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第2話

 仕事明けの爆睡は、本当に心地良い。 翌日、俺は誰かがインターフォンを鳴らす音に気づくまで、ずっと寝ていた。比較的規則正しい生活を仕事以外では心がけているのだが、熟睡してしまった。寝ぼけた頭で、ベッドサイドのスマホを手に取り確認すれば、既に十四時を過ぎていた。  寝すぎた。  慌てて体を起こし、手の甲で目元をぬぐってから、インターフォンを見に向かう。  するとそこには、見慣れた顔が映っていた。射手だ。 「射手? どうかしたのか?」 『あ、いや今直帰する所でさ。天秤先輩に聞いたぞ、昨日も徹夜らしかったって。珍しく出社してた蠍さんも夜中に連絡があったって言ってたから――寝てたか?』 「悪いな、寝ていた」 『倒れてないか気になって、来てみたんだよ』  射手の家は、比較的遠方らしい。その為、何度か飲み会の関連で、俺は射手を家に泊めた事がある。 「有難う」 『いやいや、ついでだから。一応食べ物買ってきたんだけど、開けてくれ』 「ああ、待っていてくれ」  答えた俺は、慌てて顔だけ洗ってから、エントランスへと向かい鍵を開けた。  するとビニール袋を下げた射手が、明るく笑っていた。 「どうぞ」 「お邪魔しまーす」  俺が招き入れると、射手は勝手知ったる様子で入ってきた。そこそこの回数、泊めているのは間違いない。射手は酒好きだが、別に強いというわけでもないのか、たまに酔ったと言って俺に抱き着いてくる事があるほどだ。 「今、お茶を淹れる」 「おう、悪いな」  テーブルの前に座った射手に首を振ってから、俺はキッチンへと珈琲を淹れに向かった。 『ぁ、ァ……あン……んンっ』  そして戻った瞬間、聞こえてきた声に蒼褪めた。目を見開いて私物のパソコンを見れば、昨日途中まで見たゲイビの続きが――それもがっつり裸で睦みあう男同士の姿が映し出されていた。 「な」 「……」 「射手、か、勝手に触ったのか?」 「いや……突然始まった……? あ! 俺が今スマホで、自分の家の炊飯器のスイッチ入れたから、誤作動かもしれない。よく勝手に近場のオーディオ機器とかが動くんだ……けど、え?」 「!」 「ゲイビ? すごいな……」 「っ、そ、その……」 「山羊って、こういうの見るんだな」 「っ!」  完全に視聴していた事がバレている。終わった。色々と終った。俺は自分の指向を、これまで誰かに語った事などない。ひかれる、絶対。射手は口も軽い方だと俺は思っている。少なくとも双子には伝わる気がする。もう明日、会社に行ける気がしない。噂になって、白い目で見られる想像と不安で、俺は凍り付いた。  何より、比較的親しい同期の射手には、知られたくなかった。それに実を言えば、真剣に仕事をしている時(だけは)、射手はとても格好良く、何度か惹かれかけた事がある相手でもある。普段は陽気だし、すぐに気のせいだと俺は片づけたが。 「でも、俺が昨日見たやつの方がすごいな」 「――へ?」 「ドラゴンカーセックスって知ってるか?」 「は?」 「車をドラゴンが犯すんだけどさ」 「悪い、ちょっと何を言っているのか分からない」 「コレコレ」  射手がその場でスマホを操作し、言葉そのままに、白い車体の後部座席までを凶暴な一物で貫いているドラゴン(CG)のエロ動画を俺に見せてきた。俺は呆気にとられた。 「男同士はまだ人間だからわかる。俺、さすがに排気口から挿れたのか悩んだわ」 「あ、ああ……そ、そうだな」 「車を丁寧に愛撫する神経って、洗車に通じるものがあるんだろうかとか考えてさ」 「そ、そうか」  え……? まさかのバレてない? 俺の性癖は、露見していないのか? そ、そうか。ネタとして見たと思われているのか? こ、これが普通の反応か? 「と、とりあえず、ど、どうぞ」  俺は思いっきり噛みまくりながら、珈琲を射手の前に置いた。そしてテーブルの角を挟んで隣に自分も腰を下ろす。ドラゴンカーセックスのインパクトが強すぎて、頭は白いままだ。 「それで、山羊はどっちなんだ?」 「何が?」 「上? 下? ドラゴン? 車?」 「ぶっは」  話が変わるのかと思ったが、そんな事は無かった。俺は珈琲を勢い良く噴き出しかけたが、何とか堪えてせき込んだ。 「俺は上! まさにドラゴン!」 「射手……お前は、男も、その……?」 「うん? 俺は基本的に、愛に性別は関係ないと思ってるし、セックスに関してはスポーツに通じる所もあると思ってるかな。山羊は? 見てたんだし、イけるんだろ?」  射手は雑談なのか、普通に聞いてくる。