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第35話

次の日、文化祭が中止になり、その代わりに臨時朝礼があった。教室で校長の話を聞くだけの朝礼だったが、みんな神妙な顔で聞いている。 『今後このような事が起こらないよう、寮長の権限を分散し、副寮長、生徒会の発足を宣言します』 学校中がざわめいた。普通の高校にはあるものが、この学校には無かっただけなのに、やはりみんなも異例な事として捉えたらしい。 すると、マイクの向こうも何やら騒がしくなった。理事長、と慌てる声がしたので、理事長まで来たらしい。 『えー……なんかすまんなぁみんな』 あ、ここの理事長の木村です、と付け足す理事長は思ったより飄々とした人物のようだ。 『そもそも初代寮長が、めんどくさいから全部やるわと言ったから任せたばかりに、それを悪用する人らが後を絶たなくてねぇ』 何とかしなくてはと思っていたけれど、それをこなしたからこそ、大学入試のアピールポイントになる、と言われて大きく出れなかった、と理事長は言う。 『結局、何かが起こってから対策するしかないのか、と私も反省しておるところだよ』 だから今の寮長には感謝してる、と理事長は続けた。 『これ以上泣く泣く学校を去る人が増えないように、と今の寮長の強い希望だ。私もみんなの夢を応援するためにこの学校を創ったんだ。みんな協力してやってくれ』 春輝はこの言葉を聞いて、涙を堪えられずに泣いた。誰よりも酷い目に遭わされていたはずなのに、どうしてそこまで人の事を考えられるのだろう、と貴之の心の広さに感動し、この人を好きになって良かったと思う。 貴之の努力が報われるように、春輝は自分のやれる事をしようと改めて決心した。 「あ、はーるきっ」 その日の夕方貴之と食堂に行くと、冬哉が声をかけてくる。 「冬哉……ありがとうな」 「んん? なんの事ー?」 ニコニコ笑う冬哉はご機嫌で、春輝もつい笑った。 「誤魔化すなって。貴之に協力してくれたんだろ?」 すると冬哉はものすごい勢いでこちらを見た。今何て言った? と言うので繰り返そうとすると、隣で「一之瀬」と止める声がする。 「何だよたか……」 そこまで言って、春輝は気付いたのだ。人前で貴之を名前で呼んでしまった事に。思わず口を手で塞ぐと、冬哉はニヤニヤしながら春輝を見上げた。 「水野先輩のこと、名前で呼ぶようになったんだねぇ。何かきっかけがあったのかなぁ?」 「え、いや、何も……」 助けて、と春輝は貴之を見るけれど、彼はため息をついて歩き始めてしまう。 「待って! お前だけ逃げるとかずるいぞ!」 「逃げてない」 「じゃあなんでそんなに早足なんだよ!?」 「待ってよ春輝~」 そんな感じで空いている席に三人で座ると、宮下も加わった。 「何だか四人で食べるの久しぶりだねっ」 「そうだな。このメンバーが一番落ち着く」 珍しく貴之が冬哉と会話したので春輝が驚いていると、何故そんな顔をしている、と不思議そうに聞かれた。 「いや、たか……水野が喋るのが珍しかったから」 「もー春輝、無理して苗字で呼ばなくて良いってぇ」 何となく気付いてたけど、付き合ってるんでしょ? と冬哉に言われて、春輝は赤面して頷くしかない。冬哉にこの手の話は酷だと思っていたけれど、本人は何故か晴れ晴れとした顔でニコニコしている。 すると、冬哉は春輝のそばまでわざわざ来て、耳打ちしてきた。 「実は僕も、部長と付き合うことになったの」 「えっ? ………………はぁっ!?」 なんでそんな事に、と冬哉を見ると、彼は困ったように笑う。 「昨日告白されて……春輝の事好きな僕が好きだって言われたら……なんか、ね……」 付き合ってみようかなってなったの、と冬哉は元の席へ戻った。昨日と言えば、冬哉と部長が舞台袖で何か話をしていた。春輝は思い切り、部長の告白を邪魔していた事に気付く。 「ごめんなさい……部長……」 「……春輝が鈍いのは、今に始まった事じゃないけどな」 貴之がそう言うので、春輝は睨んだ。しかし春輝はまた、自分が名前で呼ばれた事に気付かない。その様子を、冬哉は苦笑して見ていた。 「はいはい、ごちそーさまー」 そう言って、冬哉は手を合わせて食事を始める。春輝は何がごちそうさまなんだ? とはてなマークを浮かべると、早く食べろ、と貴之に促され、渋々食事を始めた。

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