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第38話 火上(かじょう)の氷(R18)
一番上の兄には、お前は気楽でいいな、と言われた。
二番目の兄には、何を考えているのか分からない、と言われた。
三番目の兄は、記憶にある限り、話したことが無い。
医者一家の四男、氷上 行 はそんな家庭で生まれ育った。
名前の由来は、母が行を出産する為に病院に行く時、病院に行く、行でいいかとなった、と聞いた。
人よりちょっとのんびりで、人よりちょっと不器用。行以外の家族はみんな医者なのに、行はそこを目指さなかった。小さい頃から絵を描く事が好きで、白い紙を、自分の思い通りに色を付けていく作業が楽しかった。
四男なので芸術系の道に進む行に反対するものもおらず、しかし進路を知った長男が放った言葉が、冒頭のセリフだ。
身の回りの事はお手伝いさんがいてやってくれて、お金もそこそこある。何不自由ない生活なのに、何か足りない。そんな心を埋めようと、さらに行は絵描きにのめり込んだ。
すると高校生になる時になってやっと、両親が、行が絵を描くこと以外、自分の事ができないことを知る。これじゃあ一家の恥だと、絵描きを辞めなくていい代わりに、全寮制の学校へと放り込まれた。
そこで行は、自分がどれだけ不器用で、甘やかされてきたのかを知る。一番困ったのは洗濯だ。洗濯機の使い方が分からない。どうしようと考えた結果、洗濯をしないという結論に至った。そしてどんどん使った服や下着が部屋を埋めつくし、またまたどうしようと考えた結果、使ったものを捨てる事にする。でもゴミ箱は行が知っている限り、食堂にしかない。本当はそんな事は無いのだが、行はそこに捨てる事にした。
結果は散々怒られて帰ってきただけだった。どうしたらと途方に暮れていると、じゃあ、捨てなくてもいいのか、という結論になる。
そうして一年、自分にもルームメイトが来ると教えられ、どんな人が来るのだろう、とワクワクした。部屋が入れないくらいゴミで散らかっているのにも関わらずだ。
そしていよいよ入寮の日。
「初めまして、水野貴之です……」
来たのはまだまだ成長期の、真面目そうな人だった。貴之は自分の部屋になるはずの場所を何度も見返し、ため息をついた。
そこで行は謝る。
「ごめんねぇ。僕、コレをどうしたら良いのか分からなくて……」
兄に嫌いだと言われた、ヘラッと笑った顔で言うと、貴之はまたため息をついた。
「……とりあえず、片付けましょう」
分からないのなら、これから知れば良いです、とぶっきらぼうに言われて、行は初めての感情が芽生える。
何もできない自分を見ても、この人は嫌わなかった。嫌味を言うこともなく、無言のプレッシャーをかけるでもなく、呆れるでもなく、普通に接してくれた。
それが嬉しいという感情だった。
そこから行にとって、貴之は特別な存在になったのだ。
「なぁ、お前のそのストラップ、何それ?」
「ん? ああこれ?」
ある日のキャンパス内で、行は背の高い学生に声を掛けられる。自分が一見障害者だとは分かりにくい、内部障害者だということを隠していなかった行は、ストラップの意味を説明した。
すると、その学生は他の学生と違う反応をする。大抵は同情するふりをしてそっと去っていくか、同じく同情してそれ以上聞いてこないかだけれど、彼はこう聞いたのだ。
「どうしてそうなったんだ?」
まるでそこにタブーなど無いと言わんばかりに、あっさりと聞いた彼は、普通の世間話のようなトーンで言う。
「んー? 怪我だよー」
「怪我ってなに」
その学生は天気でも聞くような感じでまた聞いてきた。さすがに全部は説明できないから笑って誤魔化すと、彼は眉間に皺を寄せたのだ。
「その笑い止めろ。不便な事があるなら助けを求めろよ」
見ててイライラする、と言われて、行はまた笑う。
一緒だ、と思ったのだ。優しくて、人の事を放っておけない人なのだ、と一瞬で行は気付く。
「じゃあ、長くなるけど聞いてくれるー?」
頷いた彼はこっちに来い、と行を案内した。何も考えずについて行くと、キャンパスのほぼ隣にあるアパートの一室に着く。彼が借りている部屋らしかった。
そこで行は、自分に起こったこと、怪我のこと、そのせいで元に戻らない身体になったことを全部話した。
でも、まだ全て平常心で話すことは無理だったようだ。途中で涙が溢れて、でも後悔も恨みもないと言ったらたくましい腕で抱きしめられた。それに安心し、もっと泣けてしまうとその唇にそっとキスをされる。
慰められたんだ、と思うと嬉しくて、行はその大きな身体にすがって泣いた。そして、自分は思った以上に火の上の氷……ギリギリの精神状態だったんだと知り、彼の口付けをもう一度受け入れる。そしてそのまま彼は行のあらゆる箇所、それこそ酷い扱いを受けた所までくまなくキスをし、行を慰めた。
散々慰められた後、やっと行は彼の名前を聞く。彼の肌を直に感じながら温かいなぁと擦り寄ると、付き合ってくれと言われた。
行はなんの躊躇いもせず頷き、こうして出会って一日目で彼と付き合うことになった。
「ふふっ……幸せだなぁ」
