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第28話

次の日、貴之といつも通り食堂へ行くと、何だか視線が痛かった。何でだ? と思いつつもトレーを取って席に着こうとすると、他の生徒とぶつかって、食事を落としてしまう。 「あ、ごめーん」 わざとらしい謝罪をして去って行ったのは、他のクラスの一年生だ。そして、春輝と貴之に向けられているのは、決して好意的ではない視線だった。 春輝はしゃがんで落ちた食事を拾っていく。貴之も手伝ってくれたが、たまたま近くにいた吹奏楽部員は見ているだけだ。 「寮長、また気に入らない生徒を退学させたらしいぞ」 そんな言葉が聞こえて、春輝は立ち上がる。 「誰だよ、今言ったの!?」 「一之瀬」 貴之が片付けをしながら声だけで止める。春輝は仕方なく従うと、また心無い声がした。 「有沢先輩なら、そんな事しないのになぁ」 「いい加減にしろよ! 卒業した人の事いつまで引きずってんだよ! それに、水野が何をしたって言うんだ!」 退学になった奴らだって、退学になるだけの理由がちゃんとある、と春輝は叫ぶと、近くにいた吹奏楽部員が片付けを手伝ってくれた。しかし貴之はいつも通り冷静で、顔色一つ変えずに春輝のトレーを交換しに行ってくれる。 しんとなった食堂で春輝は席に着くと、貴之とその吹奏楽部員も席に着く。 「一之瀬」 名前を呼ばれて貴之を見ると、彼は小声で言った。 「あまり目立つ行動するな。またターゲットにされるぞ」 「だから黙ってろって? 嫌だね」 春輝は手を合わせると、ベーコンエッグに箸を刺す。 「一之瀬くん。俺は有沢先輩は好きだけど、有沢先輩のシンパは嫌いだ」 だから君たちの味方でいよう、と言われ、春輝は嬉しくなった。 「……警戒すべきは日和見(ひよりみ)主義の奴らだ。どっちが優勢か見て敵になったり、味方になったりするからな」 (……何で、二年の三人組を追い出しただけじゃおさまらないんだろう?) 春輝はますますこの問題の事が分からなくなる。昨日貴之はシンパを操作してると言った。誰が? 何のために? (二年の茶髪はゲームに負けるなって言ってた。どういう意味だ?) こんなゲームがあってたまるかと思うけれど、貴之は誰と戦っているのだろうと思う。 食事を終えて教室へ行くと、早速鈴木がやってきた。 「また朝から大変な事になってたね」 「まぁな。……鈴木、水野に嫌がらせしてる奴らがいるらしいんだけど、何か情報持ってる?」 春輝がそう言うと、鈴木は顔色を変えた。何か変な事を言っただろうかと思っていると、彼は顔を近付け声を潜める。 「……実は、俺もそれを探ってて。だっておかしいだろ、いくら有沢先輩が好きでも、後任の水野先輩にあれだけ反発するのは」 シンパがどこに隠れているか分からないから、あまり表立って行動できない、と鈴木は話す。なるほど、と春輝は頷いた。 有沢派と日和見と水野派の派閥争いなのか、と大きな構図は分かった。けれどやっぱり、しつこく貴之を追い詰める理由が、さっぱり分からない。 「そういえば、氷上先輩の情報は何かある?」 氷上は有沢と同学年だ。知ってる事も多いかもしれないから、コンタクトを取りたいと言うと、鈴木は困った顔をする。 「さすがに連絡先までは知らないなぁ……水野先輩なら知ってるんじゃないか?」 「教えてくれないんだよ。じゃあ、有沢先輩でもいい」 本当は、氷上の情報の方が知りたかったけれど、試しに聞いてみる。しかしそれにも鈴木は首を振った。 「有沢先輩の連絡先なんて、交換したと知られたら嫉妬で俺殺される……っ」 ガタガタ震える鈴木。しかし待てよ、と彼は動きを止めた。 「水野先輩とは交換したという噂が……」 「また水野かよ!」 何で嫉妬されるような事をしてるんだ、と春輝は頭を抱える。どうやら、本当に有沢のお気に入りだったらしい。 どうやら重要そうな情報は、全部貴之が持っているらしい。しかし話してくれないのなら、お手上げだ。 春輝は宮下が言っていた、美術部員に期待するか、と放課後を待った。 「春輝ー!」 「う……っ!」 授業が終わり部室に行くと、いつかと同じように冬哉が抱きついてきた。 「……冬哉」 息が詰まり冬哉を睨むと、彼はお構いなしに興奮気味で話そうとする。しかし、二年の吹奏楽部員がそれ以上に興奮した様子で部室に入って来た。 「有沢先輩が文化祭に遊びに来てくれるって!!」 それを聞いた部員たちはわぁ! と声を上げ喜んだ。 この学校は毎年文化の日から、二日間の文化祭が開催される。春輝はこのバタバタで、文化祭が近付いていた事を忘れていた。 今年は誰と見て回るのかなぁ、とか張り切って演奏しなきゃ、とかそれぞれはしゃぐ部員たちに、有沢の人気ぶりを実感する。 (でも、連絡先を交換するだけで騒がれる人なのに、この情報の出どころはどこなんだろう?) 間違いなく有沢と繋がっているのに、その存在は隠されている。どうしてだろう? 春輝は疑問に思った。 「春輝……」 冬哉は声を潜めた。 「美術部員の三年生がくれた情報。今週末、氷上先輩は合同個展をやるらしいよ」 行くよね? と聞かれて春輝は頷いた。冬哉に場所を教えてもらって、土曜日に行くことにする。 「でも春輝……ちょっとこっち来て」 冬哉は真剣な顔をして、春輝を人けのない所へ連れて行く。 「何か……僕の勘だけど。僕たちが動き出そうとした途端有沢先輩派が騒ぎ出すって、僕たちの行動知られてるのかも」 春輝は頷いた。有沢の連絡先を知っている人が誰か、ぼかされているのも気持ち悪いと春輝は言うと、そうだよね、と冬哉は考える素振りを見せる。 「有沢先輩が文化祭に来るって、誰が情報持ってきたんだ?」 春輝は間宮に私物を盗まれた時のように、相手が分からない気持ち悪さと恐怖を感じる。目的も分からないから尚更だ。 「……冬哉、有沢先輩に近付いたら危険かなぁ?」 冬哉は息を飲んだ。 「ダメだよ! ただでさえ標的にされてるのにっ」 「でも、有沢先輩のそばにずっといれば、安全だよな?」 いくらなんでも、有沢の前で事を起こそうなんて輩はいないはず。有沢に頼んで、貴之に嫌がらせをする奴を止めてもらうのはどうだろう? 春輝はそう話すと、冬哉は首を振った。 「春輝……有沢先輩が帰った後はどうするの? ただでさえ、有沢先輩が知らない所でこんな事になってるんだよ?」 「……そっか」 春輝の案はボツになった。それならやはり、一番真実を知っていそうで、近付きやすいのは、氷上だ。 「お前ら、合奏するぞー」 いきなり後ろから声がして、二人とも肩を震わせた。振り返ると、顧問がいる。 「どうした、そんなにビックリして……」 「いえ、すぐに行きますっ」 冬哉が返事をすると、早く来いよー、と顧問は音楽室へ向かった。 「とにかく、土曜日一緒に行こう」 そう約束して、二人とも合奏の準備を始めた。

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