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かくして夜ごと愛は紡がれる

    かくして夜ごと愛は紡がれる  橘は洗面器を湯で満たしてきた。タオルを濡らして固く絞り、ベッドの縁に腰かける。そして精も根も尽き果てたように、ぐったりと横たわったままの佑也を足を開かせた。  熱液にまみれた花びらをひと片、ひと片、濡れタオルで丹念に拭き清める。生乾きの残滓がこびりついて、よじれて束になった和毛はとりわけ念入りに。  腫れぼったい乳首も、蜜にふやけたようなペニスも、愛情たっぷりに丁寧に。  嚙み裂いた唇に薬を塗り、手錠にこすれてすりむけた手首にもそうした。  最後に、キスマークがちりばめられた裸身をブランケットでくるむ間も、佑也は等身大の人形のようになすがままだ。幾度目かの絶頂に達した直後に意識を失って以来、ずっとその調子で、現実逃避を図ることで精神(こころ)の均衡を保っているのだと察しがついた。  橘はベッドの傍らに置いてある安楽椅子に腰かけた。しおらしい素振りを見せてこちらの油断を誘っておいて、殺意を迸らせた瞬間を思い出すと微苦笑が口許ににじむ。  末頼もしい子だ。そう呟いて、扇形に広がった髪の毛を梳いてあげた。  煙草を咥える。ゆったりと紫煙をくゆらせながら、膝と義足の継ぎ目をさすった。反旗を翻される形になった場面で、主導権を取り戻す必要に駆られたためとはいえ、傷痕に負担をかけた。切断面にはめ込むソケットで覆われた箇所が疼く。  だが、疼痛は佑也と契った証し。心地よい疲労感に全身を包まれて、今夜は、幻肢痛に悩まされずにすみそうだ。  最愛の妻と死に別れて以来、魂の抜け殻も同然の日々を送ってきた。プライドを賭けて佑也と一戦を交えるなかで何かが吹っ切れた。長いトンネルからようやく抜け出したように、いつになく気持ちは晴れやかだ。 「ぜっ、てぇ……ころ……す」  夢の中でも橘とやり合っているのだろうか、寝言が枕にくぐもった。  橘は噴き出し、紫煙にむせた。左右の人差し指と親指をそれぞれL字形に曲げると、反対向きに組み合わせて枠を作る。そしてカメラのフレームになぞらえたそれを通して、凛々しさと愛らしさを併せ持つ寝顔を捉えた。  涸れた井戸に再び水が湧くように、久しぶりに創作意欲をかき立てられる。と、共に名案が浮かぶ。  佑也に演技の〝いろは〟を教え込んで、俳優・橘怜門の後継者として育てあげるのだ。長年温めてきた脚本(ほん)がある。あれの主演に佑也を抜擢して、自らメガホンを取って映画界に返り咲く。  橘は腰をかがめた。涙の筋が残る頬をついばんだ後で、ゆっくりと扉へ向かう。佑也を伴って〝檻〟から出るときこそが、第二の人生のスタートだ。  もっとも、それは当分将来(さき)の話だが。  当分の間は蜜月を満喫しよう、と思う。飴と鞭を使い分けて、若獅子のように誇り高い青年を調教する。自分好みに、絶妙の匙加減で。  それが人ひとりを飼い馴らすことの醍醐味だ。  橘は解・施錠装置に暗証番号を打ち込んだところでベッドを振り返った。運命共同体に、と選んだ青年にとびきり甘い声で囁きかける。 「おやすみ、佑也。よい夢を」     ──了──

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