉と話をする約束をして、部屋に戻ると、貴之は珍しくもう寝ていた。
残念だなと思いつつ、風呂に入って洗濯物を持ってランドリー室に行くと、冬哉も同じタイミングでやってくる。消灯時間まであと少しだが、届け出ているので多少遅くなってもお咎めはない。
「春輝、お疲れ様」
「冬哉も」
二人して洗濯物を放り込み、ベンチに座る。
「春輝、少し明るくなったね。ますます魅力的になった」
屈託なく笑う冬哉に、春輝はどう返して良いのか分からず、苦笑した。
洗濯機が回る音が、妙に響いて気になる。それ程いつもより周りが静かなのだと思ったら、何だか緊張してしまった。
冬哉はふふっと笑う。
「あ、春輝、ちょっと意識してる? 嬉しいな」
彼はそう言うと、ポケットから透明の袋に入ったハンカチを出して、渡される。
「はい、だいぶ前に借りたハンカチ。ずっと返しそびれてて……ごめんね」
春輝はすっかり忘れていたので、驚いた。しかし、冬哉の顔が泣き笑いになっていて、慌てる。
「どうした冬哉?」
顔を覗き込むと、彼は手のひらをこちらに向けて拒否をする。分からず言葉を待っていると、冬哉は一度深呼吸をした。
「…………これで、やっと諦められる……」
「え……?」
どういう意味だ、と春輝は聞き返すと、冬哉は困ったように笑った。
「僕ね、こと恋愛に関しては、勘がいい方なんだ」
「……」
「女々しく借りたハンカチ持って、諦めずに頑張ってみようって思ってたけど……春輝、最近気になる人ができたんでしょ?」
そう言われて、春輝は何も言えずに顔が熱くなる。色白な分その変化は分かりやすかったようで、やっぱり、と冬哉は笑った。
「当ててあげようか? み……!」
「わー!!」
「……やした先輩」
春輝は貴之の名前が出てくると思って、思わず声を上げた。そして、からかわれたと知り、冬哉を睨む。冬哉は宮下を吾郎先輩と呼ぶので、わざとだ。
「冬哉……」
「ごめんごめん。でも、僕になびかない春輝だから好きだったのに、何だか悔しいなぁ」
冬哉は笑って遠くを見つめた。
「水野先輩は一筋縄ではいかないと思うけど、春輝なら大丈夫そうかなっ」
頑張って、とさらりと貴之の名前を出した冬哉に、春輝は何故分かるんだ、と照れて言葉が出ない。
春輝は恋をするとそんな顔になるんだね、と言われ、どんな顔だ? と両頬に手を当てると、冬哉は笑った。
その後二人でそれぞれの部屋に戻ると、真っ暗な部屋で微動だにせず寝ている貴之を見る。今日は話せなかったな、と残念に思い、布団に入った。疲れていた身体はすぐに眠りに落ちる。
「春輝……春輝……」
しばらくして、誰かに呼ばれて目を開けると、そこに見えた光景にヒュッと息を飲んだ。
そこには退学したはずの間宮が上にいて、ゆさゆさと腰を振って春輝の身体を揺らしている。
「……っ!」
春輝は声を上げようとして、力を込めるけれど、音が出ない。おかしい、口は開閉している感覚はあるのに、声だけが上手く出なくて、嫌だ、と間宮の身体を押す。しかし全く力が出ず、間宮の好きなようにされる。
「春輝……好きだよ。春輝は、俺のものだ」
声が出ないもどかしさと、力が入らなくて抵抗できない恐怖に、春輝は今度こそ、とお腹に力を込めて思い切り叫んだ。
「やめろ……っ!!」
春輝はその勢いのまま起き上がった。目の前には真っ暗な、いつもの部屋の景色が見える。
夢だったのか。
そう思ったら急に吐き気がして慌ててトイレに駆け込んだ。噎せ込むと、胃の中身が出てくる。
「……っ、ぁ……っ」
はぁはぁとトイレでへたり込むと、身体が震える。そしてそのまままた胃も震え、春輝はまた吐いた。
どうして? 最近は思い出すこともあまり無かったのに。
春輝自身、こんなに強い症状が出たのは初めてで戸惑う。動悸がして荒い呼吸を繰り返していると、後ろから声を掛けられた。
「……大丈夫か?」
「う、ん……」
ごめん起こしたよな、と上がった息のまま言うと、貴之はいや、とそばにしゃがんだ。しかし春輝はそれに過剰に反応してしまい、肩を震わせる。
「……悪い、驚かせたか」
「い、いや……大丈夫……」
春輝は立ち上がると、洗面所で顔と口を洗う。フラつく春輝を貴之が支えてくれ、二人して春輝のベッドに座った。
「……眠れそうか?」
静かな問いに、春輝は分からない、と答えると、貴之は明日は月曜日だからできるだけ休め、と背中をさすってくれる。
春輝は布団に入ると、その体勢すら間宮との事を思い出しそうで、やっぱり無理、とベッドから降り、それを背もたれにして座った。
「それじゃ充分に休めないだろう」
「でも、横になるのが怖い」
春輝は膝を抱えて顔を伏せる。間宮はもういないし大丈夫、貴之が隣にいてくれる。春輝は心の中でそう唱えた。
「……しんどいな……」
共感するような声色で呟く貴之。彼だって寝たいはずなのに、付き合ってくれるなんて優しいな、と春輝は思った。
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