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かくして白鳥は翼をへし折られた

    かくして白鳥は翼をへし折られた  佑也は奇襲をかける機会を虎視眈々と狙っていた。監禁されて以来、橘が隙を見せる瞬間を、ずっと。  橘は身長が一八四、五センチはある。体つき自体もがっしりしている。しかも、いざというときには武器になるステッキを持ち歩いている。  こちらは片手のみとはいえ手錠をはめられていて、そのうえ足枷に動きを制限される。まともにぶつかっていっても勝ち目はない。  橘が右足をかばいながら、しゃがんだ。その機を逃さず、佑也は勝負に出た。両輪を結ぶ鎖がちょうど喉頸にくるよう加減しつつ、うつむいた顔の下に手錠をくぐらせて、そのうえで腕をねじる。その一方で、橘の後ろに素早く回り込む。  一か八かの賭けだった。それが予想外にうまくいったために、かえってまごついた。ベッドからずり落ちたシーツで足をすべらせると、橘がよろめいたことも相まって、自然と彼にぶら下がる形になる。鎖が喉頸に食い込み、軟骨がひしゃげる嫌な感触が掌に伝わってきた。 「見事……だ。鮮やかな……逆転劇、だ……」  そう喝采を送るように声を振り絞り、口の端で微笑(わら)った。 「おれを、ここから出せ……っ!」  鎖を引き絞りながら佑也は凄んだ。なかば仰向いた顔が次第に鬱血していく。相当な息苦しさに苛まれているだろうに、それでも橘は、頑として首を縦に振らない。掌が汗ばみ、視界がゆがむ。佑也はいつしかベソをかいていた。  虜囚と看守。  橘が佑也に示す好意は、いわば邪恋のそれだ。一方的で受け入れがたいものだが、拉致監禁も辞さないほどの執着を佑也に対してみせた人物は橘をおいて他にはいない。  いびつなものとはいえ愛情をそそがれているうちに、絆──が生まれかけているこの男を、勢いあまって(くび)り殺してしまう。 「あんたのことは警察にも誰にも言わない……おれを、自由にしてくれ……っ!」  橘は、かぶりを振った。白旗を掲げるのは沽券にかかわるというように。 「頼むから、命乞い……してくれ!」  人を(あや)めた(かど)で裁きを受けるなら、まだマシだ。橘が佑也を飼育するにあたって用意した〝檻〟は、暗証番号と橘の声紋がそろって初めて扉が開く仕組みだ。  まかり間違って橘を殺してしまえば、佑也は餓えに苛まれたすえに最期を遂げる運命にある。いずれ白骨化した二体の亡骸(なきがら)が発見されたさいには、無理心中を図ったとして処理されるのだろうか。 「殺してしまう殺してしまう、殺してしまう……」 「ビブラートが……かかった声が、いい。そのトーンで『怜門』と囁いてごらん。冥土の土産になる」  悠揚迫らぬ態度に気圧されて、佑也はヒッと悲鳴をあげた。固く目をつぶり、そこにつけ込まれた。鳩尾(みぞおち)を肘でこづかれて、よろけた。その拍子に鎖がゆるみ、手錠の一方の輪が垂れ下がった。

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