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第3話

   橘はすかさず反撃に出た。床を這う鎖のたるみを用いて佑也を引き寄せておいて、反動をつけて裸体を突き飛ばした。時代劇の主演を務めるにあたって殺陣をみっちり学んだ男は、そのさい培ったノウハウを応用したのだ。  形勢逆転といき、ひとたまりもなく尻餅をつく。ベッドの角に脇腹をしたたかに打ちつけて、うずくまる。四つん這いに半身を起こしたときには、すでに決着はついていた。 「さて、寝首を搔こうとするヤンチャ坊主には、どんな罰を与えようか」 「ちょ、や、やめろって、やだ……っ!」  ゆらり、と詰め寄られて尻でいざる。絹織りのシャツから靴に至るまで黒ずくめの姿は魔王のように禍々しい。  鎖の一端を捉えられた状態で這いずり回る。しかし浴室をめざせば、そのルートに立ちはだかれる。ベッドの足下側へ向かっても同じ結果に終わる。〝檻〟の中を逃げ惑ったすえ、とうとう壁際に追いつめられた。  そこですくみあがってしまった佑也を羽交い絞めに引きずりあげることは、もはや生け簀を泳ぐ魚を網で掬うのに等しい。  手刀が盆の窪に叩き込まれた。意識が遠のき、佑也はくたくたと崩れ落ちていきながら橘めがけて、せめて蹴りを放った。  橘は起死回生の一撃をやすやすとかわすと、舞踏家のように華麗なターンを決めながら佑也をベッドに投げ下ろした。 「負けん気の強さも、きみの魅力のうちのひとつだが……」  と、苦笑交じりにほどかれたネクタイが宙を舞う。 「おイタがすぎる以上、躾け直す必要がある。手荒な真似をするのは本意ではないが、ケジメはつけなければなるまい」  問わず語りのニュアンスが濃いそれを、佑也は夢うつつに聞いた。万歳する形に両手を頭上に引っ張られる感覚に正気づいたときには、ヘッドボードの格子をくぐらせたうえで、改めて手錠がはめられたあとだった。  ベッドの脚に熔接された鎖と足枷。左足はもともとそれで(いまし)められている。スプリングが軋み、たくましい躰がのしかかってくる。大きく割り広げられた両足の間に腰を下ろされると、橘そのものがつっかい棒と化す。  展翅板に固定された昆虫のような状態で、スキャンするかのごとく全身を()め回されると、冷たい汗が柔肌をじっとりと濡らす。  キレた、独裁者然とふるまう男が完全にキレた。佑也はそう感じ、不気味な沈黙が垂れ込めたことも相まって恐れおののいた。  橘はポーカーフェイスの下で、佑也という食材を吟味しているのだろう。どう料理しようか、その方法を検討しているに違いない。  佑也はガムシャラに身をよじり、だが橘を振り落とすどころか、彼は彫像のように微動だにしない。しかも暴れたことでシーツと背中のあいだに隙間が生じて、尻の丸みをすべり、後ろを探りにかかる手を拒めない。

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