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第30話
しばらくしてやってきた大地は、それ見たことか、という顔をしていた。けれど氷上は気にしていない様子だ。
「一之瀬くんはぁ、僕の事、どんな風に聞いてるの?」
氷上にそう聞かれて、春輝は正直に話す。
何もできなかった氷上を貴之が世話をしていた事、それが有沢の目に留まって、貴之は寮長に指名された事、そして学校では、貴之と氷上が付き合っていたという噂が流れているという事を話すと、氷上はそうなんだぁ、と相変わらずヘラヘラしていた。さすがにあのストラップを見たら、複数人に襲われた事は言えなかったが、そこは本当だったんだ、と春輝は思う。
「本当かどうかは別に良いんです。ただ、どうしてこんな事になっているのかが知りたい」
春輝は真っ直ぐ氷上を見ると、彼はまた笑みを深くした。
「貴之愛されてるねぇ……でもー、それが知りたいなら、僕から見たあの学校での事、話さないとねぇ」
氷上はそう言うと、注文した紅茶を一口飲む。
「……そもそも何で行 を頼るんだ」
氷上の隣に座った大地が春輝を睨んでくる。氷上の事を思えば、怒るのは当然だし、嫌な思い出をほじくり返されるのは春輝だって嫌だ。けれど、学校内だけで黒幕を探すのはもう限界だ。
「大地、そうゆうのやめよー?」
一之瀬くんも被害者だよ、とやんわり制す氷上は春輝を見るとニッコリ微笑む。この人は、ずっと笑っているな、と春輝は少し緊張がほぐれた。
「僕ねぇ、人よりのんびりしてるし、周りに迷惑掛けてるけど、人の機微が分からない訳じゃないんだー」
だから大地を呼んだの、一之瀬くん、今かなりピンチなんでしょー? とやはりのんびり言われ、拍子抜けしながらも春輝は頷いた。
「……僕すっごい貴之に甘えてたの。何だかんだでお世話してくれるでしょー?」
「ああはい、それは何となく……」
目に浮かぶ光景だ、と春輝は思う。
優しいんだよねぇ、と氷上はまた笑った。
「僕は四男だから、全然期待されてなくてねぇ。貴之の見捨てないでいてくれるところ、好きだったんだー」
氷上が言うには、その好きが、恋愛感情の好きになるまでそう時間はかからなかったらしい。事ある毎に貴之の事が好きだと伝えるけれど、彼の心は少しも揺れた様子は無かったと言う。
「そしたらなんだか苦しくなってきちゃって。そんな時に貴之が次期寮長に選ばれて、彼も忙しくなっちゃった」
彼が引き継ぎでバタバタしている時にも付いて回り、その時に貴之と付き合ってるという噂が出回った。
そうしたら、何故か吹奏楽部の顧問が話し掛けてきたと言う。
「貴之を試してみたら? って言うんだ。僕がピンチになれば助けてくれるだろうから、その時にもう一度告白してみるんだって……」
授業でさえそんなに絡まなかった先生が、どうしてそんなことを言うのだろう? と思った、と氷上は言う。
春輝は背筋がゾッとするのを感じた。何故ここで顧問が出てくるのか。まさか、顧問まで有沢派と繋がっているというのか。
そして、人の好意を利用してそそのかすやり方も、春輝の時と同じだ。いや、春輝の時の方がはるかに優しい。
「でも、僕もその時はよゆーがなくて、言う通り指定の場所に行っちゃったんだよねぇ」
すると五人くらいの生徒に囲まれ、乱暴された。散々好きなようにされた挙句放置され、気付いた時には病院にいたという。
「貴之が僕を見つけてくれたって話らしいけど、僕はその後実家の病院に転院したから、会えずじまいになっちゃった」
大怪我させられたから、貴之は自分を責めると思って、結果的に会えなくて良かったかも、と氷上は言った。
こんな話をヘラヘラと苦笑しながらする氷上に、春輝は胸が痛む。彼のオストメイトマークのストラップを見て、春輝は何でそんな酷いことをやれるんだ、と唇を噛んだ。
「……オレのと、同じやり方ですね。人の好意を利用して、貴之を間接的に困らせるやり方は……」
しかし氷上はまだ続きがあるよー、と言う。
「実家の病院でね、有沢と貴之を見かけたんだー」
「……え?」
そこで有沢は、ロビーでしかもみんなに聞こえるように大声で、お前のせいで叔父さんは昏睡状態なんだぞ、と叫んでいたそうだ。
「貴之が何かしらの理由で、有沢のおじさんを昏睡状態にさせたのかな、とその時は思ったんだー」
有沢は、学校では絶対見せないような剣幕で、どうしてくれるんだ、とか一生償えよ、とか言っていたらしい。氷上はその有沢の変わりように、思わず隠れてしまったと言う。
春輝は土地勘が無いので分からなかったけれど、学校と、氷上の病院はそれ程離れてはおらず、学校の生徒も遊びに出られる距離らしい。
学校では人気者で、怒ることがないような人が、親類を傷付けられて珍しく怒っている、そう思っていたと氷上は言った。
けど、まだ嫌がらせは続いてるんだよね? と氷上は春輝を見た。苦笑したその顔で、春輝は黒幕が誰なのか悟り、一気に怒りで顔が熱くなる。
(まさか、裏で有沢派を操作してる人物って……有沢先輩本人……?)