俺を逃してくれるわけではないらしい。  どうしよう。ネタで見ていたとごまかすべきなのか、それとも……。  そんな事を考えていたら、うっかり砂糖を入れすぎて、珈琲が大変な状態になった。 「山羊」 「な、なんだ?」 「動揺しすぎじゃないか? 俺、何かまずい事を聞いてるか?」 「……え、ええと……お、俺は……」  自分が上か下かは、考えた事があまり無かった。だが、一回でいいから、本音を言うのならば、誰かに抱かれてみたいというのはある。そう考えた瞬間、顔から火が出そうになった。 「真っ赤だぞ? 大丈夫か?」 「……下ネタが苦手なんだ」 「つまり、むっつりって事だな?」 「っぶ」 「こんなに凄いの見てるんだし」 「もうやめてくれ!」  思わず声を上げると、射手がクスクスと笑い始めた。 「山羊って今、恋人いないって言ってたよな?」 「悪いか?」 「いや、全然。俺もフリーだよ」 「へぇ」  そういえば射手は、先月別れたと話していたような気がする。射手は結構モテるため、どうせその内、相手ができるだろうと俺は思う。いない歴イコールの俺とは違う人種だ。 「見てたって事は溜まってるんだろ?」 「っ」 「山羊さえ良ければ、俺、山羊なら余裕で抱けるけど」 「――は?」 「俺とさ、ドラゴンと車みたいな関係にならないか?」 「お前、どこまで本気で言ってるんだ?」 「? 俺は終始本気だぞ。山羊の事、ずっと可愛いって思ってたし」 「眼科の予約を取って来い。今日は直帰なんだろう?」 「うん。で、明日は土曜で、山羊も俺もお休みだしな。一発どうだ?」 「どうって」 「誘ってる」 「雰囲気も何も無いな。しかも軽い」 「甘い雰囲気出して、重々しく言えばOKって認識するけど」 「そ、そうは言ってない!」 「なぁ、山羊。俺じゃダメか?」 「え」 「俺はお前を抱きたい」  そう述べた時の射手の瞳は、仕事に集中している時に稀に見せる格好良さを持っていて、俺の好きな色を浮かべていた。再び俺の頬が熱くなる。からかうなというべきだと理性的に判断したのに、過去に数秒は惹かれた事のある顔だったから、言葉に詰まってしまう。 「先に、シャワー借りるわ」  射手はそう言うと立ち上がり、何度か貸した事のある浴室へと消えた。  残された俺は、モニターをちらっと見た。 『ぁ、ア! もっと……』  受け入れる側の男優が、気持ち良さそうに喘いでいる。慌てて俺は、動画の再生を停止させた。そして片手で顔を覆う。もう本当にどうしていいのか分からない。まさか射手は、本気で俺を抱きたいと口にしていたのだろうか? 「……いや、まさかな」  言っては何だが、地味で平凡な俺だ。可愛さなど欠片もなく、普通の成人男性である。本当に射手が男もイけるのだとしても、俺を選ぶ理由が無い。  射手が出てくるまでの間、それを無性に長く感じながら、俺はほぼ砂糖で埋まっている珈琲を二度ほど無意識に飲んでしまい泣いた。 「出たよ。山羊も入るか? 俺は気にしないけど」 「射手……っ、その、本気で言ってるんじゃないよな?」 「はぁ?」 「だ、第一! 体を重ねるとして、ゴムやローションも――」 「鞄に入ってる」 「……」 「常備しとけよ、山羊も。そのくらい」  これがリア充の普通なのか? 俺には分からない。 「じゃ、ベッド行くか」 「……っ」 「脱げよ。それとも、脱がせてほしいか?」 「な……そ、そのくらい一人で出来る」 「つまり、シていいって事だな。了解」 「!」  俺の口は迂闊だった。しかし興味がないわけでもなく、つい俺はそのまま服に手をかけた。緊張して指先が震えたが、幸い脱ぎやすいゆったりとした部屋着だった。 「キスして良いか?」 「う……そ、その……ほ、本当に?」 「するから」  射手は強引だった。そのまま、俺の体を抱き寄せると、初めは触れるだけのキスをした。そして何度も啄むようにしてから、俺の下唇を舐める。緊張でガチガチになっている俺を見ると、その後射手が小首を傾げた。 「少し口、あけて」 「あ、ああ……――んン」  するとすぐに深いキスが降ってきた。舌で舌を絡めとられる。実はキスすら初めてな俺は、息継ぎの仕方が分からず、大混乱状態になった。 「っ、ぁ……」  だが射手は巧みに、呼吸を促してくれた。そうではあっても長い口づけが終わる頃には、俺の全身から力が抜けてしまい、思わず射手の胸板に体を預けていた。  「山羊は、やっぱり可愛いな」 「……、……」 「いっぱいよくするって約束する」  そのまま俺は、射手に支えらえてベッドへと移動した。

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