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第36話
それから二週間後、その間には色んなことが起きた。顧問はとりあえず快方に向かっていると連絡があり、寮の屋上へは永久に立ち入り禁止になった。春輝は、鈴木から聞いた、寮長しか入れない場所があるという噂は、本当だったなと貴之に言うと、あそこで有沢はよからぬ事を考えていたと言うので、そこをお気に入りの場所と言うあたり、有沢は本当に悪いヤツだな、と春輝は苦笑した。
そして生徒会の立候補と投票が早速行われ、早くも貴之の権限と仕事は分散される事になる。
結果的に有沢は貴之を寮長にして、有沢以上の成果をあげた。そのせいかリーダーを無くした有沢派は一気に大人しくなり、春輝たちは平和を取り戻しつつあった。
「さあ、着いたー」
春輝と貴之はバスを降りると、目の前にある立派な門を眺める。
春輝たちは氷上が通う大学に来たのだ。キャンパス内には学生がちらほら歩いていて、緑も多くていい所だな、と春輝は貴之を振り返った。
「……」
貴之は返事もしないまま、硬い表情で付いてくる。春輝は緊張しすぎだろ、と背中を叩いた。
「ええと? ここを左に入って真っ直ぐ行ったフードコートにいるみたいだ。……あれかな」
貴之が喋らないので春輝の独り言みたいになっている。でもとりあえず付いてくるので、氷上に会う気持ちはあるようだ。
すると、オシャレな建物を見つけた。ガラス張りになっていて、中の様子が見える。間違いなくフードコートだ、と春輝は躊躇わず入っていった。
春輝は大地に連絡してフードコートに着いたことを知らせる。すると奥の席でこちらに向かって手を振る背の高い男性がいた。そして、その横には線の細い中性的な男性も。
春輝は一度振り返って貴之を見た。一層表情が硬くなった貴之に大丈夫? と聞くと、彼は無言で頷く。
春輝は歩き出す。向こうも緊張しながら待っていたようで、氷上は笑ってはいるけれど、困ったように眉を下げていた。
氷上の前で春輝は足を止めると、約束通り連れてきました、とその場を退いて貴之を前に立たせる。しかし、貴之は話さないまま、固まっているだけだ。
その様子に氷上は苦笑した。
「久しぶりだねぇ貴之。……少し背が伸びた?」
「……っ」
その氷上の声を聞いた途端、貴之はその場に崩れ落ち膝をつく。そして眼鏡を取り、袖で涙を拭った。しかしそれは次から次へと溢れ出し、小さな嗚咽が春輝の耳にも聞こえて、春輝はつられて泣きそうになる。
「すまなかった……っ」
震えた声で謝る貴之に、大地は春輝に目配せをした。そう、貴之を慰めるのは氷上ではなく、春輝なのだから。
春輝はそっと貴之の背中に手を当てた。氷上を見ると、彼も涙を浮かべている。
「貴之、僕ね……貴之のこと、ちっとも恨んでないよ?」
むしろ、僕のせいで貴之を追い詰めちゃったかもって、合わす顔がなかったの、ごめんねぇ、と氷上は言う。
貴之は首を振った。けれど言葉が出ないらしく、腕で顔を隠すだけだ。
「でもね、もう察してると思うけど……僕の過去も、僕の身体のことも、全部ひっくるめて支えてくれる人ができたんだ。だから、今は幸せだよ」
それを聞いて貴之は何度も頷き、けれど涙が溢れて何も言えない貴之のそばに、春輝はしゃがんだ。
「……ホッとしたんだよな? 貴之」
貴之は頷く。
思えば貴之はずっと一人で戦ってきたのだ。協力してくれる人はいたけれど、その人もいつかターゲットにされるかもしれないと思ったら、気が気でなかっただろう。
「……すまない春輝……行の顔を見たら、止まらなくなった……」
「いいよ。オレ、貴之をホッとさせる為に連れて来たんだから」
涙を拭って眼鏡をかけた貴之を、とりあえず座ろう、と席に促すと、氷上たちも対面に座った。
すると氷上はクスクスと笑う。
「貴之は、本当にいい人と出逢えたんだねぇ」
「いや、行こそ……」
貴之がそう言うと、氷上は思い出したように、あ、コレ彼氏の大地~、と紹介していた。
「オイ」
すると、今まで黙っていた大地が口を開く。
「行がアンタを許しても、俺はアンタを許さないからな」
大地、そうゆーのやめよって言ったでしょー、と氷上は苦笑した。しかし貴之はやはり真面目な顔で言うのだ。
「それも当然です。俺も、謝っただけでこの罪が消えるとは思っていません」
「……もー、大地~。せっかく貴之に僕のこと忘れてもらおうと思ったのにー」
嫉妬、よくないよ? と氷上に言われて、大地は眉を寄せた。
「嫉妬だあ? お前そんな身体にさせられたんだぞ? 恨むのが普通だろ」
目の前で二人が言い合いを始めて、春輝は戸惑った。貴之はいつものように表情を変えずに聞いている。
「ごめんねぇ、会ったら一発殴ってやるって息巻いてたのに、貴之が思ったより後悔してたから……」
殴るに殴れなくて後に引けなくなっちゃってるの、と氷上は大地の頭を撫でた。大地はその手を乱暴に払う。ブスくれた顔をしているので、どうやら図星らしい。お前ら本当に付き合ってなかったのかよ、とボソボソと言っている。
「だからー、それも無いって言ってるでしょー?」
貴之は自立してて芯がある子が好きなの、と氷上は笑った。
「それに、そーゆー事言うと、また貴之が気持ちに応えられなくて悪いとか思っちゃうから。こーゆー話はおしまいっ」
氷上はぱん、と両手を合わせて話を切り上げる。春輝はなるほど、人の機微が分からない訳じゃないと言ったのは、本当なんだな、と分かる。
(お互い気にしていたから気まずくて会えなかった訳だし……)
多分……多分だけどと春輝は思った。
氷上が自分の事を自分でこなせる人だったら、貴之は氷上と付き合ってたんだろうな、と。そう思ったら、縁って不思議だ、と感じる。
そのあと、春輝は有沢が現行犯で逮捕された話や、生徒会と副寮長が発足したという話をした。それを聞いて満足そうに笑った氷上は、とても綺麗だと春輝は思う。
別れ際、氷上は相変わらずニコニコしていたのが印象的だった。春輝と貴之はキャンパスを後にする。
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