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かくして男は白鳥を捕らえた
かくして男は白鳥を捕らえた
自身がハンドルを握っていた車がアウトバーンを走行中、事故に遭い、妻を喪うと同時に片足を失った。その心の傷は癒えがたい。
かつて主演映画が国内外の賞を総なめにし、不世出の名優と謳われたこともあった。しかし橘怜門 は愛別離苦を味わって以来、生ける屍 も同然だった。
リハビリに励み、義足を使いこなせるようになったものの俳優業は事実上引退。酒浸りの日々を送るなかで、ある黄昏時、公園ですれ違った青年にひと目で心を鷲摑みにされた。
橘は、ふらふらと青年を追いかけた。
夕焼け空を背景にスケートボードに興じる青年は、豹のようにしなやかな身のこなしで宙を舞う。
力強く羽ばたく白鳥のような躍動感にあふれているさまに魂を揺さぶられた。心の底から青年を欲し、さしあたって彼の身元を調べた。
岡崎佑也 、大学三年生。昨年、両親を相次いで亡くして天涯孤独の身の上──お誂え向きだ。
正面切って求愛するといった手順を踏むのは、もどかしい。橘は、ガラス張りの〝檻〟を自宅にこしらえた。天翔 るペガサスのような青年を住まわせるにふさわしい〝檻〟を。
佑也を飼育する環境が整ったところで、橘は狩りに出かけた。道を訊ねるふうを装って佑也に接触すると、クロロフォルムを嗅がせて意識を奪い、闇にまぎれて拉致した。
首尾よく〝檻〟に招き入れた。
佑也は意識を取り戻したとたん、扉をこじ開けにかかった。もっとも橘は、暗証番号を入力したうえで声紋を読み取らせなければ解錠および施錠ができない二段構えの策を講じておいたが。
万全の構えに脱走を阻まれた佑也は〝檻〟の壁に椅子を叩きつけた。強化ガラスにはひびすら入らないことを悟ると、誘拐犯──橘を口汚く罵った。
橘は丸一昼夜、あえて佑也を放っておいた。〝檻〟に仕かけた監視カメラを介して、佑也を愛でた。凛々しさの中に、あどけなさが残る顔をゆがめて怒り狂うさまを観賞した。その紅茶色の瞳が不安げに揺らめきだすさまを堪能した。
手料理をふるまい、リネン類は毎朝、清潔なものに取り換えて佑也をもてなす。その一方で、夜ごと無垢な躰にレッスンをほどこす。うなじをくすぐるところから始めて習熟の度合いの応じた淫技を、カリキュラムに沿って。
ただし衣服はすべてはぎ取ったうえで常に鎖でつないでおく。なぜなら、みずやかな裸身を隠すものはいらない。佑也にキ××イ呼ばわりされたが、橘は、こう思う。
多かれ少なかれ狂気を伴うものが、愛の本性ではないのか?
ともあれ〝檻〟が一種、愛の巣と化して半月余りが過ぎたある夜のこと。足枷にかぶれてつらい、と佑也がそう訴えた。
橘は寝台の足下にひざまずき、傷の具合をあらためにかかった。そして──、
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