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第19話
それからしばらくして、春輝の怪我もだいぶ良くなり、コンクールに出られるようになった。冬哉とも元通り仲良くなり、というか、今まで以上に冬哉は春輝にくっつくようになり、少し困っている。冬哉は告白して吹っ切れたのか、春輝への好意を隠さなくなったのだ。
無事に県大会を突破し、残すは全国大会となった日に、冬哉は春輝の隣にぴったりくっついてお弁当を食べていた。
制服は冬服になったものの、十月はまだ昼間はジャケットが暑い日もある。コンクール会場の施設内で並んで座る二人は、仲のいい友達にしか見えない。
「あ、これ美味しいよ? 食べさせてあげる」
そう言いながら、冬哉はあーん、と箸で煮豆を口元に持ってきた。
「いや、いいよ……冬哉のだろ?」
「そう? 美味しいのに……」
そう言って煮豆を食べた冬哉を横目に、春輝はこっそりため息をついた。
あれから、冬哉と吹奏楽部員の協力もあり、春輝の悪い噂をする人はいなくなった。しかし、春輝の頭にはある人物がずっといる。
(今頃、水野は真面目に勉強してるんだろうな……)
部屋では相変わらず無口だから、いつも通り喋らない。春輝がコンクールでバタバタしているのもあり、なかなか落ち着いて話せないのだ。
食堂など、みんなが集まる場所では冬哉がくっついてきて話どころではないし、どうしたものかと考えていると、冬哉が顔を覗き込んできた。
「本番前だってのに、なーに考えてるのかなっ?」
「え、いや……」
春輝は何でもない、と言うと、冬哉は一瞬表情を曇らせた。それでもまた笑顔になると、緊張してる? と聞いてくる。
(冬哉……ごめんな)
彼は一生懸命春輝の気を引こうとしているのだ。けれど、春輝は貴之の事ばかり考えている。
思えば、冬哉の告白から春輝は返事をしていないままなのだ、このままズルズル行くのは良くないな、と春輝は心を決める。
「冬哉、コンクール終わって寮に帰ったら……話があるんだ」
春輝はそう言うと、冬哉は一気に緊張した顔になり、うん、と小さく頷いた。何の話か、察したのだろう。
二人は弁当を食べ終わると、集合場所へ移動した。楽器を出して小ホールに行くと、音出しを始める。
「春輝」
冬哉に呼ばれた。春輝は音を止め彼を見ると、冬哉はニッコリ笑っている。
「僕ね、春輝の音と、演奏している姿に一目惚れしてたんだ」
春輝も微笑む。
「そっか、ありがとう」
「えへへ……」
はにかんだように笑う冬哉は可愛かった。けれど、好きになれるかと言うとまた別だ。
時間になり舞台近くの大控え室に入る。打楽器は別ルートで舞台に乗るため、管楽器のみで曲の最終確認をし、いよいよ本番だ。
(この舞台に乗りたくて、この学校に入ったんだ)
その約半分は間宮に邪魔されたけれど、ここまで来れて本当に良かったと思う。それもこれも、貴之や冬哉、宮下に吹奏楽部員の支えのおかげだ。
アナウンスがあって、春輝たちは袖から舞台へ上がる。今までのコンクールとは違う空気感に、春輝は圧倒されかけ、手が震える。
椅子に座ると、足まで震えていることが分かった。しんとなった会場が、初めて怖いと感じる。
「春輝」
小声で呼ばれて、右に座る冬哉を見た。彼は微笑むと、すぐに楽器を構えた。
大丈夫、と言われた気がして、春輝も楽器を構える。全体でチューニングを軽くすると、拍手とともに顧問が舞台に出てきてザッと全員立ち上がった。
(そうだ、これは緊張じゃない、武者震いだ。大丈夫……)
席に座ると、顧問が指揮棒を構える。春輝はここの緊張感が好きだったはずだ。
『お前が楽しそうに部活をやっていたのは知ってる』
ふと貴之の言葉が出てきた。
(うん、楽しいよ……帰ったらもう一度、水野に想いを伝えよう)
曲は今年の課題曲と自由曲、『ウェーバーの主題による交響的変容より 第四楽章』だ。まず先に、課題曲を演奏する。
自由曲はマーチ曲で、金管楽器の力強く厳かなメロディが冒頭で始まる曲だが、木管楽器はその後でメロディとリズムを行ったり来たりする。中盤のホルンのセクションソロから、木管楽器は三連符地獄になり、指が吊りそうになる。勢いがあって好きな曲だけれど、実際演奏するのは体力が必要な曲だ。
パートリーダーの先輩のピッコロが気持ちよく響く。ガンガン鳴る金管楽器に負けないよう、終盤に向けて盛り上がる曲を三連符で支える気持ちで吹いた。
最後に叩きつけるような変ロ長調で終わり、しんとなった空間がまた戻ってくる。
拍手が鳴り、春輝たちはすぐさま舞台をはけた。
ほんの数分の事なのに、春輝はやり切った感がすごくして、ホッとしたら足の力が抜ける。
「春輝!?」
座り込んだ春輝に気付いた冬哉がすぐに肩を貸してくれる。
「あはは……ごめん。なんか、力が抜けちゃって……」
「まだホッとするのは早いよ、片付けしたら即出発だからね!」
閉会式までいたのでは遅くなるので、結果は顧問と部長、副部長で聞くことにし、残りは全員学校へ戻るのだ。
その後やっぱりバタバタの撤収を終え、バスに乗り込み会場を後にする。
そしてバスの中で部長から結果を聞いて、バスの中で大盛り上がりする。結果は、金賞だったからだ。
野太い声が上がる中、隣に座っていた冬哉は何故かみんなに頭をクシャクシャにされ、笑っていた。その間も、春輝は貴之に会いたくて仕方がなくて、早くバスが着かないかななんて思いながら笑う。
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