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第37話
大学からの帰り、外は晴れていて、春輝は気持ちがいいからこのままどこかへ行こうよ、と言うと、貴之はそれなら行きたい所がある、と言い出した。
「春輝のコンクールが終わったら、ゆっくりできる所に行こうって言ったの、覚えているか?」
そう言われて、そういえばそんな事言ってたな、と春輝は苦笑する。バタバタしていてそれどころじゃなくなってしまったから、すっかり忘れていた。
春輝は頷くと、貴之は迷うことなく学校へ戻る道を辿る。
「え? 学校?」
学校に戻ると、貴之は春輝の手を引いて足早に歩いた。ついていくのがやっとで、春輝は転びそうになりながらも、彼の気持ちが逸るのを感じる。
そして貴之は校舎の外階段を登っていった。登り切ったところで、彼は壁に取り付けられているハシゴを指す。
「……これ登るのかよっ」
「ああ。避雷針などの点検の為のハシゴだ」
すると貴之はなんの躊躇いもなくそれを登っていく。
(っていうか、何でこんな場所知ってるんだ……)
意外と身軽に登っていく貴之に対して、春輝は力も体力も無く、登り切った頃には息が切れていた。
しかし顔を上げた春輝は、目の前に広がる景色に目を見開いた。
「わぁ……!」
高い空と広がる街並み。ところどころにある緑は公園だろうか。寮の屋上より高い位置なのでより遠くまで見渡せる。少し冷たい風が流れて、春輝の疲れて火照った身体を癒した。
「涼しい~」
春輝は笑う。貴之はその場に座ると、春輝もそこに座った。
「一人になりたくなった時、ここに来ていたんだ」
貴之は微笑む。春輝も貴之を見つめて微笑んだ。
「……ようやく、暗い気持ちでここに来なくて済むと思ったら……嬉しいな」
「……そうだね」
春輝は遠くを見つめた。どこまでも見渡せる澄んだ空気は、未来まで見れそうでワクワクする。
「そういえば……」
春輝は確かめたかった、ある噂を思い出した。
「寮長って、ルームメイトを選べるって本当なの?」
すると貴之は、ああそれな、と笑う。今日はよく笑うな、と春輝も嬉しくなった。春輝はどっちだと思う? と聞かれて、迷った挙句そこまでできないでしょ、と答えた。
「そうだな。しかも今年度に関しては、完全にあみだくじだ」
「……あみだくじ」
意外なルームメイト決定方法に、春輝が呆気にとられていると、貴之はクスクスと笑う。
「ただ、あみだくじに線を足したのは、俺だけどな」
「……っ、それって」
ある程度操作ができるということじゃないか、と言うと、貴之は笑って、そこまで器用にできない、と言った。
「だから、本当に偶然。……最初はまた行みたいな奴がきたのか、とうんざりしたけどな」
「う……」
春輝が言葉に詰まると、貴之はこちらを向いて春輝の頬に手を当て、貴之の方へ向かせる。
「ん……」
チュッと軽い音がした。
風が寒くなってきた。春輝と貴之は立ち上がり、そこでもう一度、キスをする。
貴之がフッと笑った。
「……鈴木に感謝だな」
思ってもみない名前が出てきて、春輝は何でと聞き返す。
「この場所、教えてくれたのは彼だ。他にも有沢や春輝の状況を……」
「ちょっと待って」
春輝は貴之の話を止めた。鈴木は確かに噂の真偽を確かめたいと言っていた。けれど、有沢に憧れてこの学校に来たんじゃなかったか。
そう言うと、貴之はああ、と納得したように言った。
「表立って俺に協力すると自分がマークされるだろ? 春輝の味方だと宣言した頃にはもう、全て裏が取れた頃だったから」
でも有沢は何をするか分からなかったから、警戒しろとお前には言ったはずだけどな、と言われて春輝は肩を落とす。
「アイツの情報量はすごい。元々有沢は怪しいと思って追いかけて来たらしいからな」
「何だよそれ……」
全然気付かなかった、と呟くと、春輝に気付かれるくらいなら終わりだ、と言われたので、納得いかないながらも頷く。
「さ、戻ろう。本当に風が冷たくなってきた」
そう言って、貴之はまた春輝の唇にキスをした。
冷たい澄んだ風が、これから来る冬を予告していた。
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