「そのおじさんは……僕も入院してた時に、暇つぶしに絵を描いていたら何度か話しかけられて……あれ? 昏睡状態じゃあなかったの? って思った」
「じゃあ、有沢先輩は嘘をついてたって事?」
春輝はバクバクする心臓を押さえ、氷上に聞く。
「ううん。一時的には危なかったけど、意識が戻ってリハビリしてるって言ってたー」
おじさんは氷上が有沢と同じ高校だと知ると、震えながら話してくれたと言う。
アイツは悪魔だ、人の事何とも思ってやしない、逃げろ、と。
どういう意味だと聞いたら、おじさんはアイツに脅されていると言ったらしい。途方に暮れてぼんやり歩いていたら、同じようにぼんやり歩いている少年がいて、赤信号なのに進んで行くから助けた、と。
「……っ、貴之……っ」
結果的におじさんだけ怪我をしてしまい、それをネタにその少年は脅されているらしい、とおじさんは言った。助けてやってくれと頼まれたけれど、学校に戻るつもりは無かった氷上は、首を振って大泣きしたらしい。
アイツから逃げる、と言い残して、そのおじさんは退院していったと言う。氷上はずっと貴之に言うべきか悩んだけれど、ズルズルと今まできてしまったと苦笑した。
「有沢はねぇ、本当にすごい人だよ。裏の顔、おじさんに聞くまで分からなかったし、歩いてるだけで騒がれる人だったんだー」
氷上の言葉ではイマイチ有沢のすごさは伝わってこなかったけれど、春輝は怒りで爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
(ゲームだって……あの二年の茶髪は有沢先輩の裏の顔に気付いてた?)
「……じゃあ、そのおじさんが無事だって事、多分貴之は知らないんですね?」
有沢は貴之に挑戦状を突きつけたのだ。裏の顔を暴いてみせろと。これだけ人気があって、人望もある。慕われる寮長をできるものならやってみろ、と。
「……ふざけんな……っ」
人に大怪我させといて、たくさん人を泣かせておいて、何がゲームだ。
春輝が怒りを抑えて言うと、氷上は笑った。
「一之瀬くんは、そんな貴之を守りたいって思ってるんだねぇ」
僕にはできなかったよ、と優しい声で言った。結局、僕が振り向いてもらえなかったのは、その差なんだろうねぇ、とふわりと笑う。
でも、と氷上は続けた。
「僕も、この通り元に戻れない身体になっちゃったけど、生活と心……丸ごと支えてくれる人ができたから……幸せだよ、今はね」
ストラップを指で撫でて、クスクスと声を出して笑った氷上の隣で、大地がため息をつく。スマホの連絡先といい、氷上は今、大地のそばで身体と心を癒しているようだ。
「……今の氷上先輩の事、貴之には言わないんですか?」
春輝は思った。貴之の事だ、絶対気に病んで一人で抱えているに違いない。
「……うん。一之瀬くんから言っておいてよ」
「ダメですそれは!」
春輝は思わず机を叩く。ビックリして目を丸くした氷上は、その後またヘラッと笑った。
「あはは、一之瀬くんは真っ直ぐで、一生懸命なんだねぇ」
貴之が好きな訳だ、と言う氷上に春輝は力を込めて言う。
「貴之を今度、連れて来ます。そこで先輩の口から直接、伝えてください」
その方が絶対良いはず、春輝は力説すると、分かったよーと間延びした返事をもらった。
その後氷上と、何故か大地とも連絡先を交換し、ファミレスを出る。氷上は連絡先、二人目だぁ、と嬉しそうに笑い、大地からは、行は電話の出方も分からないから俺に連絡くれ、と言われた。
(……よし。とりあえず、学校の外に味方ができた)
春輝はスマホを握りしめる。
そして実家に帰ったと見せかけるべく、周辺で暇を潰して寮に帰った。
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