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86 信用

「聞かされてないの? 彼、君にやましいことでもあるのかな?」 「は? 竜太がここに来たってそんなの嘘だろ? 適当なこと言ってんな。竜太が個人的にここに来る用事なんてないだろうが」  望がニヤニヤ笑って俺に差し出したのはハンカチだった。ハンカチなんて持ち歩かない俺は、ちゃんとポケットにハンカチを忍ばせている竜太が珍しくてよく覚えていた。高校の時から同じようなチェック柄のものばかり使っていた竜太。望が手にしているそれは紛れもなく竜太のものだった。 「これ、忘れ物。これから会うんだろ? 渡しておいてよ。またいつでもおいでって伝えておいて」 「いや、待てよ。だからなんで竜太がここに来たんだ? いつ来た?」 「そんなの本人に聞いたら? 俺から言うことじゃないでしょ。それにあんな危なっかしい奴もう関わらない方がいいよ。面倒ごと起こされる前に別れたら?」  望の言っている意味がわからなかった。竜太がここに来たことは事実で、そして竜太はそれを俺に隠しているってことだ。ずっと連絡をとってなかったわけじゃない。忙しい時は少し疎遠になっていたものの、いつでもメッセージは送り合っていたはず。なんでも逐一報告しろとは言わないけど、竜太の性格上イレギュラーなことがあれば俺に話をすると思っていた。 「なんで……」  混乱する俺を馬鹿にするような、憐れむような、なんともいえない表情で望は続ける。 「なんでって、知らないよ。もう別れどきなんじゃない? 周は俺たちと音楽に勤しんでいればいいんだよ。いつまで学生気分でいるの? 恋愛なんて信用がなくなったらお終いでしょ。そもそも男同士なわけだし」  信用がなくなったわけじゃない。こいつにいいように言われているけど竜太から話を聞いたわけじゃないんだ。俺に言いにくいこと、言いたくない何かが起こったのかもしれない。  例えば── 「あ! お前、まさか竜太に手ぇ出したわけじゃねえだろうな?」  最悪な事態が頭を過る。慌てる俺を横目に、望は小馬鹿にするように小さくため息を吐いた。 「……だからさ、そんなの本人に聞きなよ」  さっきからわざと思わせぶりな言い方をして俺のことを煽っているのがわかる。わかっていても、それでも俺はイライラが増していった。 「お前は俺に対して気に食わない何かがあるんだろうけど、俺はちゃんとやるべきことをやってるし、お前や圭さん、靖史さんにだって迷惑もかけてない。俺のプライベートなこと、竜太のことまでとやかく言われる筋合いなんかねえよ。もういい、邪魔したな」  早く竜太に会いたかった。俺は望の顔を見ることなくさっさと玄関に向かう。なにか引きとめられたような気がしたけど無視をした。もうこれ以上望と会話をしたくなかった。  望は何がしたかったんだろう。俺をわざわざ呼び出して竜太がここにきたことを見せつけたかったのか。なんのために? なんてそんなのわかりきったことだ。俺が恋人、それも男と付き合っているのが気にくわないだけ。俺は最悪な気分のまま竜太の待つ部屋に向かった。  竜太には竜太の仕事があり付き合いがあって、俺の知らない生活もあって──  それでもその中には俺も含まれているものだと思っていた。望に思わせぶりに言われたからってこんなにも不安になるものだろうか。望の思う壺だとわかっていても、竜太が俺に隠し事をしているという事実が辛い。  久しぶりに会った竜太はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あからさまに不機嫌な顔を見せた。

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