とろとろ、ふわふわ。行は大地と抱きしめ合っている時の感触をそう表現した。大地には変な顔をされたけれど、表現なんてした者勝ちだよねぇ、と気にしない。
行はベッドの上で大地のたくましい胸板にスリスリすると、大地は息を詰めた。こら、と頭をぐいと押される。
「あの時、まさか僕目的で話し掛けてきたとは思わなかったよー」
行はヘラッと笑うと、大地は行の頭を撫でた。大地の創る作品と同じく大きなその手は、行の心を安心させる。
「いつもヘラヘラしてるからどれだけ鈍感なのかと思ってた。けど、見てるうちに無理してるのが分かってきて……」
何があったんだと気になっていた、と大地は言った。そして話を聞いたら、慰めたい一心だったとも。
「びっくりしたよぉ。いつの間にか二人とも裸だし、抱き合ってるしで」
「……」
大地は無言で行を睨む。なら何故拒否しなかった、とでも言いたげな顔だ。
行は笑う。
「大地の肌が、心地よかったんだよねぇ」
今もー、とまた胸にスリスリすると、身体をひっくり返され、大地が上に来た。行は腹巻をしているけれど、二人とも裸なのでその身体の変化はお互いに分かっていて、大地はため息をつく。
「何、もう一回したいのか?」
「んー? 大地がしたいならいいよー?」
そういうずるい返事はムカつく、と大地は行にキスをした。大地の厚めの唇が、何度も行の薄く小さな唇をついばみ、徐々に性感を高めていく。
その間に行は大地の長めの髪を優しく梳いた。彼の身体と同じように硬めの髪は、行の細くて柔らかいそれとは全然違うな、とキスをしながら思う。
優しい手つきで行の身体を触る大地に、愛されてるなぁと嬉しくなり、自ら舌を絡ませると、大地もそれに応えてくれた。
「ん……」
静かな空間に濡れた音だけが響く。行の分身はもう完全に硬くなっていて、触って欲しくて大地の下腹に擦り付けるように動かす。すると彼は、なに、触って欲しいの? と意地悪に笑うのだ。
「ん、……触って……」
思ったより掠れた声が出た。しかし大地はまだ触る所いっぱいある、と行の小さな乳首に触れる。
「ぅん……っ、ぁ……っ」
「行はここ好きだろ?」
そう言われて両方の乳首を手と口で愛撫され、行は声を上げて身体をよじった。ヒクヒクと腰が動き、もう触ってよとお願いするけれど、大地は聞いてくれない。
「んんっ、やっ、やぁ……っ」
思えば、ここが感じると知ったのは大地が教えてくれたのだ、ゾクゾクして身体を震わせると、上がった息と一緒に声も出てしまう。
「だい、大地……大地、もうやだ、触ってよ……っ」
するとようやく口を離した大地が顔を上げた。野性的な顔つきのその目に、しっかりと欲情が見えて行はゾクゾクする。
「あ……」
「行、俺のも触って」
そう言われて抱き起こされ、行は座った大地の身体を、足で挟むように向き合って座り、互いの性器を愛撫する。
「んん……っ」
互いにキスをしながら、行は大地の感じるように触る。すると大地は、お返しだと言わんばかりに、行のいい所を責めてくるのだ。
「……っ、やっ、それだめっ、やだ……っ」
大地が行の先端を親指で撫でる。思わず足を閉じてしまいそうになるけれど、大地の身体に阻まれてできない。そしてビクビクと身体を震わせた弾みで、大地から手を離してしまうのだ。
そしてそうなると、大地はいつも行の身体を引き寄せてキスをしながら、行がイクまでそこを愛撫する。
「んんんっ!」
行は苦しくて顔を背けると、間近で大地が行の顔を眺めているのを感じる。一気に階段を駆け上がるような快感に、思わず目を閉じ甘い吐息を漏らして上を向くと、一瞬思考が真っ白になり身体が硬直した。
「……っ、あ……っ!」
行は身体を震わせると、白濁した液体が先端から飛び出す。
「……っ」
はぁはぁと荒い呼吸をしながら大地を見ると、良かったか? とキスをくれた。
「ん……」
余韻にぶるりと身体を震わせると、大地はまだ間近で行の顔を見ていた。
「大地ー、僕の顔好きだよねぇ」
へらっと笑うと、大地は「行のイク顔が特に好き」と嬉しそうに言う。そっかぁ、と笑っているうちに手を大地の分身に導かれ、行が握ったその上から大地の大きな手で握られ、一緒にしごいた。
「大地、気持ちいいの?」
「ん? ああ。行の手が俺のを触ってると思うだけで興奮する」
「ふふっ、そうなんだぁ……」
行はまた笑う。大地が以前、行は性的な事をするイメージが全く無いから、そういう事をしていると思うだけで興奮すると言ったのを、思い出した。
確かに、人よりはそういう欲望は薄い方だと思う。でもやはり、気持ち悪いものより、気持ち良いものは好きだ。そして、何も身体を繋げるだけがセックスじゃない、と教えてくれたのも、大地だ。
少しして大地もイクと、お互いに汚れた所を拭いて、再びベッドに横になった。
温かい大地の肌は気持ち良い。行は大地の触れるだけのキスを受け入れると、微笑んだ。
あー、幸せだなぁ。
自分が今、これ以上ないくらいに幸せだと、貴之に届きますように。
そう願って、行は大地の胸に顔を擦り寄せた。
(終)
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