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第1話
――地味。
これは物心ついてから、俺が言われ続けてきた言葉だ。なんなら、誰かが作ったという遊びの星占いソフトで、性格診断をしてみたら、他の十一星座はそこそこ長いコメントが添えられていたというのに、山羊座だけ『地味』の一言だった過去すらある。
それはこの株式会社プラNetに就職した今なお、俺に対してもたらされる変わらない評価でもあるし、俺自身もそう思っている節がある。というか、俺を挟んでいる同期が個性的過ぎる。
営業の射手は、一見馬鹿だ。底抜けに明るく気の良い奴――っぽい、が、変なところで哲学的だったりするし、何より仕事が出来る。営業成績一位になったのは、入社してすぐの事だ。真面目に仕事をする姿は、率直に言って格好いい。明るすぎる普段とのギャップがすごい。
もう一人の同期の水瓶も、天才肌だ。こちらは開発部に入って早々、優れた新商品はおろか理論を生み出し続けている。
そんな二人の間にあって、俺は毎日パソコンのキーボードを叩く毎日だ。決して大きな会社ではない。部署が違ってもオフィスは同じだ。俺の仕事は、水瓶が開発した理論や商品をプログラミングして製品とする事で、それを売りに行くのが射手だ。所謂IT企業である。
「よぉーし、今日の仕事、終わり!」
射手が椅子の背をギシギシ言わせながら声を上げた。視線を向ければ両手を上げていて、表情は笑顔だ。長身で手足が長い。口を開かなければ、イケメンの一言につきる。いいや、話してもそれはそれで面白いのだが。気取らない所も長所だと思う。
「おー、終わった? じゃ、行く?」
すると別のブースから、双子が顔を出した。双子は途中採用で入ってきた営業だが、年齢でいえば、俺達三人と同じだ。射手と親しい。この二人は、いつも出かけていくメージがある。
「行く行く! あ、牡羊の事誘っておいた」
「天秤先輩は今日は長引くらしくて難しいって。獅子部長は来るって」
「おごりだな、飲むぞー!」
どうやら営業部の飲み会があるらしい。うちの営業は、獅子部長と天秤先輩がひっぱっていて、そこに射手と双子、後輩の牡羊が頑張っている。他の部署のメンバーと合わせて、このオフィスには、総勢十二名が勤務している。俺もその中の一人だ。
「じゃあな、山羊、水瓶。先に行くわ」
「お疲れ様」
水瓶が顔を上げた。俺も頷いて返す。にこやかに手を振ってきた双子には、手を振り返しておいた。それから、二時間ほどしたところで、水瓶も仕事を終えたらしく立ち上がった。
「僕も帰るよ。お疲れ様」
「お疲れ」
見送りながら、俺はまだまだ終わらない作業風景が広がるパソコンのモニターを見た。明日までに終わらせなければならないから、残業は確定だ。比較的ホワイトで、うちの会社は残業代は出る。そこは有難い。俺は気を引き締めなおしてから、キーボードを叩く作業に戻った。視線は常にモニターを見たままだ。
三十分、一時間、一時間半、二時間、二時間半――。
時の流れが早い。幸い、俺のマンションは会社から近く、徒歩で通勤可能なので、終電を気にする必要はない。在宅作業も認められているし、遅くまで残った翌日は休む事も許されている。憎いのは納期だ。今俺が行っている作業が、会社のパソコンの方がやりやすいという理由さえなければ、今頃俺だって帰っていたと思う。
「……」
今頃、射手達は飲んでいるのだろうか。別段酒が好きだというわけではないが、ちょっと羨ましくもある。俺の部署は、俺以外は在宅で作業している事が多い。だから帰りがけに一杯というような部署飲みはあまりない。飲みュニケーションは億劫だという話も聞くが、一切ないのも少し寂しい。ちなみに俺の部署のメンバーは、蟹先輩や蠍先輩だ。
なお企画・開発は、水瓶の他には牡牛先輩と後輩の魚がいる。他には経理の乙女先輩は、一人で全てを担っていたりする。
気づけばオフィスには、俺一人きりになっていて、時刻は夜の十一時半を回っていた。
「あれ、まだ残っていたのかい?」
声をかけられて、俺はビクリとした。反射的に顔を上げると、そこには天秤先輩が立っていた。俺に歩み寄ってきた天秤先輩こそ、今まで営業に出ていたのなら、働きすぎ疑惑がある。
「は、はい」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃって」
「いえ。お疲れ様です」
「客先でマフィンを頂いたんだけど、良かったら一つどう?」
「有難うございます」
お礼を告げると、箱から取り出した袋入りのマフィンを一つ、天秤先輩が俺のデスクに置いた。天秤先輩は気遣いの人だと俺は思う。俺もこういう気遣いが出来る人になりたいが、現状自分の仕事に精一杯だ。
この会社には、営業事務さんはいない為、その後天秤先輩は本日分をまとめてから帰っていった。俺の終わりは、まだ見えない……。
結局、俺は一仕事終えたのは、リモート作業中の蠍先輩が起きだした午前二時過ぎだった。引継ぎをし、俺は席を立つ。ネクタイに触れながら、肩がこったと思いつつ嘆息した。その後はコートを着て、オフィスから出た。俺が最後になるというのはあまり珍しい事ではないので、鍵を一つ預かっていたりもする。
帰りがけに何か購入しようにも、開いている店などコンビニくらいだ。
俺は簡単にサラダと弁当、それから梅味の缶酎ハイを三本購入し、帰路を急ぐ。
「はぁ……」
こうしてマンションへと帰宅し、俺は鍵を開けて靴を脱いだ。今日も肩がバキバキだ。俺はたまに温かい家庭を夢見る事がある。誰かが出迎えてくれて、美味しいご飯を用意してくれていればいいのにといった夢だ……。夢は夢だ。
彼女いない歴イコール年齢の俺。しかしこれには理由がある。俺も薄々気づいている。過去、俺は女性を好きになった事が無い。つまり、多分、おそらく、いいやきっと、ドきっぱりと述べるとするならば、俺はゲイだ。だが、彼氏いない歴と年齢もまたイコールで結ばれている。
地味な俺にも一つくらい個性があっても良いのかもしれないが、それがマイノリティというのは、結構辛い。なお、同性に心を惹かれた事は何度もある。社会人になってからは仕事をするのに必死で全然恋をする余裕も無いが……それだって例えばドキリとした事もある。悔しい事に、それは射手であり、数秒で終わったが。
私物のパソコンを起動してから、行儀は悪いがその前で俺は買ってきた品を口に運ぶ事に決めた。疲れすぎて無性に出したい。しかし眠い。よって食事をしながら、エロ動画を見る事に決めた。我ながら寂しい。モニターに映るオカズも無論、ゲイビだ。
割りばしを片手に、サラダのレタスを口に放り込みながら、いちゃいちゃから始まった、ちょっとストーリー性のある動画を眺める。俺は別にそれほど、行為にこだわるわけではなく、逆に夢見ている点を踏まえてもこうしたデート風景のような部分にも憧れがある。
俺も彼氏が欲しい。休日にはデート……と、までは言わない。優しく隣でダラダラしていてくれたら良い。梅味の缶酎ハイを傾けながら、そうはいっても今のようなデスマーチ続きでは厳しいかなとも思う。
その後弁当を食べ終えてから、俺はシャワーを浴び、その場で抜いて、欲求を収めた。
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